アリシア・キーズの歌い方|ピアノと声で、静かな歌も大きなサビも聴かせる

2013年のARIA Awardsでのアリシア・キーズ アリシア・キーズ
写真:Eva Rinaldi / CC BY-SA 2.0

アリシア・キーズの「Fallin’」は、最初から大人数で押し寄せる歌ではありません。
まず声が聞こえ、ピアノが加わり、やがて厚いコーラスに包まれる。同じ恋の悩みを歌っているのに、曲が進むほど、その気持ちが大きくなっていきます。

アリシアの迫力は、一人で高い声を張ることだけから生まれるのではありません。
ピアノと歌の関係や、後ろで重なる声まで作り、その曲に必要な大きさへ感情を広げているのです。その一方で、ピアノと歌だけの録音を、一度の演奏で残すこともあります。

「Fallin’」は、一人の声から厚いコーラスへ

2001年のデビュー作『Songs in A Minor』に収められた「Fallin’」は、初めての真剣な恋愛で感じた、よいときと悪いときの揺れから生まれました。
好きな気持ちがあるのに、関係がいつも心地よいわけではない。離れたいようで、また惹かれる。その落ち着かなさが歌の中心にあります。

ピアノで繰り返されるのは、和音を一音ずつ順に鳴らすアルペジオです。
本人は、その弾き方には学んできたクラシック音楽の影響があると説明しています。

ピアノが同じ形へ戻る一方で、声は音を長く引いたり、細かく動かしたりして、違う表情を見せていきます。
同じ悩みへ戻ってしまう歌だからこそ、繰り返しの中で声の強さや言い方が変わることにも意味がある。最初の打ち明け話のような歌が、そのまま静かに終わるとは限らないのです。

後半の大きなコーラスには、ルーサー・ヴァンドロスの歌を支えていたバックシンガーたちも参加しています。
一人の声で始まった曲に、複数の声が加わる。それによって、歌の迫力をアリシア一人の声量だけで作らずに、感情の大きさを変えられます。

コーラスが厚くなる場面でも、アリシアの声はその中へ消えてしまうわけではありません。
周りに声が増えたぶん、主旋律で訴えている人の存在も際立つ。誰が、どんな気持ちで歌っているのかを見失わずに盛り上がるところが、「Fallin’」の強さです。

2008年のサマーソニックでピアノを弾くアリシア・キーズ
2008年のサマーソニックでピアノを弾くアリシア・キーズ。写真:LuxTonnerre / CC BY 2.0

声を重ねるのは、曲の気持ちをはっきりさせるため

アリシアは、歌を作ったあと、まずピアノやギターだけの簡素な状態でも自分がよいと思えるかを確かめるといいます。
その土台ができてから、どんな声を重ねるかを考える。本人にとって声の編曲は、歌に喜びや暗さ、勢いを与える大切な作業です。

声をたくさん重ねること自体が目的なのではありません。
一人の声で伝えていた感情を、どこで膨らませるか。主旋律の後ろに別の声が入ると、同じ言葉の響きがどう変わるか。「Fallin’」の盛り上がりも、そのように曲全体で受け取ると、一音の高さだけとは違う面白さがあります。

この曲の最初の歌声が録られた場所は、寝室でした。
共同制作者のケリー・“クルーシャル”・ブラザーズによると、自宅で録った素材を大きなスタジオへ運び、そこで生のピアノやバックコーラスを加えていったそうです。

本人の気持ちから生まれた歌を、後から大きく育てていく。
完成した録音は堂々としていますが、その出発点には、アリシアが自分の歌を作れる小さな部屋がありました。声を重ね、伴奏を加えても、最初に歌いたかった気持ちが曲の中心に残っています。

「Not Even the King」では、歌とピアノを一緒に録る

では、アリシアの歌は、声を増やすほど強くなるのでしょうか。
2012年の『Girl on Fire』に収められた「Not Even the King」は、別の答えを持っています。

この曲は、アリシアがエミリー・サンデーと共作したピアノのバラードです。
長年録音を担当するアン・ミンシエリは、「Not Even the King」と同じアルバムの「101」は、一度の演奏を収めた録音だと説明しています。ピアノと歌を同時に録るため、歌声がピアノ用のマイクへ入りすぎないようにも工夫していました。

歌と伴奏を別々に仕上げるのとは、残るものが違います。
歌う人が次の言葉をどう出すか、そのとき指がどうピアノを鳴らすか。同時に演奏していれば、その場で起きたやり取りを、一つの流れとして残せます。

アリシア自身も、「Not Even the King」はピアノと自分だけで演奏する、お気に入りの曲だと話しています。
この編成では、声の後ろへ大勢のコーラスを加えなくても、歌い出す強さや、言葉の終わり方がよく伝わります。「Fallin’」のように感情が大きく膨らむ曲とは違って、少ない音の中で、歌の細かな動きに近づけるのです。

張り上げる強さと、近くで伝わる強さ

「Fallin’」では、一人の歌をピアノや複数の声で広げていく。「Not Even the King」では、歌とピアノがその場で作った流れを残す。
二つを並べると、アリシアがいつも最大の声量を目指しているのではなく、歌の気持ちが伝わる形を選んでいることが分かります。

大きく盛り上がる曲では、主旋律の後ろにどんな声が増えていくのか。静かな曲では、歌の言葉とピアノがどんな間で進むのか。
そこまで耳を向けると、アリシアの歌の迫力は、高音の一瞬だけでなく、一曲の中で感情が育っていく過程にもあると感じられます。

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