サンボマスターの山口隆がライブで「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」を歌うとき、曲が始まってからも客席への語りかけは終わりません。
決まった旋律を歌い、その場で感じたことを言葉にし、また歌へ戻る。
曲とMCを別々に聞いているだけでは、その面白さを十分につかめません。
なぜ、歌の途中にまで話し言葉を入れるのでしょうか。
ここでは年代順の歩みではなく、山口が一曲の中で歌・語り・観客の応答をどうつないでいるかを見ていきます。
強い声と静かな声の違いも、声量そのものではなく、相手に言葉を届けるための選択として考えます。
歌詞を持っていても、その日に生まれた言葉を入れる
山口は、歌詞をすべてその場で作るわけではありません。
2004年の取材では、元の歌詞が大部分を占める一方、その瞬間に思ったことも歌へ加えると説明しています。
ライブで歌った言葉を、あとでマネージャーに書き起こしてもらうこともありました。
大切なのは、変更する量ではありません。
曲が作られた日の気持ちと、いまステージで感じていることが違うなら、後者も声にする。
山口は、気持ちが変わっているのに、印刷された言葉だけをなぞることに違和感を持っていました。
だから、よく知っている曲でも、ライブでは言葉の宛先が具体的になります。
「君」が歌詞の中だけの誰かにとどまらず、その日に目の前にいる人へ近づく。
歌と語りの境目を行き来することが、山口にとって、曲をいま歌う意味にもなっているのです。
この方法は、歌詞を覚えなくてよいという意味ではありません。
決まった旋律と歌詞があるからこそ、その場で足された一言が、いつもと違う気持ちを伝えられます。
曲を壊すための脱線ではなく、曲と客席を結び直すための言葉です。
短い叫びまで、一回の演奏の中に残す
山口の声には、文章として意味を伝える言葉のほかに、短い掛け声もあります。
2004年の取材では、聞き手が、そうした叫びと公演ごとに変わるセリフの両方に引きつけられると話していました。
山口の歌に注目するときは、旋律を歌っている部分だけでなく、その間に出る短い声も手がかりになります。
話す内容に意味がある場面と、声を発する勢いそのものが演奏に加わる場面があるのです。
同じ取材で、山口はシングル版「美しき人間の日々」を含む収録曲を、すべてワンテイクで録り切ったと説明しています。
木内も、一回しかないと思えば、その場でできることを全部出すことになると振り返りました。
歌の一部分だけを切り出すより、三人が一緒に進む勢いを一度の演奏に残した録音です。
この録り方を踏まえると、声の荒さだけを単独で評価するより、次の言葉へどう向かうか、短い叫びのあとにバンドがどう進むかへ耳を向けたくなります。
歌、掛け声、演奏を一続きのものとして受け取ると、山口の声が曲の中で果たす役割も見えやすくなります。
声を返せない客席にも、返事の方法を作る
山口の呼びかけは、ただ一方的に長く話すこととは違います。
2022年のSky Jamboreeでは、観客が大きな声を出せない状況で、「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」の途中に、心の中で一緒に叫べる人は手を挙げてほしいと頼みました。
主催者の公演レポートに残る場面です。
通常のコール&レスポンスなら、返ってくる声で手応えを確かめられます。
この日はそうできない。
そこで山口は、観客の手が上がることを返事にした。
歌の勢いを保ちながら、その場にいる人が参加できる形を、話し言葉で渡したのです。
山口の歌を聞いていると、客席まで含めて曲が進むように感じるのは、ここに理由があります。
言葉を投げ、反応を待ち、それに応じてまた声を出す。
歌の途中でも、相手をただの受け手にしないことが、ライブの歌い方の核になっています。

右が山口隆。
出典:Sky Jamboree/FM長崎
強く叫んだあと、普通の声で礼を伝える
同じSky Jamboreeのレポートには、もう一つ印象的な転換が記されています。
山口は観客の存在を力強く肯定したあと、自然な話し声になり、会場へ来てくれたことへの感謝を伝えました。
そこから「ラブソング」へ進みます。
主催者のレポートが伝えるのは、強い呼びかけから自然な話し声への切り替えです。
大勢に向けて訴えかけた直後、近い距離で礼を言うように聞こえる。
その変化によって、客席との距離も変わります。
「ラブソング」も、サンボマスターの歌が大声の一本調子ではないと分かる曲です。
ピアノと弦楽器の入った録音で、山口はギターを弾かず、旋律を歌うことに集中しました。
本人は、この曲を美しく仕上げ、メロディーをこう歌ってみたかったと話しています。
強い声の持ち主が静かな歌を歌うときも、歌う相手の存在が消えるわけではありません。
なぜバンドがこの録音の形を選んだのか、また、山口が歌う言葉を時代ごとにどう変えたかは、山口隆の歌声の変遷で詳しくたどれます。
ここで注目したいのは、ライブで声を張る直後に、相手へ礼を伝える声へ戻れること。
声の強さとやわらかさは、別々の芸風ではなく、一つのステージで使い分けられています。
率直な言葉は、一人で完成させていない
あれほど大きな声で呼びかける山口も、自分の書いた率直な言葉をいったん引っ込めてしまうと話しています。
サンボマスターの三人を取材した東洋大学の記事では、近藤洋一と木内泰史が、山口の恥ずかしさも含んだ言葉を出してほしいと考えていることが分かります。
照れを笑われるかもしれないという空気では、愛していると言いたくても、声は出しにくい。
山口は、三人の間にその空気がないから、思いきり言えると説明しました。
観客へ向けた力強い言葉は、歌手一人の勇気だけから出ているのではありません。
二人がそばで受け止めるからこそ、ためらいのある言葉も歌にできます。
これは、きれいな発声技術をどう習得したかという話ではありません。
伝えたい言葉を引っ込めずに声にするため、バンドの関係そのものが働いている、という話です。
叫びの奥にあるのは、怒鳴る能力だけではなく、ここでなら言ってもいいと思える信頼です。

出典:東洋大学
歌も語りも、その場の相手へ向かっている
「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」の途中に新しい言葉を入れるとき、山口はその日の観客へ歌を近づけます。
声を出せない人には、手を挙げるという返事の形を渡す。
思いきり叫んだあとには普通の声で礼を言い、静かな曲では旋律を歌う。
そのどれもが、相手を置き去りにしないための選び方です。
山口隆の歌い方を、ただ「熱い」「声が大きい」で終わらせるのは惜しいと思います。
どの声で歌うかだけでなく、いつ歌から話に移り、相手から何を受け取り、どこで歌へ戻るか。
そこに、同じ曲がライブのたびに新しく聞こえる理由があります。







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