向井太一の歌声はTAILでどう変わった? 「歌詞を届ける声」から「いつまでも」へ

向井太一・TAILのアーティスト写真 シンガー

向井太一は、声をビートの中になじませる歌を作り、やがてライブでも言葉をはっきり届けようとするようになった。
ところがTAILへ改名した後の「Toxic」では、今度は強く歌い込まず、語尾を息で終える難しさと向き合っている。
声を前へ出すことを覚えた人が、なぜ声を引く表現を求めたのか。
その道の先で、長く眠っていた昔の曲「いつまでも」を歌えると感じたことにも、改名だけでは説明しきれない変化がある。

生バンドから電子音へ、声の置き場所を探した初期

2010年に上京した向井は、最初から現在のようなソロ歌手だったわけではない。
バンドを組み、ジャズやファンクのカバーを歌っていた。
生の演奏に合わせる新鮮さを感じる一方、新しく出てきた電子音を使うR&Bにも惹かれ、さまざまな人と組むためにソロへ移った。

2016年のEP『24』には、その時期に求めていた音が詰まっている。
本人が影響を挙げるのは、FKA twigsの、声も伴奏の一部として扱うバランスだ。
歌を大きく前へ出すほかに、声とビートが一緒になって曲を動かす面白さを探していた。
表題曲「24」を含むこのEPには、24歳の自分が気になる制作者たちと、新しいメロディーの運びや音を試した時期が残っている。

ただ、作る音が機械的だからといって、歌う内容まで無機質にしたかったわけではない。
当時の取材では、そうした音の上に、怒りや苛立ちを含む生身の感情を置きたいと話している。
「SLOW DOWN」などを収めた『24』では、整った音と人間の割り切れなさを一緒にすることも狙いだった。

CELSIOR COUPEと毎月新曲をSoundCloudへ上げていたのも、新しいと思った音を、その感覚が古びる前に出すためだった。
2017年の『BLUE』ではmabanuaやKan Sanoとも組み、「FLY」などへと作品を広げていく。
共同制作の相手を増やす中で、声を音にどう収めるかという問いにも、次の答えが出てきた。

『BLUE』『PURE』で、聴き取れる言葉を中心にする

本人は2018年の取材で、『24』に比べて『BLUE』以降は歌そのものを前へ出すようになり、ライブでも歌詞の聴き取りやすさを意識すると説明している。
録音でもミックスを気にかけたというから、声の出し方だけで解決する課題と捉えていたわけではない。
声と伴奏の関係を整え、聴く人が言葉を受け取れる状態を作ろうとしていた。

この頃は、子どもの頃に聴いた日本のR&Bを聴き返していた。
海外の新しい音を取り入れてきた一方、長く聴き続ける日本の曲には、心に残る言葉や歌詞の世界があると感じていたのだ。
自分の歌でも、その力を大切にしたいという思いが強まる。

『PURE』に向かう背中を押したのは、ファンから届いた手紙やメッセージでもあった。
自分を好きになれないと悩む人から、曲に励まされたと知らされ、自分の言葉をもっと伝えようと考えた。
「Pure」には、周囲との違いに孤独を感じた本人の経験と、音楽を通じて自分を受け入れられた経験が重ねられている。
誰に何を届けたいのかが、以前より具体的になった。

歌詞を書くときの構えもほどけていく。
以前なら格好よくないと避けた言い回しも、気持ちに合うなら残せるようになった。
2018年の『PURE』には「リセット」も収録され、素直な言葉で前へ進もうとする歌が並ぶ一方、怒りや葛藤も隠さず歌っている。

同じ年の「Crazy」では、フックで多用しないようにしていたファルセットを積極的に使ったと語る。
曲の中でも耳に残る部分に、これまで控えていた声を選んだのだ。
言葉を明瞭にする方向へ進みながら、声色の選択にはむしろ自由が増えていた。

2020年、「僕のままで」で他者の旋律が自分の歌になる

2019年の『SAVAGE』では、内側の怒りや不安を掘り下げた。
ツアーで受け取った反応を通じて、今度は聴く人の力になるものを返したいと考え、2020年のEP『Supplement』へ進む。
その中の「僕のままで」にも迷いは残るが、迷いを抱えたままの自分を歌おうとしている。

この曲では、百田留衣がメロディーの土台を作った。
自分で書くときとは音のはめ方も旋律の動きも違うが、歌うほど体になじんだという。
ブリッジには自分のメロディーも加え、GASHIMAと歌詞の収まりを整えた。
他者の作ったものを受け取って終えるのでなく、自分が歌う言葉と往復させて仕上げていった。

自分で曲を書く立場として、旋律を人に委ねてよいのかと考えもしたという。
ところが「僕のままで」のMV撮影では、歌っているうちに自然に涙が出た。
作り手が自分一人でなくても、ここまで自分の感情になる。
その経験は、歌い手として他者の力を借りる意味を具体的にしてくれた。

「Last Song」で歌詞のために曲を作り直す

2023年、ベスト盤『THE LAST』の制作時、向井は音楽を続けるか迷うほど苦しい時期にいた。
同年の『CANVAS』では他者に作詞作曲を頼む曲もあったが、久しぶりに一人で曲を作り、自分の現在を見つめたのが「Last Song」だった。
過去の曲を聴き直すと、作品ごとに歌い方が違い、苦しみを力に変えようとしてきた自分も見えてきた。

新曲は、当初ベスト盤の告知映像に使う音から作り始めている。
映画のように静けさと激しさが入れ替わる、暗い曲調を考えていた。
しかし歌詞が浮かぶと、その言葉には今の曲調が合わないと感じ、方向を変えた。
そこからは詞と曲をほぼ一緒に進め、言葉が旋律へ収まる気持ちよさに重点を置いていく。

この時点の本人は、曲が自分の救いになるのかも、まだ分からないと話していた。
答えを得てから歌うのでなく、答えの出ない気持ちをそのまま差し出す。
曲調を組み直したのは、そうした言葉を今の自分が歌う必要を感じたからだった。

改名の相談も、その行き詰まりの中から生まれた。
やりたいこと、やるべきこと、実際にやっていることが混ざり、これまでの活動がつながって見えなくなったと社長に打ち明けたところ、名前を変える提案を受ける。
続けるか辞めるかしか考えられなかった人に、別の始め方が見つかった。
2023年11月、向井太一としてのツアーを終え、TAILへ移っていく。

THE LAST TOURで歌う向井太一
向井太一名義での最終ツアー公演。
出典:音楽ナタリー

「Toxic」で、歌い込まない難しさに向き合う

2024年のEP『flex』で、声の使い方の新しい課題がよく分かるのが「Toxic」だ。
初めて入るクラブのような、怖さと好奇心が同居する気分を、ケンモチヒデフミらと曲にした。
共同制作が決まる前から、踊れるビートの上に静かなボーカルを乗せる構想があったという。

そこで参考になったのが、ビリー・アイリッシュだった。
十分に歌う力を持ちながら、聴き手の耳元に語りかけるように歌う姿勢を学んだと本人は説明する。
以前はビブラートなどを効かせることに意識が向いていたが、この曲では強く歌い込むのを控える。
語尾を揺らさず、息で終えることが難しかったという話に、歌い慣れた方法を手放す手応えが表れている。

『flex』の「Cure」では、言葉を届ける方法も広げた。
客演をラップにする案に違和感を持ち、詩人の黒川隆介と会って、生活や人との距離について話し合う。
互いに書いた言葉を合わせると、歌と詩の朗読が一つの曲としてつながった。
自分の歌がどこまで届いているか分からない苦しさを、相手の言葉も借りて表し、再び作る喜びへ結び付けている。

TAILとしてステージに立つ向井太一
TAILとして出演したライブの写真。
出典:音楽ナタリー

昔の「いつまでも」を、今なら歌えると感じた

2025年3月に発表した「いつまでも」は、向井太一としてメジャーデビューする前に書かれていた曲だ。
長く温めていたその歌を、今なら歌い、表現できると感じたことが、同年5月のEP『blend』の出発点になった。
名前を変えた後に、昔の自分が残していた曲が新作の中心へ戻ってきたのである。

『flex』では二つの名義の違いを明確にしようとしていたが、『blend』では向井太一とTAILが自分の中で混ざる感覚になったという。
その話をした2025年5月16日の渋谷WWW公演でも、両方の時代の曲を歌い、「いつまでも」の後には「リセット」が続いた。
さらにアンコールでは、向井太一時代の『BLUE』を発表した際にもワンマンを行った同じ会場で、「Blue」をアコースティック版で歌っている。
新しい名義の初ツアーで、これまでの歌を今の自分の出発点へつなぎ直していた。

ビートの中に声を置くこと、言葉を前へ出すこと、語尾の力を抜くこと。
向井太一からTAILへの変化には、歌うたびに必要な表現を選び直す積み重ねがある。
「いつまでも」を歌えると感じた出来事は、その積み重ねが昔の作品にも新しい居場所を与えたことを示している。

ファルセットや語尾の息、言葉の伝え方を曲ごとにどう選ぶかは、向井太一/TAILの歌い方で詳しく考える。

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