松崎しげるさんが「愛のメモリー」を歌えば、誰が聴いても本人だと分かります。
ところが2018年、本人が公開カラオケ採点に挑んだ結果は84.763点でした。
音程を外して歌唱力が落ちた、という話ではありません。
本人は、長く歌ううちに歌い方が変わり、採点機が基準とする形から離れていったと説明しています。
この出来事は、松崎しげるの歌い方を考えるうえで格好の入口です。
あの迫力の正体は、ただ高い音を大声で出すことではありません。
正確に歌える土台を持ちながら、目の前の演奏と客席に合わせて歌を動かす力にあります。
84.763点は、松崎しげるの歌が下手という点数ではない
カラオケ採点は、画面に示された音程やリズムへどれだけ近づけたかを確かめるには便利です。
一方で、言葉を少し早く置く、音を長く伸ばす、強弱を大きく変えるといった表現まで、すべて高得点につながるとは限りません。
松崎さんは採点機について、まず基準どおり歌う練習に使い、そこから良い意味で崩すと歌の味になると話しました。
つまり、最初から自由に歌えばよいのではありません。
型を知ったうえで、必要な場所だけ型から出るという順番です。
「愛のメモリー」は本人にとって特別に長く歌ってきた曲です。
1977年の録音を毎回再現するより、その日の演奏や今の自分に合わせる余地が大きくなっているのでしょう。
採点結果と、会場で人を圧倒する歌唱が食い違うところに、松崎しげるらしさがあります。
高音の迫力は、最後の一音だけで生まれているわけではない
「愛のメモリー」の終盤には、男性曲としてかなり高いドの音が登場すると紹介されています。
音域資料でも最高音をhiCとする見方が複数あり、一般の男性が原曲キーで最後まで歌うには負担の大きい曲です。
ただし、最高音だけを出せても同じ迫力にはなりません。
終盤の高いドは、曲の最後に置かれた山場です。
その一音だけを切り離して叫ぶのではなく、そこまで声を使い切らずに運ぶ必要があります。
本人は若い頃から、繊細な部分を先に作るより、まず大きな輪郭を作る考え方を語っていました。
この「大きい部分から作る」という発想は、声量だけの話ではありません。
一曲のどこを山場にするかを先に決め、細かな表情をその中へ置く作り方と考えると分かりやすいでしょう。

「地声かミックスか」だけでは、あの声を説明しきれない
松崎しげるの高音を、すべて地声と呼ぶ説明があります。
反対に、高い音まで太さが残るため、ミックスボイスを使っていると見る解説もあります。
言葉が分かれるのは不思議ではありません。
声区の呼び方は解説者によって範囲が違い、外から聞こえる音だけで声帯の状態を確定することもできないからです。
初心者にとって大切なのは、どちらか一つの名前を正解にすることではありません。
低い部分と同じ力のまま高音へ押し上げる歌い方ではない、と理解する方が役立ちます。
松崎さんの声は太く聞こえても、曲や音の高さによって使い方は変わります。
表面の太さだけを真似して喉を押すと、首や顎が固まり、曲の途中で声がもたなくなります。
原曲キーで苦しい場合は、まずキーを下げる方が安全です。
高音の張り上げを直す考え方も、声を大きくする前に確認してみてください。
ステージでは「きれいに歌う人」より、歌を動かす人になる
松崎さんの仕事ぶりを長く見てきた制作側は、どんな企画に出ても、歌い始めれば実力で納得させる人だと評しています。
本人も、出演した以上は最大限の結果を出すという姿勢を繰り返し語ってきました。
その強さがよく表れたのが、2026年のセッション番組です。
松崎さんは共演者へ歌う場所をその場で振り分け、バンドにはジャズとブルースを感じる演奏を求めました。
決められた伴奏へ自分をはめ込むだけでなく、歌いながらステージ全体を設計しています。
これはカラオケ採点とは反対方向の能力です。
正しい音をなぞるだけなら、一人の歌唱だけを考えれば済みます。
共演者の声、バンドの反応、客席の空気まで受け取り、その場で曲の重心を変えるには、声の強さとは別の瞬発力が要ります。
笑わせた直後に歌うから、最初の一声がさらに大きく感じられる
松崎さんは、色黒の自己紹介や自分を題材にした企画を避けません。
歌手が笑いの側へ行きすぎると、歌の印象が軽くなるようにも思えます。
実際、ある聴き手はテレビで繰り返し見たため、「愛のメモリー」まで冗談の一部のように感じていたと振り返っています。
ところが、その先に逆転があります。
気軽に笑っていた客席が、歌い始めた瞬間に声の大きさと曲の真剣さへ引き戻されるのです。
制作側が、どんな企画でも最後は歌唱力で納得させると評したのは、この落差が何度も成立してきたからでしょう。
歌だけを神聖な場所へ囲い込まず、先に観客との距離を縮める。
それでも歌に入れば、場の中心を奪えるだけの準備をしておく。
松崎しげるの歌い方は、発声技術だけでなく、歌う前の空気まで含めて設計されています。
これは表面的な冗談を真似すれば身につくものではありません。
親しみやすさが強みになるのは、その後に曲を最後まで運べる土台がある時です。
84点という数字を笑い話にしながら、歌唱そのものでは観客を黙らせる。その二つが同じ人物の中にあることが、声の迫力をさらに大きく見せています。
「愛のメモリー」以外を聴くと、声の輪郭がもっと見える
一曲の印象だけでは、松崎しげるの歌を「壮大なバラードを大声で歌う人」と誤解しやすくなります。
本人は若い頃から洋楽を歌う機会を重ね、ラテン音楽も自分の中へ入っていると話してきました。
「愛のボラーレ」では、フランスの演奏家と会って間もない段階から、ギターをきっかけに音楽でやり取りしています。
近年の「Georgia On My Mind」では、ブルースやジャズの感触を前へ出しました。
「ただそれだけ」では、オーケストラの中でも落ち着いた歌を選んでいます。
曲が変わっても共通するのは、声を小さく整えて自分だけの世界へ閉じるのではなく、演奏する相手へ投げ返す感覚です。
だから共演者が変わると歌の形も変わり、それでも松崎しげるの声だと分かります。

長く歌うほど、代表曲は本人の所有物ではなくなる
「愛のメモリー」を何十年も聴いてきた人には、思い出の中にそれぞれの完成形があります。
1977年の録音を好む人もいれば、後年の歌唱の方に強い説得力を感じる人もいます。
松崎さんは、代表曲を昔の録音どおり保存するのではなく、何度も録音し直してきました。
聴き手の記憶を尊重しながら、自分の歌まで過去へ固定しない。
84点という数字は、その自由を選び続けた結果でもあります。
各年代の録音と歌い直しの背景は、松崎しげるの歌声の変遷で詳しく追っています。
同じ曲がアレンジや言葉を変えながら残ってきた過程を見ると、現在の歌い方が突然生まれたものではないと分かります。
松崎しげるの歌い方から参考にできるのは、声量より順番
松崎しげるのような高音や声量を、そのまま再現しようとする必要はありません。
生まれ持った声質、長年の経験、体力を飛ばして表面だけを真似すると、苦しい声になりやすいからです。
参考にしやすいのは、まず基準どおり歌える状態を作り、その後で表現を崩すという順番です。
音程を覚える前から大きなビブラートを付けたり、最高音だけを叫んだりするのではなく、曲の輪郭を先に持つ。
そこから言葉の長さや強弱を変えると、自分の歌として動かせます。
松崎しげるの迫力は、いつでも最大音量で歌うことではありません。
正確さを捨てず、正確さだけにも閉じこもらない。
本人の代表曲が84点だったという一件は、その両立を何より分かりやすく教えてくれます。






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