Soundgardenのライブでは、観客をどれだけ熱狂させられるかが、良い公演の目安だった。
けれど一人でアコースティックギターを弾いて歌うときには、客席が静まり返ることで、うまくいっていると分かる。
クリス・コーネルは、2011年のツアーで、そんな違いを感じていました。
同じ声で歌っているのに、観客に起こることが変わる。
その間にあったのは、高い声が出るかどうかだけではなく、バンドや伴奏の変化、自分の曲を歌い直す経験でした。
1991年のSoundgardenからAudioslaveを経て、2015年のアコースティックな作品まで、コーネルの歌が広がった過程をたどります。
1991年、重い演奏の上を駆け上がる「Outshined」
1991年の『Badmotorfinger』に収められた「Outshined」では、ギターの重いフレーズが繰り返されます。
コーネルはその上で、低めの音で歌うところから、高く張る声へ進んでいきます。
低い声にも厚みがあり、そこから上がる高音には、荒い響きを伴った強さがあります。
歌を一つの高さにとどめず、大きく上へ動かすことで、同じリフが続く曲にも違う景色が生まれます。
ここでいうリフは、ギターなどが繰り返す短いフレーズのことです。
演奏の重さを保ったまま、歌声が高いところへ抜けるため、その上昇がいっそう目立ちます。
この時期のコーネルを、強い声の持ち主として覚えるのは自然なことです。
ただ、ずっと高い音だけで歌っているのではありません。
低く始めた声が上がっていくからこそ、声の幅と勢いが、曲の展開として伝わってきます。
1994年、強さの中から長いメロディが前に出る
1994年の『Superunknown』では、「Black Hole Sun」が大きなヒットになりました。
この曲は、歌い出しの落ち着いた声から、長く伸ばせるサビの旋律へ進んでいきます。
リフの上で歌が鋭く飛び出す面白さに加えて、歌のメロディそのものを覚えて口ずさめる曲でした。
コーネルは、広く聴かれた理由の一つに、メロディや、繰り返し唱えられるサビの形を挙げています。
歌詞は一つの物語として説明しにくくても、旋律の流れは耳に残る。
声は激しさを伝えるだけでなく、奇妙な言葉を一つの歌としてつなぐ役割も持っています。
同じアルバムの「Fell on Black Days」でも、静かに進む歌と、声を張る歌の両方が聴きどころになります。
穏やかな歌い出しから不安がにじみ、強く歌うところで、その気持ちが前に出る。
この頃には、後年の弾き語りへ持ち込めるような、声の強弱を生かした曲がそろっていました。
「Black Hole Sun」の美しい旋律がなぜ不穏に響くのかは、クリス・コーネルの歌い方で、曲の生まれ方も含めて詳しく見ています。
2002年、Audioslaveで歌う「Like a Stone」
1997年にSoundgardenが解散したあと、コーネルは1999年にソロ作『Euphoria Morning』を発表します。
その後、Rage Against the Machineの楽器を担当していた三人と、Audioslaveを結成しました。
ギターのトム・モレロ、ベースのティム・コマーフォード、ドラムのブラッド・ウィルクと組んだ、新しい四人のバンドです。
2002年のデビュー作『Audioslave』では、最初のシングル「Cochise」が、激しい声と演奏を聴かせました。
それに続く「Like a Stone」について、ドラマーのウィルクは、今度は柔らかい曲でアルバムの幅を示せると話しています。
バンドの代表曲になったのは、勢いよく突き進む歌だけではなかったのです。
「Like a Stone」の歌い出しでは、コーネルの声は低く落ち着いています。
演奏も歌の前を埋め尽くさず、声がゆっくり旋律をたどれる場所を残す。
そこからサビで声が上がると、抑えていた願いが大きく表れるように聞こえます。
「Outshined」の高音が、重いリフの上を突き抜けていたとすれば、この曲の高音には、遠くへ呼びかけ続けるような長さがあります。
コーネルだと分かる荒い響きは残りながら、その強さが、急ぐことよりも、言葉を長く歌うことに使われています。
共演する三人が変わったことで、同じ声の違う使い方が前に出た曲です。
2006〜2009年、映画の主題歌も、電子的なビートも歌う

2006年、コーネルは映画『007 カジノ・ロワイヤル』の主題歌「You Know My Name」を、作曲家デヴィッド・アーノルドと作りました。
ダニエル・クレイグが演じる新しいボンドに合う、強い男性の歌が求められた仕事でした。
曲は2007年のソロ作『Carry On』にも収められます。
ここでの張りのある歌は、映画の始まりを一気に盛り上げます。
コーネル自身も、映画のために書くことで、架空の世界へ入っていけたと話しています。
自分のバンドが何を歌うかだけでなく、別の物語に自分の声をどう使うか、という仕事でもありました。
2009年の『Scream』では、ヒップホップやR&Bのプロデューサー、ティンバランド(Timbaland)と組み、電子的なビートを中心にした音楽にも取り組みます。
従来のバンドの音を期待したファンの反応は割れましたが、本人は後年、この共同制作で得られた音楽に満足していると話しています。
自分はこう聞こえるべきだ、という思い込みから離れられた経験でもあったのです。
こうした作品を経て、ソロで歌う場所は広がっていきました。
映画を盛り上げる強い声と、ビートに合わせて進む声。
どちらも、Soundgardenの激しい演奏の中で歌うこととは、違う選択を求める音楽でした。
2011年、一人で歌うと、昔の曲が同じ公演につながった

2011年の『Songbook』は、アコースティックなライブを記録したアルバムです。
Soundgarden、Audioslave、Temple of the Dogの曲やソロ曲、ほかの歌手のカバーが、一人の歌とギターを中心に並びます。
違うバンド名で発表した曲でも、同じ人の声で歌い直すと、一つの公演の中で自然につながっていきました。
この形式は、突然始めたものではありません。
Audioslaveの公演中に一、二曲だったアコースティックの時間が、次第に五、六曲へ増えていったと本人は話しています。
大きなバンドの音をいったん止め、一人とギターだけになる時間を、以前から楽しんでいたのです。
ただ、どの曲も伴奏を減らせば完成するわけではありませんでした。
「Spoonman」は、もともとのデモがアコースティックギターだったにもかかわらず、当時の本人には、弾き語りでうまく歌える形が見つかっていませんでした。
Soundgardenで演奏したときの良さにも届かず、弾き語りならではの聴きどころも、まだ作れていないと考えていたのです。
アコースティックで作った曲だから、アコースティックの公演でも必ず映える、とは限らない。
歌とギターだけにしたときにも、その曲を聴きたいと思える形を探していました。
声の強さがあれば何でも成立する、と考えず、曲ごとに歌い方と伴奏を選んでいたことが分かります。
2015年、過去の名曲を歌い直すだけで終わらない
この間、Soundgardenも2010年に再始動し、2012年には『King Animal』を発表しています。
コーネルはバンドでの活動も続けながら、アコースティックな公演に取り組んでいました。
2015年の『Higher Truth』は、アコースティックな公演を続けた経験から生まれました。
コーネルは、昔の曲を振り返るだけのツアーにせず、新しい曲も歌っていけるように、この作品を作ったと説明しています。
弾き語りが、過去の歌を小さな編成に直す方法から、新しい歌を書くための場所へ変わっていました。
同じ年のラジオ局での演奏には、プリンスが書き、シネイド・オコナーの歌で広く知られた「Nothing Compares 2 U」のカバーがあります。
コーネルの声は静かに言葉を運び、長く伸ばすところでは、ざらついた響きも前に出てきます。
小さな編成の中でも、声の持つ強さまで小さくなったわけではありません。
この歌では、バンドの音を越えるために声を張る必要がありません。
声が強くなるところを、歌の中の気持ちが高まる瞬間として受け取りやすくなります。
一つの言葉をどう伸ばすか、強くした声をどう落ち着かせるかまで、歌の表情として聴けるのです。
コーネルは、Songbookのツアーを始めてから、ソロ歌手としての自分がどんな人なのか、はっきりしてきたとも話しています。
違うバンドの曲も、自作曲もカバーも、同じ声で歌ってみると、一人の歌手の音楽としてつながる。
新しい作品の手応えは、音を減らしたことだけでなく、そのつながりを見つけたことにもありました。
観客を熱狂させる声が、静かに聴かれる声にもなった
「Outshined」では、重いリフの上へ駆け上がる声が印象に残ります。
「Black Hole Sun」では、長いメロディと繰り返しが、不穏な気分を深める。
「Like a Stone」では、落ち着いた声から、遠くへ呼びかけるような高音へ進んでいきます。
後年の弾き語りは、その声の強さや荒さを取り去ったものではありませんでした。
伴奏が少なくなったことで、同じ特徴が、もっと近い距離で聞こえるようになったのです。
強く歌う前後の静かな声にも、観客が耳を澄ませるようになりました。
冒頭の、熱狂と静けさの違いへ戻ると、コーネルが見つけたものが分かります。
会場を沸かせるほどの高音を持つ人が、声を抑えるところや、言葉をゆっくり歌うところでも、客席を引きつけられる。
長い活動の中で、その両方を自分の歌として聴かせるようになった人でした。
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