吉澤嘉代子の歌声はどう変わった?「美少女」の役から、舞台で歌う自分自身へ

2021年の日比谷野外音楽堂公演で歌う吉澤嘉代子 シンガー

吉澤嘉代子は、自分の書く曲は好きでも、自分が歌うことには長く確信を持てなかったと話しています。
曲の主人公になりきり、舞台では大胆に振る舞う姿からは、少し意外に思えるかもしれません。
その迷いが変わったきっかけの一つは、2024年に重ねたツアーでした。

役に入ることで歌いやすくなった初期から、同じ曲を編成に応じて歌い分け、共演者とのやり取りの中で自分の声を楽しむようになるまで。
彼女の変遷には、物語を作る人が、歌う自分にも居場所を見つけていく過程があります。

「美少女」の頃――誰かになることで歌い出せた

吉澤は2013年のインディーズ作品『魔女図鑑』を経て、2014年にミニアルバム『変身少女』でメジャーデビューしました。
収録曲「美少女」でいう「美少女」は、本人の説明では容姿の評価というより、なりたい自分のことです。
初期の作品には、現実の本人と物語の人物の間を行き来する発想がありました。

もともと歌うのは好きだったものの、子供の頃に録音した自分の声を聴き、その幼さに驚いて歌手を諦めたこともあったそうです。
やがてサンボマスターの歌が自分に向けられているように感じ、自分も歌い始める。
2014年の取材では、大勢へ一度に呼びかけるより、一人に語りかけたいという気持ちを話していました。

歌う姿も、最初から自在だったわけではありません。
『魔女図鑑』より前のライブは立って弾き語ることが多かったといい、「未成年の主張」などを観客が受け入れたことで、人を笑わせ、喜ばせる方向へ重点が移ったと振り返っています。
踊ることへの抵抗も薄れました。

「未成年の主張」2013年10月2日・Shibuya La.mama。

赤青ツアー2021で歌う吉澤嘉代子
吉澤嘉代子『赤青ツアー2021』の公演写真 出典:ビクターエンタテインメント

一方、普段の恥ずかしさを抱えたままでは、舞台で歌い始められなかったといいます。
そこで曲の人物になり、かわいらしい役や怖さを持つ役に合わせて、自分の振る舞いを変えた。
役を持つことが、本人の動きを止めていたものを外す方法になっていました。

2015年の「綺麗」――自分にない旋律も歌ってみる

『秘密公園』では、主人公の年齢を上げ、本人と同世代の社会人の感覚を取り入れました。
「綺麗」は、相手に今の自分の姿を忘れないでいてほしいという思いを、本人が呪いにも似た気持ちとして書いた曲です。
憧れの姿になるだけでなく、その美しさを相手の中に残したいという欲望へ、役の感情が深まっています。

この曲ではORESAMAの小島英也と作曲を共にしました。
別のサビを加える提案を受けたものの、自分には元の旋律がサビとしか思えず、小島に相談したといいます。
当初は共同制作に抵抗もあったものの、録音後には、自分にない旋律を歌うことで身につく感覚があると考えるようになりました。
主人公を演じる声に、新しい旋律の経験も加わっていきます。

「綺麗」2015年・MV短縮版。

「残ってる」――物語の人物と、身近な感情が接近する

2017年のシングル「残ってる」は、夏から秋へ移る朝に一人取り残されたように感じる女性を描きます。
主人公は吉澤自身をそのまま写したものではありません。
本人は友人の話をきっかけに人物像を思い浮かべ、そこに自分の恋の気持ちも重ねたと説明しています。
初期の「誰かになる」という方法が、この曲では日常に近い感情を受け止める器になりました。

主人公に許す経験の範囲も広がっていました。
吉澤は、それまでのアルバムでは人物の年齢を考え、描く恋愛に線を引いてきたといいます。
「残ってる」は、次の作品でさらに大人の世界へ進む前触れでもありました。

ゴンドウトモヒコが手がけた本編では、演奏の力に応えるように強く歌ったと本人は説明しています。
朝に取り残された人物の歌でも、声まで一律に小さくするわけではありません。
その感情を、演奏と一緒に外へ出す選択をしたのです。

「残ってる」2017年の通常版。

同じシングルに収めた「残ってる -ピアノと歌-」では、伊澤一葉のピアノとともに、思いを内側へ保とうとしました。
しかし、楽器が減ると声も息も露わになる。
本人は、その生々しさの加減が難しかったと振り返っています。
役が決まっていても、演奏が変われば感情を見せる方法は選び直す必要があったのです。

「残ってる -ピアノと歌-」2017年収録版。

二つの版の違いは、別稿の吉澤嘉代子の歌い方で詳しく扱います。

2018年――昔の役を歌い直し、外へ向かう

2018年の「吉澤嘉代子の発表会」では、主人公の年齢で曲を分け、子供編と大人編の二夜を作りました。
本人は、子供の曲をまとめて歌い、思いがけず強い孤独を感じたと話しています。
自分で作った物語でも、時間が経って歌うと、自分の受け止め方が変わる。
過去の役を今の自分が歌う難しさが、すでにこの時期に表れていました。

「吉澤嘉代子の発表会」2018年6月16・17日公演のダイジェスト。

2018年のアルバム『女優姉妹』を語る際、吉澤は、それまでの『屋根裏獣』の内省的な物語に比べ、誰かへ向けたり誰かと書いたりして、重心が外へ向いたと説明しました。
「ミューズ」についても、本人は、人が生きる中で負った傷を肯定し、その場所で懸命に生きる姿を讃えたいと説明しています。
自分を役の中へ隠すだけでなく、聴き手の感情を引き受ける方向が、はっきりしてきます。

一方、「女優」は、好きな相手のそばにいるため、騙されているふりをする人物を描きました。
歌の中の人まで、別の自分を演じている。
この複雑さを扱う時期にも、物語を作る手つきは変わっていません。
外へ向くことは、役を脱いで私生活だけを歌うこととは違っていました。

2024年の「若草」――物語を歌う人が客席とも遊ぶ

2023年のEP『若草』と2024年の『六花』では、青春の光と影を二部作として扱いました。
『若草』の曲を携えた2024年1月のライブハウスツアーは、かつての自分の曲を現在の自分で歌う場にもなりました。
公式サイトに掲載された公演評によれば、「未成年の主張」「泣き虫ジュゴン」といった初期の歌に、新しいバンド編成の曲を交ぜています。

福岡での最終公演では、客席へ合唱を促し、「ブルーベリーシガレット」でフロアへ降りるなど、観客とのやり取りを広げています。
この曲には、バンドのメンバーの発案でコーラスも足されました。
完成した役を一人で届けるだけでなく、共演者が加えたものを受け、会場で歌を動かしていたのです。

公演評には、「泣き虫ジュゴン」を力強く歌う姿も記されています。
本人が17歳で書いた曲と、大人になって青春を見つめた「青春なんて」が、同じ夜に並びました。
当時の自分へ完全に戻らなくても、昔の曲を今の仲間や観客と歌える場になっていました。

赤青ツアー2021の舞台に立つ吉澤嘉代子
吉澤嘉代子『赤青ツアー2021』の公演写真 出典:ビクターエンタテインメント

『若草六花』という2024年のライブアルバムには、同年のライブハウス公演とホール公演の歌が収められています。
「青春なんて」のライブ音源は、先の福岡公演とは別の、2024年1月18日のSpotify O-EAST公演を記録したものです。
スタジオ版に加え、ツアーの中で届けていた歌も作品として残しました。

翌2025年のラジオで、吉澤は以前、自分の曲は好きでも自分の歌唱には確信を持てなかったと明かしました。
2024年に三つのツアーを行い、共演したミュージシャンから公演ごとに歌唱が変わると言われたことが自信になり、ライブをもっと増やしたいと思うようになったといいます。
初期には役へ入るためのスイッチが必要だった人が、今は変化し続ける自分の歌を舞台で楽しめるようになった。
この本人の言葉は、会場で見られた変化の内側を説明してくれます。

「たそかれ」――録音から舞台までの時間が歌を変える

2025年発売の「たそかれ」は、アニメ『誰ソ彼ホテル』のために書いた曲です。
吉澤は原作ゲームの展開を読み込み、登場人物の視点で歌詞を書きました。
主題歌版では、映像の場面転換を思わせるように、リズムやキーを切り替えています。

ピアノ版を作ったのは、アニメへ捧げた曲を、もう少し自分の活動に近い形でも聴いてほしかったからだといいます。
テンポを落とし、区切られた部分をつなぐ構成にしたうえで、再び録音しました。
本人によれば、主題歌版を録ったのは約2年前で、その間に自身の歌唱表現も変わっていた。
2017年の同時期の歌い分けに対し、こちらは歌う本人にも時間が流れた二つの版です。

「たそかれ -ピアノと歌-」2025年発売版。

その間に重ねた舞台の一つが、2024年10月25日のキリスト品川教会での公演でした。
吉澤は、声が降り注ぐような会場の感覚と、ツアー中盤のよい喉の状態を振り返っています。
役を歌う同じ曲が、録音室、教会、ピアノとの再録で、それぞれの居場所を持っていきました。

いまも残る「変身」――新しい歌へどうつながるか

2026年のアルバム『幽霊家族』では、育った家や家族の記憶を作品の中心に置いています。
「あの家はもうない」は十代の曲ですが、最初に一人でステージに立った日の部分は、後から書き足したといいます。
書いた当時にはまだ懐かしめなかった出来事を、今なら振り返れる。
昔の曲をそのまま保存するだけでなく、歌う現在から続きを加えたのです。

同じアルバムの「ほおづき」には、痛みを伴う恋の記憶を置きました。
編曲を任せたのは、ライブでも共演する梅井美咲です。
身近な記憶を曲へ入れ、舞台でも共演する演奏者と新しい作品にする流れも続いています。

役に入ることで歌い始めた人が、その役を違う演奏で歌い、年月を経てまた受け取り直す。
吉澤嘉代子にとって物語は、自分を遠ざけるためだけのものではなくなっています。
歌うたびに変わる自分も含めて、その物語を生かし続ける場所になっているのです。

シンガー人気投票。投票ページはこちら

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました