「歌詞に沿って自分を変えていく」。
天音かなたは歌い方をそう説明しています。
その言葉がよく分かるのが、じん提供の「おらくる」です。
優しくかわいい言葉を語る天使は、作り手の設定では本心から相手を褒めている。
それでも受け取り方によっては少し怖い。
天音はそのずれを、歌でも出したかったと話しました。
強い声か弱い声かだけでは説明できない、一曲の人物の作り方を見ていきます。
「おらくる」では、天使の本音と聞こえ方を同時に歌う
かわいらしい人物が優しい言葉を語れば、まっすぐな励ましになるはずです。
ところが「おらくる」の天使は、自分では本当のことを言っているのに、言い方のために嘘や嫌味にも聞こえる。
天音は制作時、その噛み合わなさが自分にもあると思ったそうです。
そして、優しくかわいいのにどこか怖い雰囲気を歌でも意識したと明言しています。
これは声を単に暗くするという話ではありません。
人物が抱いている気持ちと、相手へ届いた印象がずれるように歌う。
一つの言葉に二つの意味が生まれるところへ、天音は面白さを置いています。
同じ「天使」を題材にした「天使のagape」は、本人の説明では、より包み込んで受け入れる存在です。
肩書きが同じでも、歌の人物が違えば相手との距離も変わるのです。
また、「ハッピーピープル」では、明るい曲と不穏な歌詞の組み合わせを受け、意味を深刻に考えていない人物のように楽しそうに歌ったと話しています。
歌詞を理解することと、その内容を重々しく聞かせることは別です。
理解したうえであえて楽しげに振る舞うところにも、天音の芝居としての歌があります。
「Knock it out!」は、一つの曲の中で声の役を切り替える
GigaとTeddyLoidが手がけた「Knock it out!」では、場面の切り替えそのものが見せ場です。
天音は、ラップ、言葉を吐き捨てるような箇所、かわいらしく振る舞う箇所、サビの高音が一曲に入っていると説明し、いろいろな歌い方を試した曲だと話しました。
どこも同じ強さで押してしまえば、この曲にいる人物の裏表は見えにくくなります。
本人は当初、表向きは周囲と仲良くしながら、内心では競争心を抱く女の子の歌詞を考えていたそうです。
完成版の歌詞は共同制作で整えられましたが、陽気な表面と攻撃的な内側を行き来する発想は、声を使い分ける理由を教えてくれます。
高音を出せることだけでなく、高音までの間にどんな人物が顔を出すかが、この曲の面白さです。
「返信願望」は、知らない恋を調べてから歌う
みきとPによる「返信願望」の主人公は、好きな人からの返事を待っています。
天音は当初、その気持ちがつかめず、少女漫画を読み漁ってから録音したと語りました。
登場人物の性別を決めつけず、ただ真っすぐに向かう好意と、先が明るくなさそうな切なさを意識して歌ったそうです。
歌い方の選択は声色を決める前から始まっています。
誰が、何を待っていて、どんな未来を恐れているかをつかむ。
天音はカバー曲でも作者の取材を読み、何を表したかったか調べてから歌うと話します。
本人が経験していない感情でも、資料や物語を通じて役の輪郭を作るところに、ミュージカルを愛してきた歌手らしさがあります。
「純粋心」では、自分らしさより作り手の言い方を選んだ
つんく♂が作詞作曲した「純粋心」では、逆方向の判断をしました。
天音によれば、制作側から仮歌の歌い方をそのままコピーしてほしいという要望があり、言葉を鋭く切る箇所などを意識して覚えました。
ふだんなら自分の案を試す人が、ここでは作り手の示した言葉の動きを尊重したのです。
模倣は発想を放棄することではありません。
その曲に必要な癖がどこにあるか、細部まで受け取る選択です。
「Knock it out!」の複数の顔と比べると、天音の歌い方には固定した正解がないことが分かります。
曲が求める人物と制作側の意図によって、何を足し、何を残すかを考えています。
「特者生存ワンダラダー!!」は、高音の手前から準備する
高音への挑戦を、呼吸の組み立てから説明した例もあります。
最初のオリジナル曲「特者生存ワンダラダー!!」は、天音自身が何度も歌っている一方、当初のVRライブでは高さがきついと感じていた曲です。
2024年の取材でも、高い曲であることに変わりはないと話していました。
変わったのは、その高音を迎える準備です。
本人によると、次の箇所が高いからここで息を吸っておこう、と考えられるようになり、以前より歌える実感を持てるようになったそうです。
高い音に到達した瞬間だけが勝負なのではなく、その前のフレーズから歌の流れをつかんでいる。
歌うたびに手応えが更新されるという言葉には、こうした具体的な工夫が伴っています。
『Trigger』では、高音のテイクにも自分の基準を持つ
2025年のアルバム『Trigger』収録「セルフサービス」は、本人もキーの高さに驚いた曲です。
エンジニアがよいと判断したテイクでも、自分が高音に届いていないと感じればもう一度録らせてもらったと話します。
本人が好きなボーカロイド風の難しい曲に挑む際、完成とする基準を自分でも持っていたわけです。
高い声が鳴ったかどうかに加え、狙った音の高さまで届いているかを、自分でも確かめていたのです。
同作の「DA・LI・LA」ではサビにがなりを入れ、途中で話し声を差し込む案も本人が選びました。
逆にアイドル曲「睡キャン界隈」では、強い感情を込めるよりノリを重視するという解釈で歌っています。
ロックの「Last-resort」の録音時には、草野華余子からの助言を受け、声を下へ叩きつけるような意識に変えたところ歌えたと振り返りました。
いつも出せる声が出ずに落ち込みかけた場面で、歌う感覚を変える助言が突破口になりました。
「十万億土」のラップは、作曲中から声に出して作った
自作曲「十万億土」では、死神のような人物が相手をあの世へ誘う姿を考えました。
天音は、暗く強そうな世界を作るために言葉を調べ、韻を重視して詞を書いたと説明しています。
冒頭のラップも、自分で作って歌ってみたいという気持ちから生まれたものでした。
この曲では、作っている途中から何度も声に出していたため、録音に入る時点で歌い慣れ、表現の方向も見えていたといいます。
そこからさらに加えたいニュアンスを見つけ、ラップの部分もこだわって録ったそうです。
「返信願望」で漫画を読んで人物へ近づいたのに対し、こちらは自分の言葉を繰り返し歌うことで、役の声を形にした例です。

画像出典:ホロライブ公式サイト
「おらくる」で笑顔の奥を見せ、「返信願望」で知らない恋へ近づき、「純粋心」では作り手の癖を受け取り、「セルフサービス」では自分の完成基準を譲らない。
天音かなたの歌い方は、持ち声を一つ見せる方法ではなく、曲ごとに誰の言葉をどう届けるかを決める方法です。
その選択を広げるまでの歩みは、天音かなたの歌唱変遷でたどれます。







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