+α/あるふぁきゅん。は、一人で二人を演じるように歌った「再教育」で知られる。多彩な声色は活動の始まりから彼女の武器だった。ところが2022年、本人は以前の自分について、好きな曲の「主人公になり切る」ことを意識していたと振り返り、今はそこに自分の思いを乗せる方法も身に付けたと話した。変わったのは声の種類より、歌の中で自分をどこに置くかである。
2013年の動画投稿から、2016年の録音、オリジナル曲を軸にした2017年、そして自ら作詞に加わった2022年へ。曲の作者への敬意を保ちながら、歌手自身の言葉が前へ出てくる過程を、本人の証言と作品に沿ってたどる。
「再教育」で聴かせた、一人で役を分ける楽しさ
彼女がニコニコ動画へ歌を投稿し始めたのは2013年6月。公式プロフィールによると、同月の「紅蓮の弓矢」のカバーが注目を集めた。本人は、ニコニコ生放送で視聴者に投稿を勧められ、「敗北の少年」「え?あぁ、そう。」「紅蓮の弓矢」を公開したと後に話している。最初からアルバム発売や大きなライブを目標にしていたわけではなかった。
同年12月に投稿した「再教育」は、Neruが鏡音リン・レンのために書いた二人の歌を、彼女が一人で二人らしく歌う企画だった。題名に添えた「ぼっちが2人ぽく歌ってみた」は、聴き手への遊びの提示でもある。原曲の人物や場面を想像し、自分の声で演じる。後に本人が語った「主人公になり切る」という方法は、初期のこうしたカバーを理解する手がかりになる。
2014年の初アルバム『+α/』にも「再教育」が収録された。ネットで遊び心を込めて投稿した歌を、作家の異なる曲と共に一枚の作品へ並べたのである。ただし、この時期を「まだ自分の感情を歌っていなかった」と片付けることはできない。2016年の取材で彼女は、投稿動画そのものを一つの作品と考え、最初から手を抜かずに録音していたと説明している。後年の変化は、真剣さを得たことではなく、その真剣さの向け先を増やしたことにある。

2016年、「きれい」よりも自分の好む角を残した
2枚目のアルバム『αβ叫喚』では、本人が選曲の候補を出し、制作チームと相談した。2016年の取材で、初作は「なるべくキレイ」に歌ったのに対し、2作目は自分の好きなように歌い、より角張った印象になったと語っている。ここには、周囲が描く歌い手像に声を合わせるだけでなく、自分が好む癖も作品に残すという選択がある。
同作の「東京テディベア」は、Neruのアルバム特典への参加を経て、自分の2作目にも収録された。カバーを続けながら、録音の仕方も変わった。初アルバム以前はスタジオ録音ではなかったが、その後は投稿用に録った「ECHO」をアルバムにそのまま入れられる品質で制作したという。動画を一度きりの宣伝とみなさず、録音作品として残す意識だった。
さらに「ガール&ラグドール」では、Gomから、正確に歌うだけでなく言葉の端のニュアンスで感情を伝えることを教わり、普段より多く録り直した。大きく声色を切り替える表現に加え、一語をどう言い終えるかという細部も制作の課題になった。その具体的な歌い分けは、+α/あるふぁきゅん。の歌い方で掘り下げている。
2017年、他人の曲を演じる人から、自分のための曲を歌う人へ
2017年の『ALMATIC.』は、最初の2作と異なりオリジナル曲を軸にしたアルバムだった。本人は、3作目になって曲選びや歌い方、曲調の好みについて意見を言えるようになり、自分の内面とつながる作品を作りたかったと語る。変化の中心は活動の規模だけではない。「何を歌うか」を、歌手自身がより強く決めるようになったことだ。
作家の書いた既存曲をカバーするときは、詞の意味を調べ、音を勝手にずらさないよう注意する。一方、オリジナル曲では自分が基準になるので、歌の景色を自由に想像できる。「ENDLESS“I”」では、詞からもがきながら光を求める姿を思い描いて歌ったと本人が説明している。声の所有者が変わったというより、想像の出発点を原曲の作り手だけでなく、自分にも置けるようになった。
それでも彼女は、ニコニコ動画から離れたと受け止められたくなかった。新しいオリジナル曲がある以上、「歌ってみた」を以前と同じ活動の中心にはできない、と2017年には話している。その変化を寂しがる人もいた。彼女自身もかつて、面白いキャラクターとしてではなく歌そのものを好きになってくれる人がいるのか、不安だったという。初アルバムを買った人たちの反応を知って、歌とライブをもっと大切にしようと思った。オリジナルへ進む動機は、ネットのファンから離れるためではなかった。
『ALMATIC.』へ「天ノ弱」「脳漿炸裂ガール」「桜ノ雨」のカバーを残したのは、そこで出会った人たちへの気持ちを示すためだった。「桜ノ雨」は、詞に描かれたような学生生活を自分は経験していないと感じ、最初は入り込めなかった。歌を重ねるうち、憧れていた学生生活を想像する方法を見つけたという。曲の人物になる初期の方法と、自分の経験を持ち込む新しい方法は、この時点ですでに交差していた。
『rootage/α』で原点を録り直し、「-ERROR」で選曲が変わる
オリジナル曲中心の作品を作った翌年、2018年の『rootage/α』では再び好きなボーカロイド曲を数多く歌った。「敗北の少年」「ストリーミングハート」「虎視眈々」など、以前に歌った曲の新録も含む。本人は発売前の映像に、初投稿の曲も録り直して5年間の思いを伝えたいと記した。オリジナルへ進んだ後に過去を否定せず、始めた場所へ自分の意思で戻ったのである。録り直しを選んだこと自体が、昔の自分と現在の自分を同じアルバムで結ぶ仕事だった。
2022年の取材で本人は、2018年に投稿したnikiの「-ERROR」辺りから選曲が変わり始めたと振り返った。かつては作者への敬意から曲の主人公になることを意識していたが、次第に自分が「分かる」と思える歌を選びたくなったという。これは以前の歌い方を捨てたという宣言ではない。原曲を尊重しながら、自分の気持ちも歌へ重ねるという変化である。
2019年にはカンザキイオリの「死ぬとき死ねばいい」をカバーした。投稿時の本人の言葉からも、この曲を単に高難度だから選んだのではないことが分かる。2022年のインタビューでは、音の魅力だけで選んでも歌詞のメッセージと自分にずれがあると、歌う側にも聴く側にも伝わりにくいと考えるようになったと話した。技術的に歌えるかどうかとは別に、何を自分の言葉として届けたいかが選曲の条件になった。
「-ERROR」は2022年の超パーティーでも歌った。キーの高さから最初は出演候補の三番目に書いたものの、本人にとっては最も歌いたい曲だったという。2018年の一回の投稿で終わらず、公演のために歌い直してまで伝えたい歌になっていた。
2022年、自分の視点をアルバムの中心に置く
2022年6月、投稿開始から9年の同じ日に発売した『#わたし以外、全員、幸せそうに見える。』は、本人から見える世界を主題にしたコンセプトアルバムだ。「口癖」では案山子と、「恍惚に病む。」ではたかやんと彼女自身が詞を共作した。初期のカバーでは既存の言葉をどう演じるかが出発点だった人が、ここでは曲に置く言葉を決める側にも入っている。

ただし、共感できる重い歌だけに絞ったわけでもない。「恍惚に病む。」は、嘘を題材にした踊れるポップソングとして発表された。本人も、痛みに寄り添う歌へ偏り過ぎず、明るい曲やパーティー曲を歌う楽しさを残したいと話している。アルバムには、新たに詞を書いた曲と共に、初期投稿曲「敗北の少年」や「-ERROR」の録音も収められた。過去の歌を消すのではなく、今の視点と同じ作品の中へ置いたのである。
歌の主人公に自分を預ける人から、自分自身の思いを持ち込む人へ。その変化は、声色の豊かさを失う方向には進まなかった。曲への敬意、役を演じる楽しさ、自分が納得できる言葉。その三つを行き来できることが、長く続く彼女の歌の形になっている。

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