香取慎吾の歌唱変遷|舞台で変わった声が、ソロのジャズとファンクにつながるまで

香取慎吾(2025年「Circus Funk」東京公演) シンガー
香取慎吾(2025年「Circus Funk」東京公演)

香取慎吾のソロ作品をたどると、ジャズを歌う人と、華やかなファンクのステージを動き回る人が、同じ歌手の中にいることに気づきます。
その間には、舞台で声の出し方に向き合った経験と、自分で歌う場所を作り直してきた時間があります。

どのジャンルに進んだかと合わせて見たいのが、歌う準備や、曲に求める表情の変化です。
本人の制作談を軸に、そのつながりをたどります。

SMAPの歌手が、言葉を歌にする舞台へ

1991年にSMAPとしてCDデビューした香取は、グループの歌とダンスを長く担ってきました。
その活動と並行して、声で役を生きる経験も重ねています。
2009年のニューヨーク公演『TALK LIKE SINGING』は、その一つです。

三谷幸喜が手がけたこのミュージカルで演じたのは、話す言葉が歌になってしまう人物でした。
香取は英語の発音に苦労し、日本語と異なる口の動かし方に取り組んでいます。
歌う喜びは以前からあった一方で、この舞台では、発音そのものが役を伝えるための課題になっていました。

この経験だけで、以後の声が一変したとまでは言えません。
ただ、グループの一節を受け持つ歌と、人物の言葉を歌で伝え続ける舞台とでは、声に求められる役割が違います。
後年の香取が、曲をどんな場面で歌うかまで考える姿をたどるうえで、早い時期の大切な経験です。

2014年、歌う感覚を変えたボイストレーニング

本人が声の転機として挙げたのは、2014年の『オーシャンズ11』でした。
音楽担当の太田健からマイケル・ブーブレを紹介され、ボイストレーニングにも取り組んだといいます。
本人は後に、この時に声と歌への感覚が変わったと振り返っています。

そこで味わったジャズの心地よさが、後の『東京SNG』につながります。
舞台で知った歌う楽しさを、自分のアルバムで広げる挑戦でもあったのです。

2018年、歌いたい気持ちを確かめ直す

ソロのアルバムへ進む前には、歌から少し距離を感じる時期もありました。
2018年の映画『クソ野郎と美しき世界』では、歌えなくなる本人役に、自分と重なる感覚があったといいます。
音楽をしばらく聴いていないと気づく時もあった一方で、また歌いたいという思いは、はっきり持っていました。

前年の『72時間ホンネテレビ』では多くの曲を歌っています。
それでも当時は、気持ちよく歌い上げるというより必死だったと振り返りました。
人前で歌う機会があることと、自分の音楽として落ち着いて楽しめることには、距離があったのでしょう。
次のアルバムは、そうした時間を経て、自分から歌う場所を選んでいく作品になりました。

2020年、自分の名前で歌う曲を選び直す

初のソロアルバム『20200101』では、作品を作る立場も変わります。
香取が区別したのは、慎吾ママなどのキャラクターによる作品と、自分の名前を掲げるアルバムでした。
以前のように届いた曲を受け取るだけでなく、一緒に作りたい音楽家を自ら探していきます。
アルバム全体に、自分の好みや体の感覚を通していけるようになったのです。

SALUとの「OKAY」では、録音中にしっくりこない歌詞を二人で考え直しました。
SALUはSMAP時代のソロ曲「SKINAIRO」にも関わった作詞者です。
以前からの縁を、新しい制作の場へつないでいます。

本人によれば、このアルバムでは共演者と録音も一緒に行い、歌ってから別の言葉で録り直すこともありました。
歌詞や音の選択に最後まで関わることで、自分の声にする言葉を確かめていったのです。

2022年、『東京SNG』で歌の温度差を広げる

『東京SNG』では、生楽器の響きと舞台を意識したジャズの世界が前に出ます。
ただし、全曲を同じ勢いで歌う構成ではありません。
本人も、「シンゴペーション」と「Slow Jam」では歌うテンションが異なると説明しています。
ジャンルをそろえる中でも、曲ごとの声の表情を変えようとしていました。

ヒグチアイとの「ひとりきりのふたり」は、その幅を考えるうえで欠かせません。
当初は幕間のような役割も想定していた曲が、思いのこもった重要な曲へ育ち、アルバムのどこに置くかも悩んだといいます。
にぎやかに観客を迎える歌の隣に、静かな心情を置く。
ジャズへの挑戦は、音楽の衣装を替えるだけでなく、歌で見せる内面を広げる機会にもなりました。

香取慎吾(2022年「東京SNG」インタビュー掲載。撮影:藤本孝之)
香取慎吾(2022年「東京SNG」インタビュー掲載。撮影:藤本孝之)。
画像出典:画像掲載元

「シンゴペーション」のスキャットも、新しい課題でした。
ジェントル久保田は2022年末のラジオ番組で、香取にスキャットを歌ってもらったことを、その年の挑戦の一つに挙げています。
言葉の意味を運ぶ歌から、声そのものをバンドの動きに加える歌へ。
共演する演奏家からも、新しい使い方を求められる声になっていたのです。

2023年、ひとりで歌い続けるために準備を変える

『Black Rabbit』では、最初の二枚のアルバムの曲が一つのステージで出会います。
香取は、観客の反応によって自分のパフォーマンスも変わると語っています。
録音した作品を再現することに加え、目の前の客席から返るものを受けて歌う時間が増えていきました。

その裏側では、ひとりで公演を担うための準備も変わっていました。
2023年には、ウォーキングや自転車、階段、ストレッチを取り入れたことを本人が明かしています。
グループなら他のメンバーが歌う間に休めても、ソロでは自分が歌い、踊り続ける。
その違いが、体への向き合い方を変えた理由でした。

さらに、喉のケアや本番前の声出しにも言及しています。
2014年の経験が歌う感覚の転機なら、この時期の変化は、公演を最後まで支えるための準備にあります。
華やかな舞台の規模だけでなく、そこに立ち続ける日常まで、自分の歌に合わせて整えるようになったのです。

香取慎吾(2023年「Black Rabbit」有明アリーナ公演)
香取慎吾(2023年「Black Rabbit」有明アリーナ公演)。
画像出典:画像掲載元

2024〜2025年、ファンクの舞台で異なる声を一人に集める

2024年の『Circus Funk』では、アルバムの目指す気分が変わります。
香取は踊って騒げる作品を考え、今回はバラードを入れない方針を選びました。
『東京SNG』にあった内省的な曲を大切にしながら、次の場には別の楽しさを求めたのです。
静かな歌ができなくなったという話ではなく、客席と共有したい時間が変わったと読むべきでしょう。

表題曲ではChevonと組み、バンドの個性を引き出しています。
香取はアルバムやステージのイメージを相手に伝えつつ、Chevonには自分たちらしく作ってもらいました。
自分が歌う世界を先に描きながら、音楽家の個性が入る余地も残す。
初ソロ作からの共同制作は、舞台全体を見据えた形へ育っています。
ただ、本人はグループ時代にも音楽家と直接会い、制作に関わっていたと話しています。
ソロになって初めて能動的になった、という単純な区切りでは捉えきれません。

2025年のツアーでは、その多彩な曲をソロの歌でつないでいきます。
6月1日の東京公演では、「SURVIVE」の力強さと「Full Moon」の低く厚みのある歌声が、それぞれの魅力を見せました。
一つの声色を通すより、曲の場面に応じて声の存在感を変える歌手としての幅が、ステージでも表れています。

本人は後に、このツアーを、ファンと存分に騒ぐパーティーにしたかったと振り返っています。
舞台の像を思い描き、そこに必要な曲を作るという順序も説明しています。
歌う声を磨く経験と、どこで誰に歌うかを選ぶ経験が、今のソロ活動の中で重なっているのです。

曲ごとの譜割りや低い声、共演者との歌い方については、香取慎吾の歌い方で詳しく取り上げます。

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