宮本佳林の歌をたどると、Juice=Juiceの中で声を合わせる工夫から、一曲を自分の声でどう仕上げるかという選択へ、歌うときの課題が移っていきます。
ソロになってからは、音程の確認、マイクに入る呼吸音、曲のキー、言葉の発音まで、本人が語る工夫も具体的になりました。
一方で、曲の主人公として歌う姿勢は、グループを離れて初めて生まれたものではありません。
以前から大切にしてきた表現を、異なる曲や舞台に合わせてどう実現するか。
その方法を選び直してきたところに、宮本佳林の歌唱の変化があります。
『なんてったって I Love You』(2022年)のMV。
Juice=Juice時代――周囲とそろう声と、その場で出せる表現
2013年にデビューしたJuice=Juiceの初期曲「私が言う前に抱きしめなきゃね」は、本人も後年、大人びた曲だったと振り返っています。
2018年のインタビューでは、年齢を重ねて曲への背伸びが少なくなり、新しいメンバーが入ることで、今度は大人になろうとする少女の姿も再び表現できるようになったと話しました。
同じグループの歌でも、誰と歌うかによって主人公の見え方が変わることを捉えていたのです。
声をそろえる場面にも、独自の工夫がありました。
複数人が同じ旋律を歌うユニゾンでは、音程が合っていても声の響きの違いでずれて聴こえることがあるため、よく声が出るメンバーをまねるようなつもりで歌っていたと説明しています。
自分の声を目立たせるだけでなく、全体の中でどうなじませるかを考えていました。
曲や歌割りは制作側が声色との相性を見て決めるため、曲によって自分のパートが少ないこともありました。
任された場所で力を発揮しながら、全員で歌う箇所では声を寄せる。
宮本によれば、まねるつもりで歌っても自分の声の特徴が残るため、似すぎず、ちょうどよかったそうです。
個性を消し切ることと、周囲から浮いてしまうことの間に、歌いやすい場所を探していました。
一方、レッスンでは歌声の選択肢も探しています。
2016年4月のブログには、菅井秀憲の指導でさまざまな声を出し、狙った声へすぐに移れるよう研究したいという記述があります。
一度出せた声へ、必要なときにすぐ移れるようにしたい。
声の種類だけでなく、切り替えの確かさにも関心を向けていました。
2019年から2021年――同じ曲に残る二つの声
「どうして僕らにはやる気がないのか」は、2019年に初めてソロでライブを行ったときから歌っていた曲です。
2021年には、新たなバージョンがソロデビューシングルの表題曲になりました。
本人は二つのバージョンについて、アレンジとともに自分の声の違いも楽しめると説明しています。
2019年版は、2022年発売のシングルの通常盤Aに収録されました。
2021年のソロデビュー盤と、翌年のシングルへ収められた2019年版を区別すると、ソロとしての出発点をさかのぼってたどれます。
2019年版の音源(2022年のシングルに収録)。
2021年版のMV。
ソロになると、グループの中で適した役割に収まることから、一曲の中で自分をどこまで生かせるかへ、意識も変わりました。
2022年には、以前は本番で音程を気にしすぎないようにしていたものの、一人で歌うようになってから、環境に左右される自分の音程にも気を配るようになったと話しています。
感情を込めることに加え、自分の歌を振り返って確かめる作業の重みが増していたのです。
グループでは、全力を出しすぎて場の雰囲気から外れることも、宮本は避けようとしていました。
一人でその曲を担うようになって、改善のために重視していたのも、自分の歌を聴き、よくなかった部分を直すことです。
自分の感覚で歌ったものを、聴き手の側へ戻って確かめていました。

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2022年――踊りながら生の歌を届けるための呼吸
ソロツアー『アメジスト』では、ヘッドセットマイクに挑戦しました。
両手を使う振り付けを生かしながら、歌もしっかり届けたいという本人の提案です。
もともと両手で付けてもらった振りが、ハンドマイクを持つことで十分に見せられないのを、もったいないと感じていました。
ところが試してみると、鼻から漏れる息がマイクに入り、踊ることで位置もずれるという問題がありました。
周囲も当初は慎重な反応だったそうです。
本人のブログによると、リハーサルではマイクの位置と呼吸のコントロールを調整し、間奏では音を切ってもらう対応も重ねています。
声を出せれば済むわけではなく、歌う動きと、マイクが拾う音まで含めて考える必要があったのです。
通常のハンドマイクより体力を使うとも感じ、まだ鍛える余地があると振り返りました。
同ツアーの『若者ブランド』/2022年5月22日、めぐろパーシモンホール。
明るい「なんてったって I Love You」と、もがく気持ちを表す「ハウリング」が並んだのも、この時期です。
前者のように弾けるアイドルらしい曲は、それまでソロで歌っておらず、本人にもあまりイメージがなかったといいます。
ところが聴き手からは、宮本らしいという反応が返ってきました。
自分で思い描いていたソロ像も、新しい曲を歌うたびに広がっていたのです。
曲に合わせて表情を変える一方、その歌をライブでどう成立させるかという実際的な試みも進んでいました。
2023年――難しさよりも、曲に合う声を選ぶ
「バンビーナ・バンビーノ」では、最初に受け取った曲の熱さに、自分に似合うのかという不安がありました。
ラップのように歌う部分も、それまで経験のないものでした。
しかし録音に入ってから、ディレクターの助言でキーを一つ上げると、本人にはしっくりくる感覚が生まれたといいます。
同時期の「Lonely Bus」でも、キーをめぐる選択がありました。
当初より一つ上げたほうが声としては良いと感じる一方、音が高くなり、歌う難しさも増すため、最後まで迷ったそうです。
それでも高いほうを選び、ライブを見たディレクターにもその選択を肯定されたことが、本人の納得につながりました。
ここでの基準は、楽に歌えるかどうかだけではありません。
その曲を自分の声でどう聴かせたいかを考え、難しさも引き受けています。
ソロでは語尾を切るタイミングやブレスの位置まで制作陣と相談するようになったという話にも、一曲を細部から作る意識が表れています。
その相談は、歌い終えた後にも続きました。
音を最終的にまとめる作業へもできるだけ立ち会い、ピアノの音量をもう少し下げられないか、といった希望を伝えていたそうです。
グループではメンバーと作る感覚が大きかったのに対し、ソロではディレクターら音作りを担う人たちとの共同作業を、より強く感じていました。
自分の声の出し方だけでなく、周囲の音と組み合わせた仕上がりまで考えるようになったのです。
2025年――ミュージカルで見直した、言葉と感情の関係
ミュージカル『四月は君の嘘』の宮園かをり役は、言葉の出し方を見直す機会になりました。
この作品への挑戦は、演技に自信があったからではなく、好きな漫画やアニメの世界を自分で表現してみたいという思いからでした。
慣れた活動の外へ出たことで、それまで使ってきた歌い方にも、新しい角度から向き合うことになります。
本人は、ポップスで歌うときの自分には、子音から母音へ素早く移る特徴があると説明しています。
ところが、それを舞台でも同じように使うと、言葉自体は聴き取れても、感情が届きにくくなることがあったそうです。

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変えようとしたのは、発音の形だけではありません。
癖をやめることに集中するのではなく、歌詞を伝えたいという気持ちから、自然に歌い方が変わる方向を探していました。
指示された形を表現することは得意でも、そこに感情を伴わせてたどり着くのは新しく、難しい課題だったと話しています。
この取材は稽古中に行われており、まだオーケストラと歌う前の段階でした。
ピアノと指揮者がいる空間で毎日歌い、視界の端の指揮から、音楽が盛り上がる様子や静まる様子を感じていたといいます。
以前のミュージカルでは録音された伴奏で歌っていたため、生の演奏と呼吸を合わせること自体が新鮮でした。
慣れていた発音を見直すことと、生の音楽に合わせることが、同時に新しい経験になっていたのです。
『君がわからない』/2025年、東島京・宮本佳林の歌唱披露版。
2026年――技術を重ねた先で、主人公の気持ちに戻る
「シャニカマー」を発売した2026年にも、宮本は主人公になりきって歌うと話しています。
発音や声を細かく考えるようになっても、歌う人物の気持ちから表現を作る姿勢は続いています。
同年のインタビューでは、経験を重ねると技術に頼る部分が生まれるとも振り返り、表現したいものを強く出す姿勢を取り戻したいと語りました。
グループの声をそろえ、一曲のキーを選び、舞台で発音を見直してきた経験は、そのための手段になっています。
技術を増やすことと、歌の人物が感じていることを届けることを、行き来しているのです。
声の出し方や言葉の扱いを詳しく見るなら、宮本佳林の歌い方もあわせてお読みください。







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