iriの歌声はどう変わった?「強い女性」の歌から、声を飾らない歌へ

2025年のインタビュー時のiri iri
2025年のインタビュー時のiri。撮影:後藤壮太郎/出典:Billboard JAPAN。

2025年、iriは「強い女性」と見られることに応えようと、曲の中でも強く振る舞っていた時期があると話しました。
低い声に自信を持たせてくれたのは、力強く言葉を届ける歌です。
それなのに、なぜその強さをいったん手放したかったのでしょうか。

『Seek』の「river」は、本人もこれまでになく落ち着いた曲だと語る一曲です。
2017年の「Watashi」からここへ来るまで、iriは歌の力を弱めたのではありません。
録音で声を整えすぎず、言葉を押しつけず、必要なときには強く歌う。
その選択を自分の手に戻してきました。

2017年、低い声だから届けられる強さ

iriはもともと、自分の低い声を気にしていました。
歌い始めてから少しずつ自信を得て、2017年の「Watashi」では、その声だからこそ、まっすぐな言葉を力強く届けられると話します。

「Watashi」は女性を励ます言葉を、踊れるトラックに乗せた曲でした。
前作では難しい言い回しも使っていたiriが、ここでは初めて聴く人にも強さが伝わる言葉を選びます。
かつて自分が気にしていた声を、誰かの背中を押すために使う。
大きな転換でした。

この声への自信が、歌い方の土台になっています。
iriの歌い方の記事では、低い声や日本語の響きを一曲の中でどう生かすかを掘り下げました。
こちらでは、その声に担わせる役割がどう変わったかを追います。

言葉を拍に置き、「Shade」では飾りを減らす

弾き語りから始めたiriは、ギターの刻みとビートに合わせて、言葉の置き方を変えていきました。
本人が転機の一つに挙げる「会いたいわ」では、長い旋律に言葉を乗せるだけでなく、繰り返す拍へ短い言葉をはめる歌に挑戦します。
デビュー前から歌っていた曲は2017年の『life ep』にも収録され、2021年になってMVが作られました。

ただし、作った瞬間から大きな転換だと実感していたわけではありません。
本人は、挑戦する中で自然に変わり、ゆったり歌う曲に加えて、ビートを刻みながら歌う曲も自分の持ち味になったと振り返ります。
後に得意とされる歌も、最初から完成形を狙ったものではなかったのです。

リズムの中で言葉を動かせるようになった後、2019年のアルバム『Shade』では反対に、声を飾りすぎないことを学びます。
表題曲を大沢伸一と作り始めたとき、二人が考えていたのは、攻めた音色と強いビートでした。
途中で大沢が音数を大きく減らす案を出し、iriの声が前に立つ曲へ方向を変えます。

2019年、『Shade』について語ったiri
2019年、『Shade』について語ったiri。
撮影:Haruna Aoi/出典:Spincoaster。

録音中、大沢はiriに、歌の癖を少し抑え、フェイクのようにメロディーを飾りすぎないよう助言しました。
それまで、歌唱について他者から細かな指示を受ける機会は少なかったそうです。
iriはその結果、曲にメリハリが生まれたと振り返ります。

強く歌うために音を増やすのではなく、余白を作ることで声を聴かせる。
別の方法を共作者との録音で手に入れたのです。

同じ時期、歌詞でも「前向きな言葉を届けなければ」と考えることから少し離れます。
活動が広がるにつれ、暗い気持ちまで明るい言葉に変えようとしていたと本人は語りました。
『Shade』では、もどかしさをそのまま曲に残すことを選びます。
声の飾りを引く判断と、言葉を無理に明るくしない判断は、同じ作品の中で起きていました。

2022年、自分の声を磨きすぎずに残す

2022年のアルバム『neon』では、さらに録音した声そのものを見つめ直します。
過去の音源を聴き返したiriは、そこに残る自分の声が、思っていたより艶やかで、きれいに整っていると感じました。
本人が知る自分の声は、もっと乾いていて、ざらついている。
だから今作では、歌ったときに出た揺れやニュアンスを直しすぎず、作品へ残したかったと話しています。

『neon』に収められた「摩天楼」のようなダンストラックも含め、このアルバムは単に音を薄くした作品ではありません。
iriは曲順や音の強弱を組み立てながら、きれいに仕上げた声だけを見せるのをやめました。
「Watashi」で見いだした低い声の強さに、録音の瞬間にしか出ない不揃いさも加えたのです。

2019年の『Shade』で引いたのは、伴奏の音数と歌い回しの飾り。
『neon』では、録った声を後から整えることにも目を向けました。
似た「引き算」に見えて、声との距離は少しずつ違います。

2023年、肩の力が抜けて生まれた「Season」

翌2023年の『PRIVATE』について、iriは『neon』の制作中はストイックだったと振り返り、今度は肩の力を抜いて、日常に溶け込む曲を作れたと話しました。
それ以前は、音が足りないと感じて要素を増やすと、今度は減らすのが怖くなる。
勇気を出して簡素にした『neon』にも、これでよかったのかという迷いが残っていたといいます。
ありのままの声を録音に残すことと、それを自分で肯定できることには、まだ距離がありました。

先行曲「Season」では、自分から素直に前向きな言葉が出てきたことに、本人も驚き、うれしかったそうです。
背景には、親しい友人や制作仲間との価値観の違いに傷ついた経験がありました。
今は考えが合わなくても、先で関係が変わるかもしれない。
そう捉え直した気持ちが、曲の明るい言葉につながります。
「Watashi」で人を励まそうとした声が、今回は自分の実感から前を向いていました。

その自由さは「DRAMA」の作り方にも表れます。
iriが初めて自分で鍵盤を弾いてコードを考え、録音した音を繰り返しながらビートと歌を重ね、Yaffleへ渡しました。
Yaffleはそれを生のピアノで弾き、録音を素材にしてトラックへ組み直します。
作業中の声まで曲に残り、iriはその遊びを楽しんだと話しました。

ギターの弾き語りでも、完成したトラックを渡される形でもない、新しい入口でした。
声の見せ方を強く意識していた時期から、声を置く場所そのものを二人で試せる時期へ。
『PRIVATE』の自然体には、そんな制作中の手応えもありました。

2024年から2025年、強さを役割にしない

2024年のドラマ主題歌「Swamp」は、親子のこじれた愛情を描く曲です。
強く響く歌詞がありながら、iriは感情的になりすぎず、比較的淡々と歌うことを選びました。
曲の中でなぜ声の力を抑えたかは、歌い方の記事で詳しく扱っています。
「Watashi」で人を励ました声を、今度は聴く人が自分の気持ちを重ねられるように使った選択です。

そして2025年の『Seek』。
iriはこの作品で、一人になれる時間や静けさを表現したかったと話します。
「river」は、これまでにないほど落ち着いた曲になると制作中から感じ、歌にはブルガリアの民族合唱を思わせる「ブルガリアンボイス」のような発想も取り入れました。
新しい共作者と作るうちに、自分が解放されていく感覚があったといいます。

「river」を共作したKota Matsukawaとは、子どものコーラスを入れたいことや曲のテンションを伝え、細かな私的な連絡は重ねませんでした。
以前から組むTAARとは、気になることをすぐ話せる関係です。
それに対して、Kotaとは届いた音から相手の見た景色や選択を想像する。
密に話し合うことだけがよい曲への道ではないと知り、一緒に作る人との距離も広く選べるようになりました。

この年の取材でiriは、「Watashi」の後に「強い女性」という見方を向けられ、曲の中でも強く見せなくてはと感じていたことを明かしました。
今はその役割を一度外し、リラックスして自分のやりたい音楽を選べる。
ライブでも、ただ上手に歌おうとするより客席の表情を見て、そこで感じたことを声にしたいと話します。

低い声を好きになった2017年と、乾いた声の揺れを残した2022年、静かな歌を選んだ2025年。
iriの声の魅力が一つの型に定まったのではなく、その声をどんな言葉と音に預けるかを、彼女自身が選び続けています。

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