エリック・マーティン(MR. BIG)の歌い方|「To Be with You」は、なぜ一緒に歌いたくなるのか

2026年、Rock Meets Classicでのエリック・マーティン エリック・マーティン
Sven Mandel / CC BY-SA 4.0

Mr. Bigの「To Be with You」には、歌のうまい友人がギターを持ってきて、その場にいる人まで歌い始めてしまうような楽しさがあります。
エリック・マーティンの声は力強く、少しかすれた響きも耳に残ります。それでも、圧倒されて黙って聴くしかない歌にはなっていません。サビに来ると、自分も加わりたくなるのです。

どうして、あれほどよく通る声が身近に感じられるのでしょうか。
1991年の『Lean into It』に収められたこの曲を中心に、話しかけるような歌い出しと、みんなの声が重なるサビの関係を見ていきましょう。

優しく始めても、声の芯はなくさない

「To Be with You」の歌い出しでは、エリックの一言一言が近くに聞こえます。
ゆったりした伴奏に合わせて、声を必要以上に張り上げず、短い言葉を順に相手へ伝えていく。歌詞を知らなくても、誰かに話しかけている歌だと感じやすい始まりです。

ここでの柔らかさは、声をか細くすることとは少し違います。
エリックの声には、低めに歌っているところでも輪郭があり、言葉の終わりまでよく聞こえます。少しかすれた質感が残っているので、きれいに整えた挨拶よりも、本人がすぐそばで話しているように感じられるのです。

そしてサビでは、声の勢いを増し、長い音をしっかり伸ばして、自分の気持ちをはっきり歌います。
それまで相手を励ましていた人が、自分こそ一緒にいたいのだと打ち明ける。歌の勢いが増すのは、曲が盛り上がる場所だからというだけでなく、遠慮していた気持ちが表へ出る場所だからでもあります。

静かな部分と力を込める部分で、エリックがまったく別人のように歌うわけではありません。
同じ声が、話すような調子から熱を帯びていく。その変化が追いやすいから、サビの強さにも置いていかれずに聴けるのでしょう。

好きな人の相談を聞いていた少年の歌

この曲の背景を知ると、歌い出しの親しさと、サビの一生懸命さがつながります。
エリックが十代の頃に好きだったのは、詩を読み聞かせてくれたり、曲を書くことを教えてくれたりする女友達でした。彼女は失恋すると彼を頼りましたが、彼が望んでいたのは、相談相手よりも近い関係でした。

相手にとっては親しい友達でも、自分にはそれ以上の気持ちがある。
そういう立場の人が歌っていると思うと、この曲の優しさは、何もかもうまくいっている人の余裕とは違って聞こえます。相手を慰めたい気持ちと、今度こそ自分を見てほしい気持ちが、同じ歌の中にあるのです。

だから、サビをただ甘く整えて歌うだけでは、この曲の切実さは伝わりきらないのかもしれません。
エリックの強く伸びる声には、友達の立場からもう一歩踏み出したい勢いがあります。一方、歌い出しには相手の様子をうかがう柔らかさがある。その両方があるので、大きな声で歌われるサビも、身近な恋の話として受け取れます。

エリックは、姉妹の友人たちの前でも、この曲を歌っていたと振り返っています。
会話でうまく気を引けなかった少年が、代わりに歌を使っていた。のちに世界中へ届いた歌にしては小さな出発点ですが、誰かの顔を思い浮かべながら歌えるところに、この曲らしさが残っています。

2011年、Mr. Bigのソフィア公演で歌うエリック・マーティン
2011年、Mr. Bigのソフィア公演で歌うエリック・マーティン。写真:MrPanyGoff / CC BY-SA 3.0

サビで増えるのは音量だけでなく、一緒に歌う声

ただし、エリック一人の熱唱だけで、あの楽しいサビができているわけではありません。
「To Be with You」では、主旋律の周りにハーモニーが重なります。一人の告白を聴いていたはずが、いつの間にか仲間まで応援に加わったような賑やかさになるのです。

エリックの声はその中でも目立ちますが、ほかの声を押しのけるようには聞こえません。
みんなで歌う旋律がはっきりしていて、エリックが言葉を伸ばしたり、歌い回しを少し変えたりしても、周りのハーモニーがサビの形を保っている。聴き手はその旋律を口ずさみながら、彼の歌の勢いを楽しむことができます。

この形は、最初から完成していたものではありませんでした。
エリックが長く持っていた曲を、ソングライターのデヴィッド・グレアムと手直ししたとき、足されたのがシンプルな打楽器の拍と手拍子でした。ジョン・レノンたちが大勢で歌った「Give Peace a Chance」のようにしよう、という発想です。そこへハーモニーを重ね、皆で歌える曲の性格がいっそう強くなりました。

手拍子なら、楽器が弾けなくても参加できます。
サビの旋律を覚えれば、歌にも加われる。その分かりやすい土台があるから、エリックは十分に力を込めて歌っても、聴き手との距離を広げずに済むのでしょう。

気軽に聞こえるハーモニーも、バンドにとっては大切な演奏です。
2011年、ライブのコーラスについて尋ねられたエリックは、ツアーに向けて長時間のリハーサルを重ねたことを話しています。自然に声が重なっているように見えても、各自が好き勝手に歌っているわけではありません。歌の揃うところがしっかりしているから、リードを歌うエリックの自由さも生きています。

演奏できないリクエストでも、歌なら応えられる

エリックが客席とのやり取りを楽しむ姿は、ソロのアコースティック公演では、さらに分かりやすくなります。
2012年のイタリア公演で「Just Take My Heart」を求められたとき、彼はまだ、その曲のギター伴奏を覚えていませんでした。自分ではピアノで書いた曲だったからです。

そこでエリックは、伴奏なしで歌いました。
のちにギターでも弾けるようにしたそうですが、その晩は、自分の声だけでリクエストに応えたのです。

この話が面白いのは、Mr. Bigの高度な演奏を、ソロでも一人で再現しようとしていないところです。
エリック自身の役目は歌うことだと分かっている。伴奏の形が変わっても、客席が聴きたい歌を届け、その反応を受けながら公演を進めていきます。

ただ、身軽な公演だから気楽に歌える、というわけでもありません。
本人は、アコースティックギターだけになると、バンドの大きな音に紛れていた声のかすれまで聴こえるので、緊張すると話しています。それでも、観客を交えた会話や、その日のリクエストを楽しみにしているのです。

「To Be with You」の親しみやすさも、こうした歌手のあり方と重なります。
歌声を立派に聴かせるだけでなく、目の前の人が何を歌いたいのかにも応える。エリックが声を張るとき、それは一方的に聴かせるためだけの大声にはならないのでしょう。

2018年、バリャドリード公演でのエリック・マーティン
2018年、バリャドリード公演でのエリック・マーティン。写真:MiguelAlanCS / CC BY-SA 4.0

ソロ公演や日本の曲のカバーへ活動が広がった過程は、エリック・マーティンの歌声の変遷でたどっています。伴奏や歌う曲が変わると、同じ歌手の声でも、耳に残るところが変わります。

うまい人の歌を、みんなの歌にする

「To Be with You」が一緒に歌いたくなる曲なのは、メロディが覚えやすいからだけではありません。
エリックは、話しかけるように歌い始め、気持ちが前へ出るサビで声を大きくします。そこに仲間のハーモニーと手拍子が加わるので、彼の熱唱を見上げるだけでなく、聴き手も同じ旋律に乗ることができるのです。

声にはロック歌手の力強さがあり、少しかすれた響きにも個性がある。
それでも、歌が終わったあとに残るのは、難しいことを見せつけられた感覚より、誰かと一緒に歌ったような楽しさです。

あのサビでは、エリックがうまく歌うことと、周りの人が歌いやすいことが、同じ曲の楽しさを増やしています。
主役の声がよく聞こえるのに、聴き手の入る場所もある。そこが、エリック・マーティンの歌の魅力です。

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