野口五郎の歌い方|「私鉄沿線」の高さを守り、待つ男の気持ちを歌い直す

2024年のインタビュー時の野口五郎 シンガー
2024年のインタビュー時の野口五郎。撮影:山口比佐夫/出典:ENCOUNT

野口五郎は、「私鉄沿線」を原曲の高さで歌うことに、特別な意味を感じています。
若いころから楽に歌えた曲ではありません。
むしろ、声が届くかどうかという難しい高さだからこそ、この歌の良さが伝わると考えているのです。

一方で、歌詞に出てくる、別れた相手を改札口で待つ男の気持ちは、最初からよく分かっていたわけではありませんでした。
十八歳の野口は、なぜそんな場所で待つのかと不思議に思っていました。
それが年月を経ると、待っていたいという気持ちのほうが分かるようになる。

歌う高さは守りたい。でも、同じ言葉を歌う自分の気持ちは変わっていく。
この二つをたどると、野口五郎の歌い方を、昔の声を保つ努力だけでは説明できないことが見えてきます。

1975年の「私鉄沿線」は、兄の佐藤寛が作曲し、筒美京平が編曲を手がけた代表曲です。

あの高さが、歌の切実さにつながっている

「原曲のキーを変えない」と聞くと、若いころと同じ高音を出せることの証明に思えるかもしれません。
野口が語っているのは、それよりも曲そのものとの関係です。

2024年のインタビューで、彼は「私鉄沿線」を原曲のキーであるヘ短調で歌うことへのこだわりを説明しています。
筒美京平のアレンジは、その高さで歌うことを含めて完成している。
そして、昔から簡単には出せなかった高さで歌うからこそ、曲の良さが伝わるのだという考えでした。

この話からは、その高さへ向かって声を出すときの緊張も、彼が大事にしていることが分かります。
別れた人を忘れられず、もう一度会えるかもしれないと待ってしまう。
そんな人物を歌う声には、余裕ばかりがあればよいわけではないのでしょう。

これは、野口自身が長く歌ってきた「私鉄沿線」についての判断です。
どんな歌でも高いほど気持ちが伝わる、という話ではありません。
彼はこの曲について、伴奏の響きと自分の声の負担を切り離さずに考えています。

野口が守ろうとしているのは、ただ音域の広さではなく、この曲を歌うときに生まれる切実さなのだと受け取れます。

十八歳には分からなかった「待っている」の気持ち

ただし、同じ高さを守ることと、昔と同じ気持ちで歌うことは別です。
野口自身の「私鉄沿線」の受け止め方は、年月とともに変わりました。

曲が発表されたころ、彼はまだ十八歳でした。
一緒に暮らした相手を失い、思い出の場所で待ち続けるという歌詞を、自分の経験に重ねて理解できたわけではありません。
改札口以外に場所はなかったのかと考えた、という振り返りには、当時の若さがよく表れています。

ところが、2016年に歌を録り直したときの話になると、待つことへの見方が変わっています。
若いころには、改札口で待つ男の気持ちを理解できなかった。
それが、自分もそこで待っていたいと感じ、待つことの良さを思うようになったのでした。

「待っている」という言葉は同じでも、歌う本人がそこに感じるものは同じではありません。
会えないなら帰ればよい、では片づけられない気持ちが分かるようになった。
そう考えると、昔のヒット曲を歌い直すことにも、新しい曲を歌うのとは違う面白さがあります。
覚えているメロディーの中に、以前は分からなかった人の気持ちが見つかるのです。

1974年の「甘い生活」も、二人で暮らした日々と別れを扱う曲でした。
当時の野口が歌っていたのは、十代の日常にそのまま重なる恋愛ばかりではありません。
彼は、まだ実感しきれない大人の関係を歌い、それを長い年月にわたって歌い続けてきました。

2024年、アルバム制作について語る野口五郎
2024年、アルバム制作について語る野口五郎。撮影:山口比佐夫/出典:ENCOUNT

歌の一部分だけを、後から取り替えたくない

では、今の気持ちを込めて歌い直すとき、野口はどんな録音をするのでしょうか。
2016年のアルバム『The birth GORO anniversary』には、「甘い生活」と「私鉄沿線」の新しい歌唱が収められています。
伴奏は五年前に録ったものを使い、歌を新たに録り直しました。

その制作について、彼は、歌の気に入らない部分があっても、そこだけを後から差し替える方法を取らないと話しています。
もう一度、最初から歌い直すのです。

理由は、時間がたつと声の状態も、その場の空気も変わるから。
一曲を続けて歌ったものと、一部を別のときに歌って取り替えたものでは、自分の中で何かが違ってしまうと感じていました。

ここでいう録り方は、一度だけ歌って終えるという意味ではありません。
納得できなければ、初めから何度でも歌う。
一つ一つの箇所で最もよく歌えた部分を集めるより、一曲を続けて歌ったときの流れを大事にしているのです。

そうした姿勢は、「私鉄沿線」を原曲の高さで歌いたいという話にもつながります。
彼は、必要な音がそれぞれきれいに出ているかだけで、自分の歌を判断していません。
どの高さで歌うか、最初から最後までどう歌い続けるか。
一曲全体を歌うときの感覚を、録音にも残そうとしています。

音を作り込める人が、歌では通して歌う

野口は、歌うだけでなく録音の作業にも詳しい人です。
自宅に録音環境を持ち、楽器を演奏し、録った音を自分で調整することまで行います。
2024年のセルフカバー集『GOROes by my self 2 ~CITY POP~』では、楽器の演奏から録音まで自分で手がけました。

音を加工したり、録り直したりする方法を知ったうえで、自分の歌については、一曲を通して歌った感覚を重視している。
技術を使えるかどうかよりも、何を残したいかが先にあるのでしょう。

「私鉄沿線」に使うマイクの話にも、その選び方が表れています。
野口は、最初の録音で使ったノイマンのU67という機種を、2016年のアルバムでも使ったと話しています。
別のマイクも試しましたが、自分にはこの機種が合うと感じていました。

新しい録音機材を取り入れながら、声を捉えるマイクは長く使ってきたものを選ぶ。
歌詞の感じ方は変わっても、歌う高さにはこだわる。
野口は、古いものを全部守るわけでも、新しくできるものを全部変えるわけでもありません。
自分の歌に必要だと感じるものを、一つずつ選んでいます。

同じ曲を、今の自分で歌うために

2025年「The Covers」収録時の野口五郎
2025年「The Covers」収録時の野口五郎。写真:©NHK/出典:ENCOUNT

原曲を大切にする野口ですが、「私鉄沿線」の伴奏をいつでも同じ形に固定しているわけではありません。
2025年の『The Covers』では、娘でピアニストの文音と、バイオリニストの廣津留すみれと共演しました。
文音は、父の歌とバイオリンを生かすために、この曲を新たに編曲しています。
同じ代表曲にも、共演者によって違う音の組み合わせが生まれるのです。

伴奏をどう組み合わせるかは、共演する人と考え直すことができる。
その一方で、自分がどの高さで、どんな気持ちで歌うかには、長く歌ってきた本人の判断があります。
原曲を大事にすることも、今の共演者と新たに演奏することも、どちらも同じ曲を歌い続けるための選択なのでしょう。

野口が大切にしているのは、原曲の高さで歌うときの緊張と、一曲を続けて歌うときの流れです。
そこへ、年月とともに変わった、改札口で待つ男への理解が加わる。
歌を長く聴いてきた人にとってなじみのある声でありながら、本人の中では同じ歌詞の受け止め方が変わっています。

十八歳には分からなかった男の気持ちを、今の自分ならどう歌うのか。
同じ代表曲を歌い続ける野口五郎は、歌詞の意味まで昔のままにしているわけではないのです。

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