コートニー・ラプラントは、かつて高く歌い、低く叫ぶことで、自分の実力を証明しようとしていました。
Spiritboxでは、その力をどんな曲に使うかが大切になっていきます。
怒りを表す曲も、失った人への思いを託す曲も、同じバンドの歌として届ける。
さらに、歌を前面に出す怖さや、録音をどこまで整えるかにも向き合いながら、自分の声を作品の中に置く方法を探ってきました。
「Constance」(2020年)のミュージックビデオ。
自分を証明する声から、自分の曲を歌う声へ

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コートニーは、iwrestledabearonceで後任のボーカルを務めていました。
前任者が歌っていた曲を、すでに聴き手の思い出になっている録音と比べられながら歌う。
2020年の取材で、その立場の難しさを説明しています。
比較の相手には、声だけでなく、その人が初めて曲を聴いた時の感情も含まれていました。
本人は競争心もあったと認め、自分を証明することに気を取られ、好きなものや技術を磨く機会を失っていたと振り返っています。
高い歌声や低いスクリームに意識が向きすぎていた、という反省です。
Spiritboxで求めた自由には、何を良い歌とするかを自分たちで決める意味がありました。
Spiritboxでは、自分で歌のメロディや言葉を作った曲を歌い、誰かの後任として比べられる立場からも離れました。
2019年の取材では、マイケル・ストリンガーが作った曲を受け取り、その部分に何が必要かを考えると説明しています。
独特の拍子や区切りに戸惑うこともあるものの、それが発想を広げるきっかけにもなる。
声の使い方を先に決めず、曲の形に応じて歌を考える制作になっていました。
2019年公開の「Belcarra」スタジオ歌唱パフォーマンス。
2020年、「Holy Roller」と「Constance」を同じバンドで歌う
2020年には、「Holy Roller」と「Constance」という異なる表情の曲が発表されます。
コートニーは、この頃の目標を、歌とスクリームの比率に縛られないことだと説明していました。
曲ごとに必要な音楽を作れる流動性を、バンドの核に置こうとしていたのです。
「Holy Roller」については、ツアーやアルバムの予定が中止になった後、怒りを感じていた時に、その気持ちに合う曲として出したと話しています。
当初からシングルにする予定だった曲ではありませんでした。
予定が崩れた時、用意していた順番より、その時の感情を表せる曲を優先したのです。
「Holy Roller」(2020年)のミュージックビデオ。
コートニーが歌うオリジナル版。
一方、「Constance」は、もともとアルバムを締めくくるための曲でした。
祖母を失っても、コロナ禍で葬儀へ行けず、家族と抱き合うこともできない。
コートニーは、その区切りのつかなさを曲に重ね、アルバムを待たずに届けたいと考えました。
同じように別れの機会を奪われた人と、思いを分かち合える曲でもあったのです。
この曲では、映像を作るディランと、歌詞と映像の物語を並行して考える試みも行っています。
相手の案を見て言葉を変え、その言葉が映像の展開にも影響する。
先にあった曲へ、自分の経験と、映像から受け取った発想を重ねながら歌の内容を育てていました。
本人が考える重さには、激しいブレイクダウンだけでなく、悲しみのような強い感情も含まれています。
「Holy Roller」と「Constance」の違いは、その時に何を伝えたいかが、曲の選び方まで動かした結果でした。
『Eternal Blue』で、自分の歌を前に出す怖さを引き受ける
2021年の初フルアルバム『Eternal Blue』では、自由に曲を作れるようになった先の課題が表れます。
コートニーが緊張したのは、多くの曲で自分の歌が前面に出ることでした。
以前は楽器や声のエフェクトに隠れていた部分があり、声そのものを聞かせることには自信のなさもあったと説明しています。
その頃の作品の一つが、アルバムに収められた「Circle With Me」です。
2021年公開の「Circle With Me」ミュージックビデオ。
制作期間には、いったん曲から長く離れ、戻ってから見直せる余裕もありました。
以前は良いと思った部分でも、その曲に必要かを改めて考えられたといいます。
声を前へ出す決断と、曲を見直す時間。
自分の歌を届けることには、表現の自由とともに、その歌を聴かれる怖さも伴っていました。
『Tsunami Sea』で、居場所の揺らぎと人の演奏を残す

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2025年の『Tsunami Sea』では、活動が広がったことで生まれる思いも歌の背景になっています。
本人はこの作品を、自分の頭の中を描く自伝のようなものと説明しました。
育ったバンクーバー島にいた頃は、音楽の仕事を望む自分にとって、島の隔たりが孤独につながっていた。
ところが離れてみると、今度は島や家族が恋しくなる。
そこから出たい気持ちと帰りたい気持ちが、ともに残っていたのです。
表題曲「Tsunami Sea」では、周囲が望むような自分になれないという感覚も題材になりました。
かつては後任として比べられる立場でしたが、自分たちの音楽が広く届くようになっても、期待と自分の間の揺らぎはなくなりません。
その内面を、今度は自分の言葉で作品にしています。
録音の仕上げについても、大きく整った音作りは好きだが、今回は自分たちの演奏を過度に編集したり、タイミングをそろえたりしていないと明かしました。
歌を含む人の演奏を、どのような状態で作品に残すか。
曲に応じて声を選ぶことに加え、その声を録音の中でどう届けるかも、表現の選択になっています。
『Tsunami Sea』(2025年)のタイトル曲の公式ビジュアライザー。
高く歌うこと、低く叫ぶことを競う意識から、曲のために声を選ぶことへ。
そして、自分の歌を前に出し、揺らぐ気持ちも作品に残すことへ。
コートニーの歌唱の歩みでは、声の力とともに、その声で何を引き受けるかが変わってきました。
歌声とスクリームを一つの流れにする工夫は、コートニー・ラプラント(Spiritbox)の歌い方で取り上げています。

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