古川慎の歌唱変遷|低めに変わる声を見つめ、原点のジャズロックへ

『カレイドスコープ』を語る2024年6月の取材に掲載された古川慎 シンガー
『カレイドスコープ』を語る2024年6月の取材に掲載された古川慎

古川慎は、アーティストデビューから5年を迎えた2023年、自分の声が低めに変わってきたと語っています。
一方で、音楽の好みはデビュー時から大きく変わらず、暗さや大人の艶を持つ曲に惹かれていました。
5周年記念シングル「“Place your bets”」で選んだのも、原点を振り返るジャズロックです。

声の変化を感じながら、好きな音楽へ戻る。
そこに至るまでには、自分の歌だからこそ迷った録音や、それまで使ってこなかった声を求められた主題歌がありました。
古川の歩みをたどると、歌いたい音楽の軸を保ちつつ、一曲の中で選べる表情を増やしてきた過程が見えてきます。

キャラクターの歌を経て、自分の名義で歌うまで

古川は2018年7月、「miserable masquerade」でアーティストデビューしました。
その前から、キャラクターソングを通じて歌う楽しさや表現を学んでいました。

好きな歌手をまねて歌うことは以前から身近でした。
そうして覚えた感覚やニュアンスを、キャラクターの歌にも取り入れていたそうです。
歌を聴いて身につけた表情を、演じる人物の歌へ生かしていたのです。

自分のCDを出すことにも憧れていましたが、かなうとは思っていなかったといいます。
キャラクターソングを歌う機会を重ね、その先で本人名義の活動が始まりました。
歌いたかった音楽を作れる喜びとともに、どの歌い方を自分の作品として残すかという、新たな難しさも生まれます。

2019年には、『Disney 声の王子様 Voice Stars Dream Selection Ⅱ』で、柔らかく歌う難しさも経験しました。
「星に願いを」では、曲の美しさを大切にして、声を張らずに優しく歌おうとしています。
ところが、その歌い方では息が多くなり、短い曲なのに足りなくなったと振り返りました。

同じ作品の「みんなスター!」では、音の細かな上下に苦労し、何度も歌って覚えたそうです。
強く歌う以外にも、曲から求められる課題はある。
馴染みのある歌の表情を使うだけでは収まらない経験を、デビュー後も重ねていました。

2020年、自分の歌だからこそ迷った表現の選択

3rdシングル『本日モ誠ニ晴天也』を発表した2020年、古川は、自分名義で歌うことには選択肢が多いと話していました。
キャラクターの歌なら、その人物がどんな表情をつけるかを想像し、録音時の指示に合わせて整えていく。
本人名義の曲では、自分の中にある複数の歌い方から、作品に残すものを選ぶ必要があります。

カップリングの「パトスのカタチ」では、情熱的に歌いたいという希望に、制作チームからさまざまな提案が加わりました。
録音中は指示に応えることで精いっぱいだったものの、完成した歌を聴くと、求められた表現が曲の熱を作っていたと感じたそうです。

完成に納得しても、試したいことは残りました。
言葉が崩れるほど熱量を上げたらどうなるか、逆に力を抜いたらどんな歌になるか。
古川は、そうした別の歌い方にも関心を持っていました。
一曲の正解を決めることが、自分名義ではかえって難しいという実感です。

また、録音した歌を忠実にライブで再現することも、とても難しいと話しています。
当時はまだ、自分なりのライブでの歌い方を固められていませんでした。
録音で選んだ一つの表現を、その場でもう一度歌うという課題が見えていた時期でもあります。

歌との歩みを語る2020年7月の取材に掲載された古川慎
歌との歩みを語る2020年7月の取材に掲載された古川慎。
画像出典:写真掲載元

同年の1stアルバム『from fairytale』では、歌を包む音も含めて表現を探しました。
「for fairytale」は、ゴスペラーズのようなコーラスのあるバラードを歌いたいという希望から生まれました。
初めは甘いラブソングのようなメロディーでしたが、壮大さを求めて相談するうちに音数が減り、シンプルなバラードへと形が変わったそうです。
さまざまな方向の曲を録ったアルバムで、最後に歌を収めた曲でもありました。

この曲は、2021年4月の初のオンラインライブ「Streaming Kinema “from fairytale”」でも最後に歌われました。
スタッフが内緒でペンライトを用意していたことに古川は涙し、歌う側としては悔しさも感じたと、後年振り返っています。
録音で整えた歌も、ライブでは、その場で動く感情と向き合いながら歌うことになる。
録音とライブの両方を経験しながら、自分の歌を作っていきました。

Streaming Kinema “from fairytale”――2021年4月公演・ダイジェスト

2022年、これまでと違う声を探した二つの主題歌

2022年には、『薔薇王の葬列』の二つのオープニング主題歌を担当します。
第1クールの「我、薔薇に淫す」では、原作を読み、ディレクターの桑原聖と相談しながら、主人公リチャードの内面へ踏み込む方向を決めました。
そこで求められたのが、中性的な声の表現です。

本人の説明では、1番のAメロとBメロは、声を出し始めるときの勢いをいつもより抑えています。
一方、サビでは声を張る。
曲全体を弱くするのではなく、始まりと盛り上がりで、声の使い方を変えていました。

控えた出だしは、声優の仕事でもあまり経験してこなかった表現だったそうです。
同じ箇所を15、16回ほど録り直し、求められた声を探しました。
役の気持ちを理解することと、それに合う歌声を出せることの間には、録音を重ねて埋めていく難しさがあったのです。

第2クールの「荊棘輪舞曲」では、女性を思わせる声という指示へ進み、古川は艶を強く意識したといいます。
こちらの発売は2022年6月ですが、録音したのは前年の11月でした。
二つの主題歌を準備する中で、中性的な表現から女性的な表現へと、同じ作品に関わる声の見せ方を試していたのです。

古川は、この経験を新しい引き出しを得たこととして捉えていました。
歌いたい音楽を自分で選ぶ一方で、作品から要求される声にも挑む。
その両方が、使える表情を広げていました。

5周年に、低めになってきた声と原点を見直す

2023年、古川は年齢とともに声が変わり、自分でも低めに寄ってきたと感じていることを話しました。
自身の歌声や好みを考えると、明るく軽い曲より、暗さや大人の艶を含む曲が合っているとも捉えていました。

「“Place your bets”」の制作では、これまでの音楽を振り返れる、派手さと激しさを持つジャズロックを希望しました。
5周年だからといって、感謝や寄り添う気持ちを正面に出す曲を選ぶのは、自分らしくないと考えたそうです。
デビュー曲「miserable masquerade」にもあった暗い雰囲気を、もう一度、自分の音楽の中心に据えました。

本人の説明では、音楽の基本の色は大きく変わっていません。
活動を重ねるうちに、その色の濃淡が見えてきたと考えていました。
新しい声を試してきたことは、デビュー時の好みから離れていくこととは違っていたのです。

5周年と声の変化を語る2023年7月の取材に掲載された古川慎
5周年と声の変化を語る2023年7月の取材に掲載された古川慎。
画像出典:写真掲載元

同じシングルの「rainy day」では、曲に合う声の高さを具体的に選んでいます。
スタッフの意見も交え、ライブで映える曲を目指す中で、古川は、郷愁を感じさせるにはキーが低いほうがよいと考え、下げてもらいました。
昔の友人や一緒に遊んだ仲間を思い浮かべ、楽しかった記憶と、大人になった自分の後悔や変化を重ねて歌詞を書いています。

声が低めになったという実感とは別に、この曲には、表したい気持ちに合わせたキーの選択があります。
自分の声を見直すだけでなく、その高さでどんな情景を伝えたいかも考えていたのです。

原点へ戻ったあとも、歌う目的を広げていく

配信ライブで見えた自分の課題は、2023年11月の有観客公演「“Call” in the BOX」へ持ち越されました。
古川は、もっとよいものを作りたいという思いで、そのライブに臨んだと振り返っています。
自分の希望を受け止めるスタッフと、歩みに付き合う聴き手に支えられ、自分に合うペースで活動を重ねていました。

“Call” in the BOX――2023年11月公演・ダイジェスト

2024年の「カレイドスコープ」では、ミドルテンポの曲をシングルの表題に選びます。
こうした表題曲は初めてではないかと、本人も話していました。
前作のライブで映える激しさから、春の出会いや別れを含む曲へ、歌う場面が変わります。

花をテーマにした企画で選んだのは、明るさだけでは終わらないメロディーでした。
新生活への希望だけでなく、慣れた場所を離れる不安もある。
自分で歌うからこそ、都合のよいことばかりは書けないと考え、最後には晴れた日が来てほしいという願いを込めています。

2025年の「そこに有る灯り」は、『ワンパンマン』第3期のエンディング主題歌です。
古川は、明快なハッピーエンドにするのではなく、ヒーローや怪人を含めた人たちが少し休める曲を目指したと話しました。
以前の「地図が無くても戻るから」と歌詞に緩やかなつながりを持たせつつ、続きと捉えるか、別の側面と感じるかは、聴き手に委ねています。

低めになってきた声を自覚したあとも、古川慎が選ぶのは、暗さと艶のある曲だけではありません。
主題歌で探した声、懐かしさのために下げたキー、登場人物を休ませたいという願い。
歌いたい音楽の軸を持ちながら、一曲ごとの目的に応じて声や言葉を選ぶことが、その歩みを豊かにしています。
出だしの強さや息、言葉の区切りを曲ごとに調整する工夫は、古川慎の歌い方で詳しく扱っています。

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