大切な人を失った悲しみを歌った曲を、24年後には、その人と一緒に生きる歌として歌う。
緒方恵美は2018年に「ENDLESS LOVE」を歌い直したとき、初めて歌った頃の悲しみとは、違う気持ちを抱いていました。
大切な人を失った経験を重ね、その人が心の中に生き続けると感じるようになったことが、フレージングにも関わったのです。
声優として聴き手が望む歌を作るところから、自分の音楽を探し、昔の曲へ戻る。
その歩みの中で緒方が変えてきたのは、曲のアレンジだけでなく、何を思って言葉を歌うかということでした。
「ENDLESS LOVE」の再録を中心に、原点の曲へ向かう現在の声をたどります。
声優としての歌から、2010年の「第2のデビュー」へ
緒方は初期の音楽活動について、声優としての自分を好きになってくれた人に喜んでもらえるよう、物語を持つ曲や、曲の中で人物を作る音楽を続けていたと振り返っています。
もともと自分でも曲を作り、音楽が好きだった一方で、CDを出せるようになったのは、声優として認めてもらったからだと考えていました。
そのため、当初は自分がやりたい音楽をそのまま出すことに、ためらいがあったのです。
転機になったのは、1999年に移ったランティスでの経験でした。
井上俊次から、自分の作りたい音楽を作ってよいと後押しされ、バンドメンバーと各地のライブハウスを回るようになります。
ただ、その言葉をもらってすぐに音楽が切り替わったわけではなく、しばらくは以前の習慣も残っていたと話しています。
緒方が2018年の取材で、自分の音楽性が確立した境目として挙げたのが2010年です。
バンドを組み直し、仲間とカバーライブなどを重ねる中で、自分が進みたい方向が定まりました。
その記念に皆で作ったのが「再生-rebuild-」です。
『ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生』のエンディング曲にもなったこの曲を、第2のデビュー曲と位置づけています。
目指したのは、熱さと優しさを持ち、聴く人を励ますロックでした。
緒方は、初期の自分には伝えたいメッセージがまだ定まっていなかったとも話しています。
声優として人前に立ち、自分の言葉で話すことを求められた経験が、歌でも何を届けたいのかをはっきりさせていきました。
「再生-rebuild-」は、2012年のアルバム『Rebuild』にも収められています。
慣れた曲でも、新しい録音では歌い直したくなる
2018年の『EARLY OGATA BEST』では、初期の曲を選び、現在の歌と新しいアレンジで録音しています。
緒方にとって、長い間歌わずにいた曲ばかりではありません。
ライブで普段から歌っていた曲も多く、最初は今の声で、いつもの気分で歌えばよいと考えていたそうです。
ところが、新しいアレンジの中で、ヘッドホンをつけて曲に向き合うと、それまでの解釈に疑問が生まれました。
録音でOKが出ても、コントロールルームで聴き返して、もう一度歌わせてほしいと頼んだ曲もあったと話しています。
歌い慣れていることが、今回の録音でも同じ歌を選ぶ理由にはならなかったのです。
昔から聴いているファンには、現在の自分たちの音楽を届けたい。
最近知ってくれた人には、膨大な過去の曲に触れる機会を作りたい。
再録には、異なる時期の聴き手を、今の歌でつなぐ狙いもありました。
どの曲を選び、どんな気持ちで歌うかは、昔の歌を懐かしむことだけでは決まりませんでした。
「ENDLESS LOVE」は、悲しみの中にある愛を大きく歌う
「ENDLESS LOVE」は、1994年のデビューミニアルバム『HALF MOON』に収録された曲です。
亡くなった大切な人へ向けた歌で、緒方は、初めて歌った頃には、その人を失った悲しさを強く出していたと振り返っています。
平気だと伝える言葉にも、悲しみに耐える気持ちが重なっていたのでした。
24年後の再録に至るまでには、緒方自身が大切な人を失う経験を重ねていました。
悲しみはありながら、その人が自分の心の中に生きていて、一緒に生きていると感じるようになった。
その実感から、同じ言葉の捉え方も変わっています。
Real Soundのインタビューで、緒方は、愛をもっと大きなフレージングで表し、包容力のある曲にしたかったと説明しています。
失った悲しみを前へ出す歌から、その人を心の中に抱いている歌へ。
経験の変化が、言葉をどんな大きさの流れで歌うかという選択につながりました。
この曲は『EARLY OGATA BEST』のスタジオ録音盤を締めくくっています。
再録のコーラスにはUnlimited toneが参加しました。
原曲から受け継いだ壮大なバラードを、当時の悲しみの強さでなぞるのではなく、今の自分が抱く愛を伝える歌にしたかったのでしょう。
2018年の本人のライブを振り返るブログでも、この曲を、亡くなったファンへ長く歌ってきた一曲として紹介しています。
再録で探した包容力は、録音の中だけの話ではなく、聴き手へ届け続ける歌ともつながっていました。
「ENDLESS LOVE」を歌い直すことには、その年月の思いを、現在の声へ乗せる意味があったのです。

画像出典:写真掲載元
恩人ともう一度録った「silver rain」
同じアルバムの最初には、もう一つ、年月によって歌う気持ちが深まった曲があります。
「silver rain -piano ver.-」です。
緒方が作詞・作曲した「silver rain」は、前のレコード会社で発表したシングルでした。
その後、ランティスへ移って初めての録音の記念として、井上俊次とピアノ版を残しています。
当時は、制作途中だったアルバムが、会社の事情で完成できなくなる出来事がありました。
ランティスが引き継ぎ、井上は自分の音楽を作ることや、バンドでのツアーを後押ししてくれた人です。
最初のピアノ版は、その井上と同じブースに入り、1コーラスを一緒に録ったものでした。
この版は、2001年の『rain』に収められています。
「silver rain」――『rain』収録版(2001年)
2018年の再録では、再び井上のピアノと同時に歌いました。
初回の録音からは、本人の回想で19年が経っていました。
迷っていた人の肩をそっとたたく相手への感謝を歌った詞が、今は、目の前でピアノを弾く人との歩みに重なります。
こみ上げるものを抑えながら、思いも込めながら歌った、と緒方は話しています。
「ENDLESS LOVE」では、別れた人を心の中に抱く気持ちが変わりました。
「silver rain」では、支えてくれた人と歩いた年月が、以前の自作の詞へ戻ってきています。
過去の曲を歌う現在の自分が、言葉の意味をもう一度見つける。
再録の中には、そうした二つの再会がありました。
「silver rain」――2018年再録
公開録音では、その場の歌に集中した
『EARLY OGATA BEST』には、客席のあるライブハウスへ録音機材を持ち込み、演奏者と一緒に録った5曲も収められています。
通常の公演をそのまま記録しただけの作品とは、録音に向かう目的が違いました。
緒方は、普段のライブでは多いファンサービスやMCをこのときはほぼ控え、歌へ集中したと説明しています。
本人によれば、各曲は2、3テイクで録り終えました。
一つのテイクでは、歌と演奏が一緒に進んでいきます。
その場の緊張感や空気を含む録音になったことを、本人も振り返っていました。
この5曲を共に録ったのは、洋楽のカバーライブを重ねていた「M’s BAR」のアコースティックなメンバーです。
初期の曲を、今、一緒に歌を作っている仲間との呼吸で残すことにもなりました。
最後の「awarding ceremony」では、終盤のコーラスを別に録っています。
そのパートには、録音時に手の空いていたランティスの社員たちが参加しました。
井上のピアノで始まったアルバムを、今度は社員の声で締めくくる。
普段は支える側にいる人たちの声まで、現在の緒方の歌を形にする一部になっています。
「微笑みの爆弾」を、今の自分の声で原点へ返す
2023年の『アニメグ。30th』では、声優としてのデビュー作品『幽☆遊☆白書』の主題歌「微笑みの爆弾」を、再びカバーします。
緒方は、放送当時の出演キャストによるカバー企画でも、この曲を歌っていました。
その頃の自分を、まだデビューから間もなく、拙かったと振り返っています。
1995年の『幽☆遊☆白書 スーパーカバーズ』に収録された歌は、その初期のカバーを聴く手がかりになります。
2023年に曲へ戻る理由には、自分を育ててくれた作品へ感謝を伝え、初心に帰るという思いがありました。
知っている歌をもう一度収録することに、現在までの歩みを返す意味を持たせています。
「微笑みの爆弾」――1995年『スーパーカバーズ』収録版
リスアニ!の2023年の取材で、緒方は、今、ストレートに歌っている自分の声で初心へ帰ったと説明しています。
編曲はangelaのKATSU、コーラスにはatsukoも参加しました。
緒方は、聴く人を楽しませようとする二人の気持ちに支えられた曲だと話しています。
初心に帰るために選んだのは、若い頃をまねる声ではなく、今、仲間と届けたい自分の歌でした。
「ENDLESS LOVE」では、言葉の意味を受け止め直し、大きなフレージングを選びました。
「微笑みの爆弾」では、今の自分の声で、育ててくれた作品へ歌を返しています。
過去の曲が、現在の緒方恵美の歌として生き直すところに、この二つの再録のつながりがあります。

画像出典:写真掲載元
「微笑みの爆弾」――2023年再カバー
低音やファルセット、ビブラートをどう使い分けているかは、緒方恵美の歌い方で詳しく扱っています。







コメント