Mr. Bigの「To Be with You」には、歌のうまい友人がギターを持ってきて、その場にいる人まで歌い始めるような楽しさがあります。エリック・マーティンの声は力強く、少しかすれた響きも耳に残る。それでも、聴き手を圧倒して黙らせる曲にはなっていません。
どうして、あれほどよく通る声が身近に感じられるのでしょう。1991年の『Lean into It』に収められたこの曲で、話しかけるような歌い出しが、手拍子とハーモニーの加わるサビへどうつながるかを見ていきます。
優しく始めても、言葉の輪郭は残す
曲の始まりでは、エリックが相手の顔を見て言葉を選ぶように歌います。伴奏に合わせて声を必要以上に張り上げず、短い言葉を順に渡していく。ここで声を小さくするだけなら、親しさより頼りなさが勝ってしまうかもしれません。
エリックの声には、低めに歌うところでも輪郭があります。少しかすれた質感も残っているので、整った挨拶より、本人がすぐそばで話しているように感じられます。やがてサビでは声の勢いを増し、長い音をしっかり伸ばします。それまで相手を励ましていた人が、自分も一緒にいたいのだと打ち明ける。歌の強さが、曲の中で気持ちの動きにもなっています。
静かな部分と力を込める部分で、別人の声になるわけではありません。同じ歌手の言葉が、話すような調子から熱を帯びていく。その道筋が追いやすいから、サビが大きくなっても聴き手は置いていかれないのでしょう。

相談相手だった少年の気持ちが、サビで前に出る
この曲には、エリック自身の十代の思い出があります。好きだった女友達は、彼に詩を聞かせ、曲を書くことも教えてくれました。エリックは彼女の相談相手でしたが、望んだのは、友達より近い関係でした。
彼女を慰めたい。それでも、今度は自分を見てほしい。この二つの気持ちを知ると、穏やかな歌い出しと、強く伸びるサビが別々の見せ場に聞こえなくなります。相手の様子をうかがっていた人が、歌の途中で一歩踏み出すのです。
エリックはこの歌を、姉の友人たちの前でも弾いていたと振り返っています。のちに世界中へ届く曲にしては小さな出発点ですが、誰か一人へ向けて歌った気持ちが、この曲の距離の近さを支えています。
手拍子とハーモニーが、独唱をみんなの歌にする
サビで増えるのは、エリックの声量だけではありません。主旋律の周りにハーモニーが重なり、手拍子が誰でも入れる拍を作ります。一人の告白を聴いていたはずが、周りの人まで応援に加わったように感じられるのです。
最初から、みんなで歌う形が完成していたわけではありません。エリックが長く持っていた曲を、ソングライターのデヴィッド・グレアムと手直ししたとき、打楽器と手拍子を足す発想が出ました。ジョン・レノンたちの「Give Peace a Chance」のように、人数が増えても加われる歌を目指したのです。
その土台があるから、エリックが熱を込めて歌っても、旋律を一人占めしません。聴き手は手をたたき、サビの形を覚え、自分の声で加われます。気軽に聞こえるハーモニーも、ライブではバンドが長いリハーサルを重ねて揃えていました。周りの歌がしっかりしているほど、エリックの力強いリードも、みんなの歌の中で生きます。
この距離の近さは、別の曲で客席のリクエストに応じたときにも表れました。2012年のイタリア公演で「Just Take My Heart」を求められたエリックは、その曲をピアノで書いていてギターでは弾けず、伴奏なしで歌ったと振り返っています。「To Be with You」のように手拍子やハーモニーがなくても、その場にいる人の求めに声だけで応えたのです。

「To Be with You」をMr. Bigの演奏へ持ち込んだ迷いや、後年にバンド曲を別の編成で歌い直してきた歩みは、エリック・マーティンの歌声の変遷でたどれます。
よく通る声でも、聴き手の入る場所を残す
「To Be with You」が一緒に歌いたくなる曲なのは、旋律が覚えやすいからだけではありません。エリックは言葉を近くで渡すように歌い始め、サビでは気持ちを強く押し出します。そこに手拍子とハーモニーが加わるので、聴き手は彼の熱唱を見上げるだけで終わりません。
主役の声はよく聞こえるのに、自分の声も加えられる。エリックの歌の力強さと、この曲の親しさが両立するところです。

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