戌亥とこを「低音が魅力の歌手」と紹介することはできます。
けれども、それだけでは「Twilight Road」と「ジョハリ」がどうして違う歌に聞こえるのか、説明が足りません。
本人の話を読むと、歌詞を一つずつ前に出すか、音の中へ溶かすか。
感情を強く見せるか、あえて抑えるか。
同じ声でも、曲に置く場所を変えています。
ソロとNornisの具体的な録音を通して、その選び方を見ていきます。
低い声を無理に高く見せない
本人は、低い声を以前はコンプレックスだと思っていたものの、聴き手に落ち着くと言われるうち、包容力のある歌に生かしたいと考えるようになったと話しています。
ここから「低い声だから何でも静かに歌う」と結論づけるのは早計です。
強さが必要な曲では強く、物語が必要な曲では登場人物の気持ちへ入る。
声の高さは素材であって、曲を仕上げる方法は一つではありません。
戌亥の録音は、最初に決めた歌い方を毎回押し通すものでもありません。
作り手から別の歌い方を提案され、試してみるとそちらがよいと思うことがある、と本人は2022年に明かしています。
歌手自身の直感と制作側の案を現場で突き合わせる。
その柔らかさも、曲ごとに異なる表現を選べる理由の一つです。
「Twilight Road」は言葉を音楽に溶け込ませる
2023年のソロ・ミニアルバム『Telescope』では、異なる作り手による曲を歌っています。
表題曲「テレスコープ」は、夜空という作品の題材を伝えたうえでOSTER projectへ制作を任せました。
戌亥は、歌詞に出てくる小さなカフェの道具と広い宇宙が同居する表現に惹かれたと話します。
収録はスムーズで、歌っていて楽しかったそうです。
曲の言葉が作る景色を本人が面白がっていることが、ここでの入り口です。
より歌い方の意図がはっきり分かるのは「Twilight Road」です。
デモを受け取ったとき、戌亥は風でカーテンが揺れる情景を思い浮かべました。
だから、その気持ちよさを崩さないように、力まず歌ったといいます。
言葉を明瞭に一つずつ押し出すより、歌声を曲の中にふんわり溶け込ませたかったとも語りました。
歌詞を届けないという意味ではありません。
歌詞の輪郭を強めるより、曲全体の空気を保つことを優先した選択です。
「白夜」と「残光」は、感情の動かし方が違う
同じアルバムの「白夜」では、buzzGが書いた物語のような歌詞が手がかりになりました。
戌亥は、自分の感情をそのまま噴き出すのではなく、楽曲の感情に合わせて歌いたかったと説明しています。
「Twilight Road」が景色の心地よさを崩さない歌なら、「白夜」は歌詞の登場人物の心に入る歌です。
言葉の意味に入る歌と、声を音楽になじませる歌とでは、歌うときの意識の向け先が違うのです。
「残光」では、最初は静かで切なく、そこから少しずつ気持ちを高める加減を練習したそうです。
最初から最後まで同じ強さで歌うのではなく、一曲の中に感情の移り変わりを作る。
この三曲を並べると、どの言葉を前へ出すか、どの時点で感情を動かすかという判断の違いが見えます。

画像出典:にじさんじ・ANYCOLOR公式サイト
Nornisでは、一人の「よい声」より二人の組み合わせを選ぶ
Nornisは戌亥と町田ちまが参加したボーカルユニットです。
2024年の「Tensegrity」について、戌亥は、ソロの部分ではそれぞれの個性をぶつけ、ユニゾンでは両方のよさを生かしながら合わせたと話しています。
後ろに重なる高いパートは主に町田が担当したそうです。
戌亥の声を単に「低音パート」と呼ぶと、一人で歌う箇所と二人で揃える箇所を切り替える仕事が見えなくなります。
「Deep Forest」では、録音そのものは別々でも、隣に町田がいて一緒に歌うイメージで言葉を込めたといいます。
二人の声が同時に聞こえることと、歌うときに相手を意識することは別です。
戌亥にとって後者は、収録時に一人でも実行できる選択でした。
町田は、収録当日に追加したコーラスについても語っています。
声の重なりは、最初の譜面だけで決まったものではありません。
「just wonder」は、暗さとは違う強気な声に挑む
Nornisの「just wonder」では、録音前に町田と歌い方を相談し、練習をして臨んだといいます。
音程の上下と転調があり、歌う側には忙しい曲です。
さらに二番の最初のラップでは、もっと荒っぽく、強気に振る舞うような注文が出ました。
戌亥は、これまで暗い雰囲気で歌ったことはあっても、この強気な態度は自分たちの中になかったと振り返っています。
同じ「激しい歌」でも、内側に沈む暗さと、相手に迫る強さは別の表情です。
うまく表現できたか不安だったと話す戌亥に、町田ができていたと答えたやり取りからも、二人で新しい声を確かめた録音だったことが伝わります。
「ジョハリ」では、むしろ感情を引っ込めた
一方、「ジョハリ」では逆の指示が出ました。
戌亥は、普段の歌い方の癖や感情を消して、何もないように歌ってほしいと求められたそうです。
感情が表に出やすい自分には難しく、歌っている自分を遠くから眺めるような感覚だったとも語っています。
町田はその隣で、楽しそうに、あるいは相手をからかうように歌う指示を受けました。
二人の表現を同じ方向へ揃えないことで、曲の会話が生まれています。
「innocent flowers」はさらに別の答えを示します。
戌亥は、Nornisには珍しい明るい曲だと感じながらも、二人の歌にある憂いを必要なところで残せたと思う、と話しました。
終盤に出てくる相手の幸せを願う一言は、言葉の意味そのままの気持ちで歌ったそうです。
町田も、その戌亥の歌唱は背中をそっと押すようだと語っています。
明るい曲を力いっぱい明るくするだけではなく、優しさと切なさを同じ曲に置いたのです。
「君の声があれば」は、聴き手を目の前に思い浮かべる
2026年の『One day』に収めた、阿部真央提供の「君の声があれば」では、歌を届ける相手がより具体的でした。
戌亥は、録音中にファンやリスナーを思い浮かべ、実際にみんなが目の前にいたら、と想像したと話しています。
特にDメロには、相手に会えた幸せを伝える愛情の深さを感じたそうです。
「Twilight Road」でカーテンの揺れる景色を思い描いたのと同様に、ここでも想像する場面が歌の支えになっています。
ただし今度は、空気の心地よさに溶け込むより、大切な相手へ言葉を届けることが中心です。
本人は、これから歌うたびに届ける相手も変わっていくだろうと語っています。
一度の録音で感情を固定せず、その都度誰を思って歌うかが表現につながる曲なのです。
歌い方の中心にあるのは「この曲ならどう伝えるか」
戌亥の声を説明するとき、低い声、力強い声、優しい声といった形容詞は便利です。
しかし、本人の話をたどると、そのどれか一語で終わりません。
「Twilight Road」では言葉を音楽に溶け込ませ、「白夜」では物語の感情に寄り添い、「ジョハリ」では得意な感情表現をあえて抑えました。
Nornisでは町田の歌を想像して自分のパートを選ぶこともあります。
言葉をはっきりさせるか、声を伴奏になじませるかという違いも、曲の目的から生まれます。
自分の声で何を目立たせ、どこを引くかを考えるから、同じ低めの声でも作品の中で違う役割を果たせます。
そうした選択が活動の中でどう増えていったかは、戌亥とこの歌唱変遷で時期を追って紹介しています。







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