雨宮天の歌唱変遷|『Skyreach』から10年、強さと柔らかさを選ぶ歌へ

2024年「Ten to Bluer」発表時の雨宮天 シンガー
2024年「Ten to Bluer」発表時の雨宮天

録音が始まる1時間前、雨宮天は「JACKPOT JOKER」の歌い方を変えることにしました。
大人の女性としてかっこよく歌うつもりだったものを、手のつけられないいたずらっ子のように歌う。
2024年のこの選択には、得意な表現をそのまま繰り返すことへの、本人の抵抗がありました。

「Skyreach」でのデビューから10年。
その間には、歌い始める前に2時間も話し合った録音もあれば、力強く歌い切らず、小さな息を残して終える工夫もありました。
かっこよく歌いたいという気持ちから出発した雨宮は、どうやって、曲ごとに違う声や態度を選べるようになったのでしょうか。

「誓い」で迷った、役の優しさと自分の力強さ

雨宮天は、2014年に「Skyreach」でアーティストデビューを果たしました。
新人の頃は、まだ何が好きで何ができるかもわからず、漠然とかっこいい方向で歌いたいと思っていたといいます。
翌年からのTrySailではかわいらしい曲にも取り組み、その一方で、ソロでは個性や強さをより前に出したいと考えるようになりました。

その中で、2018年の「誓い」は、歌う前から大きく悩んだ曲でした。
『七つの大罪 戒めの復活』のエンディングテーマで、歌詞は、自分が演じるエリザベスの気持ちに寄り添っています。
けれども、役の声で歌うだけでは、雨宮天のソロ曲を待っている人に届かないのではないか。
逆に自分らしさだけで歌えば、作品のファンが望む優しさから離れてしまうかもしれません。

役の声で歌う方法も、作品のことをいったん忘れて歌う方法も試しましたが、録音当日まで答えは出ませんでした。
現場で約2時間話し合い、ようやく歌い始めることができたといいます。
選んだのは、Aメロではエリザベスを思わせる優しさや包容力を表し、サビでは雨宮自身の力強さを押し出す歌い方でした。

気持ちは最後までエリザベスに寄り添いながら、声の表現を曲の中で変える。
どちらか一方になりきるのではなく、役の思いを、自分の歌として届けるための配分を探った録音でした。

「VIPER」で広がった、低い声で挑む表現

活動5周年を迎えた2019年のインタビューでは、雨宮は声の使い方が広がった実感を語っています。
新しい曲から表現を教えてもらうとともに、声優としていろいろな役を演じた経験も、歌に生きるようになりました。
本人がその例に挙げたのが、同年の「VIPER」です。

この曲では、低めの声で、色気を帯びた挑発的な歌い方を選びました。
アニメソングとしてのクールな姿に加え、声の高さや態度を変えて、別のかっこよさを見せる曲になっています。
自分がどんな声で歌うかを、曲の人物像と結びつける表現が広がっていたのです。

「PARADOX」で、叫ぶような歌から会話のテンションへ

2020年の「PARADOX」は、明るくポップな曲への挑戦でした。
ファンからは以前から明るい曲を望む声が届いていましたが、シングルを出すたびに、その方向は断っていたといいます。
アニメ『理系が恋に落ちたので証明してみた。』との出会いを、今回は挑戦の機会と捉えました。

ここでも本人はヒロインを演じていますが、「誓い」のときとは考え方が違いました。
氷室菖蒲は、声を大人っぽく作って演じている役です。
意識して寄せなければ役の歌にはならないと考え、曲のかわいらしさに合う声を選ぶことに集中できたのです。

それまでの雨宮は、何かと戦う曲を歌うことが多く、歌い方も叫ぶようになりがちだったと振り返っています。
この曲では、かわいらしい恋心に合う声を考え、会話をするようなテンションで歌いました。
本人も、それまでの曲とは声量がかなり違うと認めています。
力んでしまうと純粋な乙女心から離れるため、歌詞の感情に合う小さな声を選びました。

この挑戦を、雨宮は2024年にも大きな経験として振り返りました。
以前は人から軽く見られたくないという思いが強かったものの、ファンとの信頼が育つ中で、ポップな歌に挑戦できるようになったといいます。
実際に歌って喜ばれ、自分にも手応えがあったことが、その後の選択肢を広げました。

「フリイジア」で、広がる声と息の余韻を作り分ける

2021年の「フリイジア」では、一曲の中で声の表現を細かく切り替えています。
雨宮が思い描いたのは、Aメロでは小さな部屋でつぶやき、Bメロでは夢の中へ移り、サビで広い世界に出て歌うという流れでした。
場面が変わるたび、その空間の大きさを声で表そうとしたのです。

2021年「フリイジア」発表時の雨宮天
2021年「フリイジア」発表時の雨宮天。
画像出典:写真掲載元

サビで求めたのは、力強さと柔らかさの両方でした。
メロディが上がるところでは、つい言葉をぶつけ、吐き捨てるようになりそうだったと本人は話しています。
そこをどう歌えば、壮大でありながら柔らかさも残せるか。
何種類ものテイクを録り、歌の温度を確かめました。

さらに、1番のサビの終わりにも迷いがありました。
アニメで流れるのはそこまでなので、声を伸ばして終わった感じを強めるほうがよいのではないか。
本人にとっても、声を出し切って終えるほうが歌いやすかったそうです。

それでも、最初の小さな部屋に戻るイメージを大切にし、短めに終え、息で余韻を残す表現を選びました。
広がった世界から寂しげな小部屋へ気持ちを戻すのは難しく、その温度にもこだわっています。
勢いよく歌い切れる場面で、あえて声を小さく収める理由を見つけた曲でした。

「衝天」で確かめた、10年分の声の使い方

2024年の「衝天」は、「Skyreach」と同じ作詞家・作曲家によるロックナンバーです。
雨宮にとっても、デビュー時の自分と10年を経た自分を見つめる機会になりました。
この曲を新人の頃に歌うのは難しかっただろうと、本人は語っています。

理由に挙げたのは、転調の多さと、激しい場面転換でした。
初期の自分なら気持ちが追いつかなかったはずの展開にも、この時点では複数の表現方法で対応できると感じています。
AメロとBメロでテンポの取り方を変えること、息の量や声の使い方を細かく調節することが、その具体例です。

同じロックを歌っていても、10年前と比べて、場面を変えるために使える声の選択肢が増えていました。
「フリイジア」では、声を広げたあとにどう戻すかで苦労しています。
「衝天」で本人が実感したのは、そうした場面の切り替えに対応する方法を、いくつも持てるようになったことでした。

「JACKPOT JOKER」を、前の曲の続編にしないために

同年のアルバム『Ten to Bluer』では、慣れた曲調でも違う歌い方を探しています。
リード曲の「JACKPOT JOKER」を手がけたのは、「VIPER」などでも組んできた塩野海です。
雨宮は、塩野の曲にある毒や華やかさを好んでいましたが、今回の曲には、2023年の自作曲「TRIGGER」と同じくカジノを思わせる世界がありました。

初めは「TRIGGER」のように、大人っぽくかっこつけて歌う予定でした。
けれども、それでは前の曲の続編になってしまう。
録音の1時間ほど前に思い直し、この曲でしか演じられない自分を出そうと、いたずらっ子のような人物像へ切り替えました。

録音では思いつくままに歌い方を試し、2番のBメロでは、突然怒りを爆発させる表現も生まれています。
そこを最初から決めていたわけではなく、試してみると曲にはまったのだそうです。
ほかの部分で浮かべる笑みとの落差も、本人の気に入ったところでした。

「誓い」では、役と自分の間でどんな声を選ぶか、歌う前に時間をかけて考えました。
この曲では、これまで演じてきた経験を頼りに、録音中にも瞬間的に表情を変えています。
雨宮自身も、歌手としての10年に加え、人物ごとの話し方や息の使い方を研究してきた声優の経験が詰まった曲と捉えています。

「mellow moment」で、日常のささやかな感情を歌う

同年のアルバム『Ten to Bluer』に収められた「mellow moment」では、普段とは声の出し方を少し変えています。
本人が意識したのは、角がなくなるような丸い響きでした。
隣で歌っていても心地よく、ゆっくり時間が流れるような声で、日常のささやかな感情に寄り添おうとしました。

雨宮は、昔ならこの曲を選ばず、歌うこともできなかっただろうと振り返っています。
以前は、悲しみなどのわかりやすい感情を濃く出すほうが歌いやすく、微妙なさじ加減が必要な歌に難しさを感じていたからです。
「PARADOX」でポップな表現を受け止めてもらった経験も、この曲を歌えるようになる道筋にありました。

2024年「Ten to Bluer」発表時の雨宮天
2024年「Ten to Bluer」発表時の雨宮天。
画像出典:写真掲載元

歌詞も、最初の恋愛にまつわる内容から、より広い人間関係の歌へ変えてもらいました。
音から浮かんだのが、柔らかな光の中で、観客と一緒に手をたたいて楽しむ景色だったからです。
2024年の時点でも、こうした等身大の曲には少し緊張するものの、人に寄り添ってもよいと感じられるようになった、と雨宮は話しています。

録音直前に思い切って人物像を変えることも、日常の小さな気持ちを丸い声で歌うことも、同じ10周年の作品に収まりました。
かっこよく歌うために声を強く押し出していた時期を経て、どんな人物として、どんな距離で聴き手に話しかけるかまで選ぶ。
雨宮天の10年は、得意な歌い方が増えると同時に、その得意な方法をいったん外してみる自由を手にする時間でもあったのです。

声量を抑える選択や、語尾の息、丸い声色など、録音での具体的な工夫は、雨宮天の歌い方で詳しく取り上げています。

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