Fukaseの歌声はどう変わった?初期・RPG・EYE/LIP・Habit・ソロ活動の変遷

Fukaseの初期からソロ活動までの歌声の変遷 Fukase

Fukaseさんの歌声は、デビューから現在まで一直線に太くなったわけでも、単純に上手くなったわけでもありません。
変わったのは、声の高さより「何のために歌うか」です。

初期は自分たちの切実な物語を届ける声でした。
「RPG」と『Tree』の時期には巨大なファンタジーの案内役となり、2019年には本人がエンターテイナーだけでなくボーカリストとして自分を見つめ直しました。

「Habit」では会話と歌の境目まで声の役割を広げ、2025年のソロ活動では、ついにSEKAI NO OWARIの歌い方そのものを一度手放しています。
Fukaseさんの歌唱史は、一つの声を完成させた歴史ではなく、作品が変わるたびに語り手を作り直した歴史です。

2010年の「幻の命」は、飾る前の言葉を届ける声だった

SEKAI NO OWARIは2010年、アルバム『EARTH』でCDデビューしました。
当時の紹介では、Fukaseさんの声は純粋さや無垢さを感じさせるものとして受け止められています。

翌2011年、メンバーのNakajinさんは、歌詞とFukaseさんのボーカルの声がバンドの大きな売りだと語りました。
壮大な舞台装置が広く知られる前から、声はサウンドの一要素ではなく、作品の中心だったのです。

「幻の命」に象徴される初期は、世界を美しく見せるための声というより、自分たちの現実を言葉として差し出す時期でした。
後年のように大勢を一つの物語へ導く役割より、一人の切実さを失わないことが先にあります。

2012年頃、初期のSEKAI NO OWARIで歌っていたFukase

2013年の「RPG」で、声は観客を物語へ連れていく案内役になった

2011年のメジャーデビュー後、バンドの音楽と舞台は急速に規模を広げました。
2013年の「RPG」は、その変化が多くの人へ伝わった代表曲です。

初期の個人的な物語を消したわけではありません。
ただ、Fukaseさん一人の感情を告白する声から、子どもも大人も同じ景色へ入れる案内役へ、歌の向きが変わりました。

言葉を難しくしすぎず、印象に残る物語へ加工する考え方は、その後のSEKAI NO OWARIにも続きます。
Fukaseさんは後年、バンドでは現実の経験や社会のことを、多くの人が受け取りやすい形にしたいと説明しています。

『Tree』の時期は、ボーカリストより「世界を完成させる人」が前へ出た

2015年のアルバム『Tree』と日産スタジアム公演の頃、SEKAI NO OWARIは巨大なファンタジー空間を作る存在として知られるようになりました。
Fukaseさん自身も、遊園地のような場所や野外イベントを作り、エンターテイナーになりたいと考えていたと振り返っています。

この時期、歌声は単独で目立つためのものではなく、衣装、物語、舞台、照明と一緒に世界を完成させる役割を担いました。
声の技術だけを切り出して考えるより、観客がどこにいると感じるかを作る一部だったと捉える方が自然です。

2016年の大規模公演では、Fukaseさんの歌声が荒々しく情熱的だったと評されました。
柔らかな語り口だけでなく、巨大な会場で世界観を動かす迫力も求められるようになっていたことが分かります。

一方で、世界を大きくするほど、歌う本人がボーカリストとして何を目指すのかは見えにくくなります。
その問いが表面へ出たのが、次のアルバムまでの4年間でした。

2019年の『EYE』『LIP』で、エンターテイナーからボーカリストへ戻った

2019年、SEKAI NO OWARIは『EYE』と『LIP』を同時に発表しました。
Fukaseさんはこの時期、前作ではファンタジーの世界を大切にし、エンターテイナーになりたかったと振り返っています。

そのうえで、4年間に自分がミュージシャンであり、ステージに立つボーカリストでもあることを見つめ直したと語りました。
実際に練習し、どのような歌い手になりたいのかを深く考えたことが、とくに『LIP』へ反映されたと説明しています。

これは「昔より高い声が出るようになった」という変化ではありません。
舞台全体を作る人の中へ、歌う人としての自覚をもう一度戻した転機です。

同じ年に海外プロジェクトEnd of the Worldも本格化し、英語の発音にも取り組みました。
日本語で丸く物語る声だけでなく、別の言語と市場で届く声を考える時間でもありました。

2019年、ボーカリストとして自分を見つめ直した時期のFukase

2022年の「Habit」は、歌声を会話とダンスのリズムへ近づけた

「Habit」では、長い旋律を美しく伸ばすことより、短い言葉を畳みかけ、人物の視点を作る役割が前へ出ました。
歌、語り、ラップ調の境目を使うことで、Fukaseさんの声はファンタジーの案内役とは別の動き方を見せます。

この曲はダンスと一体になって広がりましたが、声の変遷でも重要です。
柔らかな音色を保ったまま、言葉を細かいリズムへ置く方法が、多くの人に届く形になりました。

ただし、Fukaseさん自身は後に、SEKAI NO OWARIで行っていた「ラップ調」と、本格的なラップの違いが分からなかったと明かしています。
「Habit」がソロラッパーの完成形だったのではなく、次の壁が見えるきっかけでした。

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2025年のソロ活動で、15年使った「セカオワの声」を一度捨てた

デビュー15周年に始まったソロプロジェクトで、Fukaseさんはラップへ向かいました。
もともとJ-POPとヒップホップのどちらへ進むか迷った時期があり、バンドではポップスを選んだといいます。

長く残していた分岐へ戻ったものの、昔から好きだっただけで自然にラップできたわけではありません。
半年以上、毎日のようにボイスメモを残し、言葉とフローを研究しました。

最大の問題は声でした。
本人は、SEKAI NO OWARIで使う息の多いウィスパー気味の歌い方はラップに向かず、発声も声を当てる場所も変えなければならなかったと語っています。

これは、それまでの歌声を否定したという意味ではありません。
バンドでは幅広い年齢へ物語を届けるために磨いた声が、ソロでは別の表現を妨げたため、違う話者を作る必要がありました。

発声をどう作り直したのかは、Fukaseさんの歌い方・発声分析で詳しく整理しています。
変遷記事で重要なのは、15年続けた声を守ることより、新しい作品のために手放すことを選んだ点です。

宅録の声を選んだことで、「再現できない瞬間」も作品になった

ソロ作品の多くは自宅で録音されました。
スタジオでは自然に緊張感が生まれる一方、自宅では滑舌が少し甘くなっても、その瞬間の空気や力の抜けた声を残しやすかったといいます。

SEKAI NO OWARIで宅録の声を採用した例として、Fukaseさんは「tears」を挙げました。
ツアー中に体を酷使していた時だけ出た声が、日常へ戻ると二度と再現できなかったため、その録音を作品へ残しています。

初期には切実な言葉をそのまま届け、やがて巨大な世界を案内し、2019年には歌い手として再点検しました。
現在は、毎回同じ声を再現することだけでなく、その作品にしか存在しない声も選択肢にしています。

2025年末に発表されたソロアルバム『Circusm』は、SEKAI NO OWARIとは違う声と表現をまとめた作品になりました。
バンドを離れるための活動ではなく、バンドで選ばなかった自分のルーツを拾い直す活動です。

まとめ

Fukaseさんの歌声は、初期から現在まで同じ柔らかさを保ちながら、役割を何度も変えてきました。
「幻の命」では切実な言葉を届け、「RPG」と『Tree』の時期には観客を大きな物語へ連れていく声になりました。

2019年には、エンターテイナーだけでなくボーカリストとして自分を見つめ直し、練習と表現を再考しています。
「Habit」では声を会話のリズムへ近づけ、ソロではセカオワの歌い方を一度外して、ラップのための声を作り直しました。

変わらず残っているのは、特定の音色ではありません。
現実や内面を、その時の聴き手が受け取れる物語へ変える姿勢です。

Fukaseさんの歌唱変遷は、昔の声から現在の声へ置き換わった歴史ではありません。
一つの作品が終わるたびに、次は誰の声で語るのかを考え続けた歴史です。

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