iriは「Swamp」を歌うとき、感情を込めすぎないようにしたと話しています。
2024年のドラマ『スカイキャッスル』の主題歌として書いたこの曲で、彼女が見つめたのは、親子の間でこじれていく愛情でした。
強く歌えば、それだけ気持ちが伝わりそうな題材です。
けれどiriは、聴く人が入ってこられる余地を残すために、力加減を選びました。
低く、力のある声。
その声で思いをぶつけることもできるのに、彼女は言葉をリズムに乗せ、感情の強さを加減します。
もどかしい気持ちを、その重さだけで聴かせない。
iriの歌い方には、そんな面白さがあります。
低い声を好きになった理由
iriは、子どものころから自分の低い声に自信があったわけではありません。
かわいらしい女の子が評価されるように感じていた学生時代には、その声がコンプレックスでした。
そんな彼女に大きな影響を与えたのが、アリシア・キーズです。
中学生のときに見た「If I Ain’t Got You」の弾き語り映像では、歌詞の意味を詳しく知らないまま、歌声の力に心を動かされました。
女性が太い声で堂々と歌い上げる姿をかっこいいと思い、自分も歌ううちに、声への自信が生まれていきます。
2017年の「Watashi」について語ったとき、iriは、この声だからこそ、まっすぐな言葉を力強く届けられるのだと話していました。
自分の声を、表現のために生かせるものとして受け止めるようになったのです。
日本語を、意味と響きの両方で選ぶ
言葉をリズムに乗せるとき、iriは歌詞の意味だけでなく、文字の置き方や響きも重視しています。
たとえば、歌詞の中で自分をどう呼ぶかにも、その感覚が表れています。
2024年のインタビューでは、「私」よりも「ぼく」や「ぼくら」のほうが、自分の声にしっくりくると話していました。
好んで使う理由の一つは、その響きです。
文章として誰を指すかに加えて、自分の声で歌ったときに、どの言葉がなじむかを選んでいるのです。
英語を混ぜるときにも、ただ耳に残りやすいからという理由で頼ることは避けています。
幼いころには母親から英語を教わっていましたが、母国語である日本語をどう使うかを意識していると語っていました。
iriの歌を、洋楽のような雰囲気という一言だけで捉えると、この工夫が見えにくくなります。
自分の感情を日本語にして、それを声に出し、リズムに乗せる。
言葉選びと歌い方が別々にあるのではなく、歌ってみたときの響きまで含めて曲を作っているのです。
そのため、言葉に勢いがあっても、ずっと感情をむき出しにする必要はありません。
言葉の並べ方やリズムそのものでも、気持ちを伝えることができるからです。
ラップらしさより、自分が気持ちよく歌える置き方
旋律を歌う部分と、語りかけるように言葉を連ねる部分。
その境目をどう考えているのかを知ると、iriのリズムの捉え方がもう少し見えてきます。
2019年の取材で「Wonderland」や「Common」のラップに近い表現について問われた際、本人は、ラップをしようと意識して歌詞を書いているわけではないと答えていました。
重視するのは、自分で歌って気持ちよく感じられる言葉の乗せ方で、そこが見つかるまで時間をかけるそうです。
「Common」では、もともとiriが作った暗い雰囲気のデモを、STUTSが明るい方向へ作り替えました。
それでもiriは、歌詞を変更することは望まなかったと話しています。
歌の背景が変わっても、残したい言葉は守る。
歌詞と伴奏が同じ明るさを持っていなくても、一曲にできるという具体例です。
低い声の存在感に加えて、言葉が伴奏の中でどう動くかも、彼女の歌を聴く面白さになります。
意味をたどる聴き方から少し離れ、短く切る言葉と長く伸ばす言葉が、拍に対してどう置かれているかに耳を向けてみる。
速い言葉が多いからラップ、長く伸ばすから歌、と分けるよりも、ひと続きの声として聴くほうが、本人の制作感覚には近いのでしょう。
「Swamp」で、感情を込めすぎなかった理由

撮影:田中聖太郎/出典:歌ネット。
冒頭の「Swamp」に戻ると、iriが歌の強さを加減した理由が、さらに具体的に分かります。
彼女が題材にしたのは、親が子どものためを思っているのに、その愛情が子どもを苦しめてしまう関係でした。
子どもの側も愛されていることは分かるから、簡単には突き放せない。
そうした、近いからこそ離れにくい関係を描こうとした曲です。
その歌詞には、全力で歌うと、とても強く響いてしまうフレーズがありました。
そこでiriは、感情的になりすぎず、曲のリズムに乗りながら、比較的淡々と歌ったと説明しています。
これは、歌詞の感情を薄くしてしまうこととは違います。
親が悪い、子どもがかわいそう、と一つの感情だけで決められない関係を扱っています。
強い声で結論を言い切るよりも、聴く人が自分の記憶や気持ちを重ねられる歌にしたい。
iriの言う、聴き手が入れる余地とは、そのように受け取れます。
低い声で強く言い切ることができる歌手だからこそ、少し抑えるという選択にも意味があります。
もどかしい気持ちは歌詞に残し、声で押しつけるところまでは行かない。
言葉のリズムを楽しみながら、自分にもこういう気持ちがあると気づく。
彼女が目指したのは、そんな聴き方もできる歌なのでしょう。
この曲の制作でも、1番は時間をかけて書き、2番はトラックを聴きながら短い期間で言葉を生んだといいます。
本人が2番に感じたのは、むしろ自由さでした。
抑えた歌い方を選びながらも、音に反応して言葉を生む感覚までは固めてしまわない。
感情を強く押し出さないことと、リズムの中で動きを失わないことは、両立するのです。
声の音色と余韻まで含めて、歌を思い描く
iriは、歌い終わった声をどのように響かせるかにも、自分なりの基準を持っています。
2025年の『Seek』の取材では、自宅でデモを録る段階から、好きな声の音色やリバーブのかかり具合があると説明しました。
リバーブは、録った声に残響を加え、余韻や空間の印象を作るものです。
つまり、曲の世界を考えるときには、声をどう出すかに加えて、録音した声がどのように響いているかまで想像しているのです。
本番の録音もデモに近い環境を目指しますが、完成した音が最初の想像と違っていても、聴き直すとその良さに気づくことがあると話していました。
声の低さだけを取り出して捉えるより、言葉の置き方、伴奏、声の余韻を一緒に聴くことで、一曲ごとの表情も見つけやすくなります。
低い声を強く張るだけでなく、言葉の響きや曲のリズムに合わせて、押し出すところと抑えるところを選ぶ。
「Swamp」での歌の力加減には、その選択が表れています。
この歌い方に至るまでには、弾き語りからビートに言葉を置く歌への発見や、「Shade」での共作者との録音がありました。
iriの歌声の変遷では、2017年から『Seek』まで、本人が語った変化をたどります。







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