茅原実里の声について、2012年の取材では、線の細さと力強さが同時にあると評されています。
本人はむしろ、その細さや深みの少なさを気にしていました。
厚い声へ変えることだけを求めず、持っている声を生かす楽曲を歌ってきた人です。
その声で難しい曲を歌い続けるには、どんな工夫があるのでしょうか。
「Blue Dilemma」の録音で本人が語った身体の感覚と、柔らかく歌うために試した動き、曲の序盤で勢いを抑える選択から考えます。
声の力強さと、ずっと力を入れて歌うことを分けると、茅原の発声への向き合い方が見えてきます。
声の細さと、歌の力強さは同じ尺度ではない
茅原が自分の声を細いと感じていたことと、聴き手が歌に力強さを感じることは、矛盾しません。
2012年のインタビューでも、質問者はその両方が一つの声にあると捉えています。
声の厚みだけで、その歌が持つ説得力のすべてを決めることはできないのです。
茅原自身は、ランティスで作品を作るようになってから、声質を生かすサウンドを用意してもらえたと話しています。
周囲も「雪、無音、窓辺にて。」で生まれた、透明感や広がりに可能性を見ていました。
声を別のものに作り替えるより、持ち味が伝わる曲との組み合わせを探してきたことが分かります。
代表曲の「Paradise Lost」は、2008年に発表された『喰霊-零-』の主題歌です。
本人にとっては、出演作の主題歌を歌いたいという夢がかなった曲でもありました。
強い印象を持つ代表曲を歌う人にも、自分の声への迷いがあったと知ると、力強さを単純な声の太さだけで説明しにくくなります。
「Blue Dilemma」で実感した、身体を使って歌う感覚
発声について本人が具体的に変化を語ったのが、2024年末に発表されたSizukの「Blue Dilemma」です。
俊龍のアルバム『es』に、茅原がゲストボーカルを務める曲として収録されました。
作詞はZAQ、編曲は菊田大介が担当しています。

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曲を作った俊龍によれば、音符も言葉も多く、小節が始まる少し前から歌い出す箇所もある、難しい楽曲になりました。
茅原は事前に歌のニュアンスを考え、練習を重ねて録音に臨んでいます。
録音当日も、予定時間を超えるほど、納得できる歌を探しました。
そこで本人が感じたのは、以前なら、これほど長く歌っていられなかったかもしれないという違いでした。
2024年初めのミュージカルの仕事で、身体を使って歌うことを一から教わり、それまでの歌い方を更新するヒントを得たといいます。
歌っている時の感覚は、昔と大きく変わったと説明しています。
茅原は、以前なら喉が痛いと感じていたような録音でも、今回は歌い切れたという感覚を語りました。
ここから分かるのは、本人にとって、身体の使い方を学ぶことが、長時間歌う手応えと結びついていたということです。
どの筋肉をどれだけ使ったかという説明はしていないので、具体的な発声法の名前を当てはめるより、この本人の実感を大切にしたいところです。
俊龍が評価したのは、持続力だけではありません。
歌詞の語尾にも遊びがあり、譜面をそのまま歌うだけでは出てこない表現があったと話しています。
長く歌えることと、語尾のニュアンスを細かく探れることが、同じ録音の中で確かめられていました。
柔らかく歌うために、身体を揺らした
身体の動きと歌の関係は、2016年の『Innocent Age』制作にも表れています。
茅原は、デジタルな曲を多く歌ううちに、正確にはっきり歌うことが癖になっていたと振り返りました。
けれど、恋愛の微妙な気持ちを扱うこのアルバムでは、その歌い方を緩める必要を感じていました。

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そこで録音中に試したのが、身体をゆらゆら揺らしながら歌うことです。
本人は、いつもより曖昧さを残すように歌いたかったと説明しています。
身体を動かすことを、整えすぎる歌い方から離れるための手がかりにしたのです。
これは、揺れれば誰でも柔らかい声が出るという方法ではありません。
茅原が、長年の歌い方を変えたいと思った場面で選んだ、個人的な工夫です。
歌をきれいに整える習慣がある人だからこそ、声の表情を柔らかくするために、身体の感覚から変えようとしたことに意味があります。
自ら作詞した「Love Blossom」は、そのアルバムのリード曲でした。
曲を理解するときには、恋愛を描いた歌詞だけでなく、本人がどんな歌い方を選ぼうとしていたかも手がかりになります。
声質が同じでも、いつもの明瞭さをどこまで前に出すかで、歌に乗せたい気持ちは変わるのです。
「カタチナイモノ」は、序盤から勢いを出し切らない
同じ『Innocent Age』の「カタチナイモノ」では、曲の後半へ向けて気持ちを強めることが課題になりました。
初めは、1番と2番を似た雰囲気で歌ってしまい、曲の中の違いを作れなかったといいます。
本人も変えたいと思い、ディレクターからの指示も受けて、序盤の歌を見直しました。
茅原が抑えようとしたのは、最初から強く乗せすぎていた気持ちと勢いです。
後半で感情を盛り上げるために、序盤ではそれを控える必要がありました。
歌い始めた瞬間から精いっぱい出すことが、いつも曲の表現を豊かにするとは限りません。
この時に本人が話す「抜く」は、気持ちの入れ方や乗せ方についての言葉です。
息を何割増やす、裏声へ切り替える、といった発声の指示としては語られていません。
抑えて歌う場面を、根拠なく特定の声区に結びつけず、曲の勢いをどう調整したかとして読むと、工夫が正確に伝わります。
曲の後半をどう聴かせるかを考えると、序盤から同じ勢いで歌い続けることが難しくなります。
茅原は、強い気持ちをすぐに全部出してしまわず、曲が進むにつれて変えられるように歌おうとしていました。
一曲の流れに合わせて、声に乗せる勢いを調整する工夫です。
力のある曲のあとに、バラードを届ける難しさ
こうした調整は、一曲の中だけで終わりません。
2019年の15周年ライブでは、シングル曲を発表順に歌い、終盤に「みちしるべ」などのバラードを届けました。
2021年の振り返りで茅原は、力のある曲が多く、喉が最後まで保つか本気で心配していたと話しています。
リハーサルでは、一度も納得できる形で全曲を歌い切れなかったといいます。
難しかったのは、疲れたあとにも、後半の歌をきちんと届けることでした。
最初の曲で強く歌えることと、公演の最後まで必要な声を出せることは、別の課題だったのです。
この経験を知ると、「Blue Dilemma」の長時間の録音で感じた変化にも、重みが生まれます。
茅原は、以前からずっと楽に歌い続けられた人ではありません。
自分が歌いたい曲を最後まで届けるために、身体の使い方や、力のある歌との向き合い方を考え続けてきました。
細い声を生かしたまま、出し方を選ぶ
透明感のある声を生かしながら、柔らかくするために身体を揺らす。
難しい曲を歌い続けるために身体の使い方を学び、曲の後半を生かすために序盤の勢いを抑える。
茅原実里の力強さは、どこでも同じ力で声を出すことから生まれているわけではありません。
自分の声の性質を認めたうえで、必要な場面に、必要な勢いと表情を残す。
その選択を重ねてきたところに、細い声で力強い歌も柔らかな歌も届ける工夫があります。
歌い方を緩めた時期から「Message」へ至る変化は、茅原実里の歌唱変遷でたどっています。







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