EMAの歌い方|「オルターエゴ」の呼吸音と「音楽」のハモりは誰が決めた?

2024年の光ツアーで歌うEMAの別カット EMA

DUSTCELLの歌を聴いて、曲の途中に入る呼吸音や笑い声まで細かく指示されているのだろうと思うかもしれない。
ところが、EMAが語る録音の現場はもっと自由だ。
「オルターエゴ」では声の重ね方を自分で試し、2025年の「音楽」でもサビ以外のハモりを自分の判断で加えた。
Misumiは、その自由な歌い方を信頼して任せているという。

EMAの歌い方を知る鍵は、特定の発声法の名前よりも、同じ声で何を演じ、どこに遊びを入れるかという選択にある。
2023年の「オルターエゴ」の録音とライブ、本人作の「PLAIN」、そして『碧い海』の楽曲を分けて見てみよう。

「オルターエゴ」では、音源とライブを同じにしない

「オルターエゴ」は、MisumiがDUSTCELL結成前に作った曲を二人で録音した作品だ。
EMAは、先にステージで歌っていた経験と、音源の録音はまったく違うと話す。
ファンが目の前にいるライブでは高揚して荒ぶる。
一方、音源はクールでかっこいい方向に仕上がったという。
曲が激しいから常に最大限の力をかける、という発想ではない。
どの場で聴いてもらうかによって、表現を変えている。

録音では呼吸の言葉のあとに本物の呼吸音を入れ、笑い声も加えた。
Misumiはこうした遊びが久しぶりに出たと振り返り、EMAは自分で声の重ね方やハモりを考えていると説明した。
重要なのは、歌う本人がフレーズの周りに別の声や気配を配置して、曲の人物像を作っていることだ。

Misumiはこの録音で、伴奏を新しい演奏へ置き換えることも考えながら、最終的には元のパラデータを使ったと説明している。
昔の音の素朴さも残した伴奏へ、EMAが新たな歌や呼吸、笑いを持ち込んだのだ。
伴奏を派手に更新するだけではなく、人の声が加わることで曲の人物に新しい表情を与えている。

2023年DAWN公演で歌うEMA
2023年のEMA(撮影:日吉“JP”純平)。
画像出典:音楽ナタリーの公演写真

声を重ねて、曲と曲をつなぐ

MisumiはEMAの歌を信頼し、自分が細かく指示しないほうがよい声を録れると語っている。
EMAが「好き勝手にやる」と表現するのは、投げやりという意味ではない。
曲の言葉と役割を受け取り、試した声のうち何を残すかを判断できるから、任されている。

具体的なのが「TULPA」の最後のサビだ。
Misumiによれば、EMAのアイデアで初期曲「CULT」のメロディと言葉を重ね、セリフのような掛け合いも取り入れた。
新しい曲の旋律を歌うだけでなく、もう一つの曲の声を呼び込み、二つの世界がつながるようにしたのである。

重ねる声には、主旋律を支えるハモりの役目もあれば、別の言葉を語って意味を増やす役目もある。
「オルターエゴ」の呼吸や笑いを含め、EMAは歌の周囲に置く音まで自分の表現として考える。
自由に任せるという二人の関係は、そうした小さな発案を曲へ取り込めることにつながっている。

DUSTCELLのEMAとMisumiの公式プロフィール写真
EMAとMisumiのDUSTCELL公式写真。
画像出典:ALLT STUDIOの公式写真

歌を加えるだけでなく、曲の出発点から自分で選ぶ例が、EMAが作詞作曲したソロ作品「PLAIN」だ。
「PLAIN」はDUSTCELLの楽曲を一人で歌い直したものではなく、2023年に発表した初のオリジナルソロ曲だ。
作詞作曲の段階からEMA自身の視点が曲の中心にある。
「オルターエゴ」ではMisumiの書いた世界に自分の表現を持ち込み、「PLAIN」では入口になる言葉とメロディから作る。
歌い手として加える声と、作り手として選ぶ言葉が、どちらもEMAの表現を形作っている。

「畢竟」の難しさと、「音楽」の余白

『碧い海』に収録された「畢竟」について、EMAは高くて速くて難しい曲だと笑いながら話している。
それでも最初にデモを受け取ったときから好きで、歌えてよかったという。
本人の言葉が示すのは、難度の高い曲をただ「攻略」したいのではなく、好きになった曲を自分の歌として届けたいという姿勢だ。

別の取材では、低い音と高い音を行き来するメロディや、覚えやすいサビにDUSTCELLらしさがあるとも語った。
つまり難しさは、高い音を一つ出せるかどうかに収まらない。
低いところから高いところへ移りながら、速い曲の流れも保ち、サビの旋律を印象に残す必要がある。
その忙しさを含めて、本人には好きな和のテイストを歌う楽しさがあった。

同じアルバムの「音楽」では、制作側の意図も違った。
Misumiは重い題材の曲が続いたため、この曲では「伝える」より楽しむ感覚で言葉を書いたという。
EMAもフィーリングで楽しく録音し、サビ以外のハモりを自由に追加した。
速く高い曲に正面から向き合う場面と、歌の隙間へ声を足して遊ぶ場面。
その両方が同じアルバムにある。

「音楽」の歌詞には、音楽やパソコンでの音作りに使う用語が織り込まれている。
Misumiが言葉で遊び、EMAが声の重なりで遊ぶ。
聴き手へ重い結論を渡す曲の間に、歌うこと自体の楽しさが表に出る曲を置いたからこそ、アルバムの表情にも余裕が生まれている。

「憂いの化け物」と「表情差分」で選んだ明るさ

声色を変える意図がさらに明確なのは「憂いの化け物」だ。
曲の出発点には、EMAからMisumiへ伝えた、かわいさとかっこよさを共存させたいという考えがあった。
MisumiはAメロのかわいさと、そこから一転するハードな部分を曲の中に組み込んだという。
EMA自身も、普段のクールな声だけではなく、自分の声の幅をできるだけ詰め込み、二面性を表したかったと話している。

ここではかわいい声が、曲を最初から最後まで柔らかくするためにあるのではない。
そのあとに現れる硬い表情と隣り合うことで、一人の中に違う顔があると伝える。
どちらかの声を「本来のEMA」と決めてしまうより、切り替わることで何が起きるかを追うと、この曲の面白さが分かる。

一方、「表情差分」で本人が選んだのは、普段より明るく、優しく軽やかな気持ちで歌うことだった。
題材となったアニメの温かさと、登場人物がさまざまな感情を知っていく前向きさを受け取ったからだという。
同じ明るい方向の声でも、「憂いの化け物」のように硬さとの落差を作る場合と、物語が開けていく感覚を支える場合がある。
曲の中でその声が担う役目から選ぶのが、EMAの歌い分けなのである。

EMAの歌を一つの形容詞で片付けにくいのは、曲に応じて力の入れ方と自由の使い方を選ぶからだ。
「オルターエゴ」の音源で抑えたかっこよさを作り、ライブでは観客の熱を受ける。
「PLAIN」では自作の言葉とメロディを出発点にし、「音楽」ではハモりの余白まで自分で埋める。
DUSTCELLの初期から現在まで、その選択がどう変化したかはEMAの歌唱変遷にまとめた。

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