布施明の高音はなぜ今も太く伸びる?声帯ポリープで変えた歌い方・発声を分析

布施明の高音と声帯ポリープ後の発声を分析する記事のアイキャッチ シンガー

布施明さんの歌声を語る時、最初に出てくる言葉は「圧倒的な声量」でしょう。
高音を長く伸ばしても声が細くならず、ステージ全体を押し広げるように響きます。

しかし、長く歌い続けられた理由を声の強さだけに求めると、最も興味深い転機を見落とします。
2019年に声帯ポリープが見つかった時、布施明さんが取り組んだのは、さらに強く声を出すことではありませんでした。
呼気の流れを整え、負担の少ない歌い方へ組み直すことでした。

若い頃にカンツォーネから始まった歌手が、半世紀以上を経て、再びイタリア歌曲の考え方に助けられる。
この往復を知ると、布施明さんの太い高音は「力があるから出る声」ではなく、「大きな声を流れの中へ収める技術」だと見えてきます。

「声がでかいやつ」から始まった歌手人生

デビュー前の布施明さんは、学校の吹奏楽部でフルートやピッコロに触れ、ジャズ喫茶などで歌っていました。
本格的な声楽教育を受けて歌手になったわけではありません。

転機は1965年です。
イタリアのサンレモ音楽祭で生まれた曲の日本語版を歌う人が必要になり、「やたら声が大きい若者がいる」と候補に挙がりました。
それがデビュー曲「君に涙とほほえみを」です。

本人にとって初めてのカンツォーネでしたが、歌ううちに夢中になったと振り返っています。
声量だけが偶然見つけられた理由だったとしても、その後の歌唱を作ったのは、長い息で旋律を運び、言葉を一つの流れにするイタリア歌曲との出会いでした。

布施明さんの声は、最初から日本の歌謡曲だけを基準に作られたものではありません。
大きな声を一音ずつぶつけるのではなく、長い線として前へ運ぶ感覚が、出発点から入っていたのです。

太い高音を「喉の強さ」だけで説明できない

第三者の発声分析では、布施明さんの歌声について、低い話し声を土台にした厚み、口の奥まで広がる響き、深いビブラートなどが繰り返し指摘されています。
中高音へ上がっても、低音で感じた人物の大きさが急に消えないことも共通した見方です。

専門用語を使わずに言えば、低い声と高い声が別人になりにくい歌い方です。
高音だけ薄い別の声へ逃がさず、かといって低音の重さをそのまま上へ押し上げてもいません。

近年の布施明

ここで「強い声帯だからできる」と結論づけるのは危険です。
外から見える歌唱だけで、声帯の動きや身体の強さを断定することはできません。
実際、長年大きな声を保ってきた本人にも、声が出しにくくなる時期が訪れました。

むしろ注目したいのは、声量を上げても旋律の方向が止まらないことです。
声が大きくなる瞬間にも、次の音へ進む息の道が残っている。
そのため、高音が壁にぶつかる叫びではなく、長いフレーズの頂点として聞こえます。

2019年のポリープが「出す力」から「流れ」へ視点を変えた

2018年末から声が出しにくい状態が続き、2019年3月、布施明さんは声帯ポリープと診断されました。
早い手術を勧める意見もありましたが、本人は全国ツアーを最後まで続けることを希望します。

治療と並行して取り組んだのが、呼気の流れを調整し、発声の効率を上げる短期トレーニングでした。
後の本人の説明では、イタリア歌曲で使われる負担の少ない発声を取り入れ、自分の体に合う方法を探したとされています。

ツアー終了後の検査ではポリープが見当たらず、予定していた手術を回避できました。
薬物治療や吸入も同時に行われているため、歌い方だけで治ったと単純化はできません。
それでも、声の危機を前に「もっと出す」方向へ進まず、息の流れを見直した事実は重要です。

若い頃、カンツォーネによって大きな声の使い方を知った歌手が、70代になって再びイタリアの歌唱法へ戻る。
布施明さんの高音が現在まで残った背景には、強さを守り抜いたことだけでなく、強さの使い方を変えられた柔軟さがあります。

「君は薔薇より美しい」の凄さは最後の一音だけではない

「君は薔薇より美しい」と聞くと、多くの人が終盤の長い高音を思い浮かべます。
確かに象徴的な場面ですが、そこだけを切り取ると、布施明さんの歌い方を「最後に大声を出す技術」へ縮めてしまいます。

曲の前半では、言葉を軽く転がしながら進みます。
サビへ入ると声の幅が広がりますが、すぐ最大音量へ固定されるわけではありません。
小さな語り口から大きなロングトーンまで、何段階もの強弱を通るから、最後の一音が突然の見せ場にならず、物語の到着点になります。

また、長く伸ばす音では、声量だけでなく言葉の母音を保つ必要があります。
大きく出そうとして口を開きすぎると、音程より先に言葉の形が崩れます。
布施明さんの高音が明るく届くのは、太さの中に言葉の輪郭が残っているからです。

玉置浩二さんの太い高音と比べると違いが分かります。
玉置浩二さんは消えそうな小声から強い声まで距離を大きく動かしますが、布施明さんは長い旋律の線を保ったまま、声の面積を広げていく印象を作ります。

「シクラメンのかほり」は大声の歌手に与えられた逆説だった

1975年、布施明さんは活動を長く休み、海外で学ぶことを考えていました。
その前にもう一曲だけ歌うことになり、渡されたのが「シクラメンのかほり」です。

本人は、当時の自分が得意としていた華やかなポップスとは違うフォーク調の曲で、売れないだろうと思ったと話しています。
ところが作品は大ヒットし、長期休暇の計画はほとんど消えました。

面白いのは、声を大きく見せる歌手が、抑えた言葉と静かな情景の曲で最大級の評価を得たことです。
声量を封印したのではありません。
大きな声をいつでも出せる人が、すぐには出さず、旋律の内側へ厚みとして残したことで、歌の静けさが薄くならなかったのです。

現在の布施明のインタビュー写真

この曲は、布施明さんの歌唱が「声の大きさ」だけでは成立しない証拠です。
派手に歌わなくても声の存在感が消えず、終盤へ向かって感情の幅だけが広がる。
強い声を持っていることと、強く歌い続けることは同じではありません。

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「マイ・ウェイ」は高音より、言葉を自分の年齢へ近づけた歌

布施明さんが「マイ・ウェイ」を歌い始めたのは20代前半でした。
日本語詞には人生の終盤を振り返る言葉がありますが、若い自分にはまだ似合わないと感じ、ステージでは一部を「船出」へ置き換えたことがあります。

これは単なる歌詞の変更ではありません。
声が出るから歌えることと、自分の言葉として歌えることの違いに気づいていたということです。

年齢を重ねた現在は、ようやく本来の内容を実感して歌えるようになったと本人は話しています。
同じ旋律でも、若い頃は未来へ向かう宣言になり、今は歩いてきた時間を振り返る歌になる。
布施明さんのロングトーンが残る理由は、息の長さだけでなく、その一音に置く意味が年齢とともに変わり続けたからでしょう。

高音の出し方だけを知りたい時ほど、言葉の準備を見落としがちです。
しかし布施明さんの歌唱では、長い音の前にどんな言葉を置き、どこへ気持ちを運ぶかが決まっているため、ロングトーンが技術の展示で終わりません。

参考にするなら「大声」ではなく、声量を上げる前の時間を見る

布施明さんの表面だけを真似すると、喉を開こうとして口を大きくし、最初から最大音量で歌うことになりがちです。
本人と同じ声量やロングトーンを再現しようとする必要はありません。

聴く時に注目したいのは、大きな声が出る瞬間より、その直前です。
小さい声のうちから息の流れが止まっていないか、言葉の形が急に変わっていないか、音量を上げても旋律が前へ進んでいるか。
この三つを見ると、声量が結果であって出発点ではないことが分かります。

小田和正さんの透明な高音は、布施明さんとは声の太さが大きく異なります。
それでも、高音で息の道を止めず、言葉を旋律へ乗せる点には共通するものがあります。
声質が違っても参考にできるのは、こうした考え方です。

痛みや強いかすれがある状態で、布施明さんの声量を追いかけてはいけません。
本人も声の異変を専門医へ相談し、治療を受けながら方法を変えています。
不調が続く時は歌い方の工夫だけで済ませず、耳鼻咽喉科などへ相談することが大切です。

まとめ

布施明さんの高音が今も太く伸びるのは、もともとの声量だけが理由ではありません。
カンツォーネで身につけた長い息の流れ、低音から高音まで人物像を変えない厚み、言葉に合わせて声量を何段階にも動かす表現が重なっています。

そして2019年の声帯ポリープは、声の強さを失うだけの出来事にはなりませんでした。
治療を受けながら呼気の流れを見直し、負担の少ないイタリア歌曲の考え方へ立ち返ったことで、「出す力」より「流れの中で鳴らすこと」が改めて前へ出ました。

「君は薔薇より美しい」の最後の高音だけでなく、そこへ至る強弱の変化を聴く。
「シクラメンのかほり」では、大声をすぐに使わない時間を聴く。
そうすると、布施明さんの歌声は声量自慢ではなく、大きな声を作品の中へ収める技術として見えてきます。

デビュー曲のカンツォーネから60周年まで、この歌い方がどのように変化したかは、布施明さんの歌唱変遷で年代順に整理しています。

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