スティーヴン・タイラーの声といえば、突き抜ける高音や、ざらついた叫びを思い浮かべる人が多いでしょう。
エアロスミスの歌には、その高音が出るより前から体を動かしたくなる曲もあります。
「Walk This Way」です。
ドラムにギターが加わり、そこへタイラーの言葉が細かく入り込む。
歌はメロディーを聴かせると同時に、演奏のリズムをもう一段面白くしています。
あの独特の勢いは、声が大きいからだけでは生まれません。
**タイラーは、言葉をどの拍に置き、どこで切り、どこを長く歌うかによって、声そのものでも曲のリズムを作る歌手です。**
1975年の『Toys in the Attic』に収められた「Walk This Way」には、その面白さがよく表れています。
歌が入っても、ギターの面白さが消えない
「Walk This Way」の冒頭では、ジョーイ・クレイマーのドラムが短いパターンを刻み、ジョー・ペリーのギターが印象的なフレーズを繰り返します。
歌のない段階で、すでに曲の顔ができています。
ここへ歌手が加わるとき、その上を大きなメロディーで覆ってしまう歌い方も考えられるでしょう。
タイラーの歌は、別の動きをします。
言葉を細かく続けたと思うと、いったん切る。
歌が切れたところでは、ギターやドラムの音が耳に残ります。
ずっと歌で埋め尽くさないため、声が入ったあとも伴奏のリズムを追う楽しみが続くのです。
ドラマーのクレメンタイン・モスは、Rolandの記事で、この曲ではドラムのパターンが作る隙間で歌が息をつき、ギターも空いた場所を使っていると解説しています。
それぞれが好き勝手に細かく動くのではなく、ほかの音が出る場所を残しているわけです。
そう考えると、タイラーの早口は、単に言葉をたくさん詰め込む技ではありません。
言葉が続く部分と途切れる部分の両方が、曲の乗りやすさを作っています。
歌い終わりまで含めて一つのリズムとして聴くと、ギターとの組み合わせも見えてきます。

歌詞より先に、口がリズムを作っていた
この歌い方は、曲の作られ方ともつながっています。
タイラーは2013年のNMEの取材で、「Walk This Way」では意味のない音で歌うスキャットを先に作り、あとから歌詞を当てはめたと話しています。
最初から文章を用意し、それを音符に振り分けたわけではありません。
まず演奏に合わせて口を動かし、どんな音の並びなら気持ちよく歌えるかを作っていたのです。
言葉の意味が決まる前に、歌の弾み方はできていた。
そう聞くと、完成した曲で言葉が打楽器のように働くのも納得できます。
タイラーは、もともとドラムを叩いていた人でもあります。
1997年の番組『Fresh Air』では、ドラマーとしての経験が時間やビートの感覚に結びついていると語っています。
歌を歌っているときにも、どこを強く打ち、どこを空けるかという関心があるのでしょう。
もちろん、言葉をあとから付けたからといって、歌詞は何でもよかったという話ではありません。
リズムのある声に、人物や出来事を語る言葉が加われば、音の勢いと話の勢いを一緒に楽しめます。
タイラーの歌では、少しふざけた調子でしゃべり続ける人物まで浮かんでくる。
きれいな発音を一音ずつ並べるだけでは出しにくい、口の達者な人の面白さです。
短く刻む歌があるから、長い声が効く
言葉が細かく続く部分からサビへ進むと、曲名にもなっている短い呼びかけが繰り返されます。
さっきまでの言葉数の多さに比べると、耳に残す言葉はぐっと少なくなる。
そのぶん、タイラーが声を伸ばしたり、高い声を加えたりする動きが目立ちます。
最初から最後まで長い高音ばかりなら、高音は曲の通常運転になってしまいます。
この曲では、細かく刻む声をしばらく聴いたあとで、伸びる声に出会う。
だから、声の高さと一緒に、細かい言葉から長い声へ切り替わる開放感も味わえるのです。
ここで大切なのは、早口と高音を別々の得意技として数えないことです。
言葉を刻む部分の細かな動きが、サビの大きな歌を引き立てている。
タイラーは高い音を出す場所だけでなく、その手前をどう歌うかによっても、高音を印象づけています。
声のざらつきも、この流れの中で働きます。
短い言葉では、いたずらっぽさや押しの強さに結びつき、長い声では、勢いを抑えきれないような印象になる。
同じ歌手の声でも、言葉の長さが変わると、粗さの受け取り方まで変わります。
ヘッドホンより、いつもの歌う感覚を優先した
演奏に反応して歌うタイラーにとって、スタジオでの環境も大切でした。
ほかの楽器の音をヘッドホンから聴きながら歌う録音は、目の前でバンドが鳴るライブとは感覚が違います。
『Toys in the Attic』の録音担当ジェイ・メッシーナは、その違和感を減らす工夫をしています。
タイラーは、バンドが基本の演奏を録るときにも一緒に歌っていました。
その際、ヘッドホンを使わずに歌えるよう、スタジオにはスピーカーが置かれています。
スピーカーの音が歌のマイクへ入りにくくなるよう、録音側が配置や音の出し方を工夫していたのです。
つまり、歌手に録音機材の都合へ全面的に合わせてもらうのではなく、歌い慣れた感覚で声を出せるようにしていた。
メッシーナは、音作りに時間をかけすぎて、歌手の歌いたい気持ちを失わせてはいけないとも説明しています。
完成した歌には、あとから録った声や、複数のテイクから選んだ部分もあります。
それでも、録音の出発点には、ほかのメンバーの演奏にその場で反応するタイラーがいました。
「Walk This Way」の歌を、伴奏とは無関係に完成した早口だけで説明できないのは、こうした作り方にも理由がありそうです。

ラップになっても残った、歌の役割
1986年には、ヒップホップグループのRun-D.M.C.が、タイラーとペリーを迎えて「Walk This Way」を作り直します。
ラップを担当する二人と、サビを歌うタイラーが共存する版です。
原曲の細かい言葉の動きは、ラップの表現と近いところにありました。
ただし、タイラーがいる意味は、原曲の有名人が参加したことだけではありません。
ラップが言葉を畳みかけたあと、あの高く張ったサビが聞こえると、声の使い方がはっきり変わる。
原曲でタイラー一人が担っていた、細かな言葉と大きな歌の対比を、複数の歌い手が作る形にもなっています。
Run-D.M.C.版でも、細かな言葉のあとに、長く歌う声が来る面白さは残っています。
歌い手が増えたことで、原曲では一人の歌の中にあった対比が、ラッパーとロック歌手のやり取りとして楽しめるようになりました。
タイラーはその後、ゆったりと旋律を歌うバラードや、カントリーのソロ作品にも取り組みます。
短く言葉を刻む声以外の魅力がどう広がったかは、スティーヴン・タイラーの歌声の変遷でもたどっています。
あの高音が出る前から、歌は面白い
「Walk This Way」に戻ると、タイラーの高音を待つ時間も、十分に面白いことに気づきます。
言葉を細かく置く。途中で切る。ギターを聞かせる。そして、短い呼びかけを大きく歌う。
その順番があるから、サビで声が伸びたときの気持ちよさが生まれます。
タイラーの歌がリズミカルなのは、ただ拍を外さずに歌うからではありません。
言葉を続ける場所と休む場所を作り、バンドの音に反応しながら、曲の勢いを変えているからです。
高音は、その流れの中で一段大きな動きになる。
叫ぶところだけを取り出すと、タイラーは強烈な声の持ち主に見えます。
そこへ至るまでを聴くと、強烈な声がいちばん面白く聞こえるように、歌全体を動かしている人でもあるのです。
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