昔の曲を歌い直すとき、斉藤由貴が最初に感じていたのは、歌えるだろうか、この音は出るだろうかという不安でした。
35年前より上手になったところを見せよう、と始めた録音ではありません。
けれど、仕上がった歌を聴くうちに、今の声と今の曲の解釈を届ければよいのだと思えるようになりました。
1985年の『卒業』で始まった歌手としての歩みは、2021年のセルフカバー『水響曲』で、過去の曲を作り直す仕事へつながります。
最初の録音に臨む姿を残した『卒業』のMVから、恋を振り返るような柔らかさを帯びた再録の『初戀』へ。
斉藤の歌唱の変遷には、声そのものの変化と、その声をどう受け止めるかという変化が重なっています。
『水響曲』は、武部聡志の働きかけから始まった
『水響曲』の制作を持ちかけたのは、『卒業』から初期の曲の編曲を担ってきた武部聡志でした。
35周年を祝う作品を作りたいという提案に、斉藤は最初、及び腰だったといいます。
それでも、何でも助けるから一緒にやろうという武部の言葉を受け、この録音に取り組む気持ちになりました。
武部にとっても、単に以前の仕事を再現する企画ではありませんでした。
原曲を編曲した自分だからこそ、曲の良さを生かすことも、思い切って作り変えることもできる。
ピアノを中心に楽器を選び、かつての曲を現在の感覚で解釈することが、制作側にとっても挑戦になっていました。
伴奏の変化も、歌う本人には大きなものでした。
デビュー当時は、シンセサイザーや打ち込みなど、多くの音が歌を包んでいました。
斉藤は、そうした音の中で、歌の未熟な部分もなじませてもらえたと感じています。
今回は、響かせる楽器と音数を絞った編曲だったため、歌う自分への緊張が強くなったと話しました。
録音前から一曲ずつの解釈を固めていたわけでもありません。
若い頃とは声の状態が違い、歌えるか、この音が出せるかという不安が先に立っていたそうです。
最初は思うように歌えず、自分を責める気持ちにもなっていました。
昔から知っている曲をもう一度歌う仕事にも、現在の声で向き合う難しさがあったのです。
言葉の流れを整え、自然に生まれた表情を残す
武部は録音中、曲ごとに歌への助言をしていました。
斉藤が言葉をぽつぽつと切って歌いがちな箇所では、もっときちんと発声し、特にAメロやBメロの言葉を途切れさせないよう伝えたといいます。
場面によっては、感情や表情を強く出すよりも、まず歌としてきちんと聴こえることを求められました。
一つの言葉に気持ちが入っていても、その先の言葉とつながらなければ、歌全体の流れは届きにくくなる。
録音では、そうした部分も整えられていたのです。
斉藤は、任せてもらえるところと、全体を見て導いてもらうところの両方があったと受け止めています。
一方で、本人が意識して狙わず、一生懸命に歌ううちに生まれた小さな表情も残されました。
斉藤によれば、武部は歌を整えながら、その繊細な違いを見逃さず拾ってくれたそうです。
正確さを整える作業の中にも、その人ならではの歌い回しを残す余地がありました。
仕上がった歌を聴き直して、斉藤はようやく今の声を受け入れていきます。
過去の声へ戻すことより、今の自分がこの曲をどう歌うかを届ければよい。
『水響曲』は、歌唱の課題に取り組む録音であると同時に、現在の自分の歌を肯定するきっかけにもなりました。
『初戀』は、恋を振り返る柔らかさへ

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曲の表情の違いを、本人が詳しく話しているのが『初戀』です。
1985年にこの曲の歌詞を受け取ったとき、斉藤はあまりの素晴らしさに歌詞カードを抱きしめ、お礼を言ったそうです。
作詞した松本隆も、その姿を印象深く覚えていたといいます。
初期から、歌の言葉に強く心を動かされていた一曲でした。
2021年に当時の録音を振り返った斉藤は、初めて恋をしているような、軽く弾む印象を感じていました。
武部がデジタルな音と生の楽器を組み合わせた編曲も、本人には冷たく聞こえず、青春のきらめきや切なさを感じさせるものだったそうです。
初恋のただ中にいるような曲の姿が、記憶に残っていました。
「初戀」――1985年のオリジナル録音
歌い直した『初戀』では、フルートを生かした新しい編曲が選ばれます。
武部は、風を感じさせる音色で、より爽やかな曲になったと話しました。
それに対して斉藤が感じたのは、肩の力が抜け、初恋を回想するような柔らかい甘さです。
爽やかになったという感想に、歌う本人から、過去の恋を思い返すような感触が加わっています。
武部も、このアルバムでは、それぞれのサウンドに触発された歌い方をしてくれたと振り返っています。
斉藤は、新しい編曲を聴くと、自然にそれに応じたくなったと話しました。
『初戀』の変化には、年月を経た歌い手と、新しく作られた伴奏とのやり取りも含まれているのです。
2025年は、当時の編曲に今の声を重ねる

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新しい編曲で歌い直す一方、2025年の40周年ツアーには、違う課題がありました。
シングルを発表当時の編曲とキーで届けることが、大きな方針になっていたのです。
歌う曲は18歳や19歳の頃のものでも、舞台に立つのは40年を過ごした現在の自分。
その二つをどう合わせて、歌う本人も納得できる表現にするかを、斉藤は公演前の取材で考えていました。
かわいらしい衣装を着て、若い頃らしく歌えばよいというものではない。
リハーサルを重ねながら、自信を持って届けられる歌を探したいと話しています。
懐かしい曲を楽しんでもらう舞台にも、今の歌い手として何を見せるかという問いがありました。
2025年3月23日、昭和女子大学人見記念講堂で行われた最終公演では、武部がバンドマスターを務め、多くのシングル曲が当時の編曲で演奏されました。
『水響曲』のように曲全体を新しい音へ置き換える企画とは、過去の歌への向き合い方が違っていました。
この公演を取材した前原雅子が、特に歌い出しの一声に引き込まれたと記しているのが、『MAY』と『予感』です。
どちらも1986年の曲ですが、当時に比べて声に陰影が加わり、憂いが自然に感じられたと評しています。
懐かしい旋律の中に、以前の録音と同じではない声の表情を聴き取ったのです。
「MAY」――1986年のオリジナル録音
「MAY」――2025年3月23日、昭和女子大学人見記念講堂
『予感』も、1986年のアルバム『チャイム』に収められた頃から、長い時間を経てこの日に歌われました。
記者の評価は、一声の中にも年月を感じ取れるというものでした。
声の高さだけで比べるのでは見過ごしてしまう、言葉に添う感情の違いにも耳が向きます。
「予感」――1986年『チャイム』の録音(リマスター盤)
「予感」――2025年3月23日、昭和女子大学人見記念講堂
2021年の『初戀』では、新しい伴奏に応じて歌った本人が、過去の恋を振り返るような柔らかさを感じました。
2025年の舞台では、当時の編曲を基本にした演奏の中で、聴き手が現在の声の陰影を受け取っています。
曲を作り変えても、懐かしい姿を残しても、そこには今の斉藤が歌う意味が生まれていました。
歌えるだろうかと不安を抱いた『水響曲』から、昔の曲と現在の自分をどう合わせるか考えた40周年の舞台へ。
斉藤由貴は、若い頃の声に戻ることだけを、歌い直しの答えにはしていません。
同じ歌詞が、今の声ではどんな気持ちを伴って届くのか。
その違いを聴けることが、長く歌われてきた曲の楽しさになっています。
言葉をつなぐ発声や、曲ごとの歌い方については、斉藤由貴の歌い方で扱っています。







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