大川栄策の男歌には、力強い声の中へ柔らかな音色を置く工夫があります。
本人の歌唱解説に登場するのは、太い胸声、頭声、そして裏声に近い抜き声です。
「あばれ舟唄」と「男一途」では、その使い分けが具体的に示されています。
さらに「みれん舟」の解説からは、感情を抑えても声まで小さくしすぎない、細かな表現の考え方が見えてきます。
「あばれ舟唄」|本人公式ステージ映像(2024年公開)
「あばれ舟唄」、同じ高音を二つの音色で歌う
海で働く男を歌う「あばれ舟唄」には、もっとも高い音が繰り返し出てくる箇所があります。
最初の「また」では男の強さを表し、そのあとに同じ高さで出てくる「おんな」では、力強さを求めない。
大川は後者に、ファルセット、つまり裏声に近い抜き声を使うよう説明しています。
高い音のまま、音色と表情を変える工夫です。
大川はこれを強と弱の歌い分けとし、二つの音色によって歌の表情を豊かにする方法として示しています。
高音の高さだけを追っていると見落としやすい、男歌の中の声の選択です。
音程を変えずに、強く踏み出す男の姿から、別の表情へ移る。
同じ高音を二度とも力いっぱい出せばよい、という説明ではありません。
その言葉で何を表すかに応じて、声の太さや力の入れ方を選んでいるのです。
この曲では、リズムの捉え方も重要です。
本人の解説では、歌い出しは小節の四拍目から始まるため、イントロのリズムをよく聴いて入るよう説明されています。
櫓を漕ぐような揺れに乗って歌うというイメージも示しました。
声の勢いだけで飛び出すのではなく、伴奏の動きの中へ入っていく歌い出しです。
また、終盤の掛け声は、舟の仲間と呼吸を合わせる場面として説明しています。
声にする言葉が、仲間へ向けた呼びかけになる。
高音の使い分けだけでなく、リズムや声を向ける相手まで含めて、一曲の人物像が作られているのです。
「男一途」、一つのフレーズの中でも声を変える
「男一途」では、「命が枯れる」というひと続きの言葉に二つの声を指定しています。
前半は太い胸声、後半は本人が頭声と呼ぶ、頭に響かせる感覚の声です。
後半の語尾には、声の揺れも加えます。
さらに別の箇所では、声を上へ放り投げるような感覚を示し、裏声気味にして揺らすよう説明しています。
一言ごとに音色が変わっていくため、大きく歌い上げる場面の中にも、太さや軽さの違いが生まれます。
ここでいう胸声や頭声は、大川が歌い手へ伝えるために用いている、響きの感覚を含む言葉です。
その説明を読むと、同じ調子で一文を歌い通すよりも、言葉の変わり目で音色を動かすことに関心があるとわかります。
一つのフレーズの中で太い響きから軽い響きへ移ることが、人物の心を演じる手段になっています。
さらに終盤では、「俺は」という同じ言葉の反復にも違う表情をつけます。
最初は低い音を柔らかく、次は声を少し浮かせるようにしみじみと、最後はもっとも強く表す。
大川は、最初は自分の心へ、次は目の前の一人へ、最後は大きな空間にいる人々へ訴える気持ちだと説明しています。
三回の繰り返しが、同じ主張をただ強調するだけではなく、声の届く先を広げる流れになるのです。
太さや軽さを切り替える理由が、言葉を誰に届けるかという想像とつながっています。
音色の技術と人物の気持ちを、切り離さずに扱う解説です。

画像出典:写真掲載元
「男一途」|本人公式公開映像(2013年公開)
力強さを作るときも、声の響きを保つ
大川は「男一途」の冒頭について、勇ましく力むと曲の味わいが違う方向へ行くと説明しています。
また、人物を生々しく表そうとして声を押さえつけたり、必要以上に強い声を出そうとしすぎたりせず、自分の響きを保つことも勧めています。
この冒頭はギターの独奏から始まり、最初の二行はリズムの楽器が薄い編曲だと、本人が説明しています。
そこで大切になるのが、言葉の切れと、語りかける感覚でした。
伴奏が厚くない場所では、言葉をどこに置くかが、そのまま歌の進み方を作ります。
また、まず詞を朗読して、七五調の言葉のリズムを感じるよう勧めています。
旋律に乗せる前の言葉の響きから、歌の切れを探す方法です。
胸声や頭声といった音色の指定も、こうした言葉の流れの上に置かれているのです。
「みれん舟」は、感情を抑えても声を失わない
女性の心情を扱う「みれん舟」では、別の角度から声の使い分けが説明されています。
突然姿を消した相手を思い、取り残された女性の気持ちが揺れる歌です。
大川は、冒頭から強い感情を表す歌い出しでも、柔らかな響きを大事にするよう述べています。
とくに興味深いのは、しっとりと切なさを込める箇所で、音量を極端に下げないよう念を押していることです。
静かな気持ちを歌うことと、声の大きさを小さくすることは、必ずしも一緒ではない。
十分に声を響かせたまま、人物の悲しさを表す余地があるのです。
途中では、いったん自分の姿を外から見るように語り、再び相手を思って感情が高ぶる、という流れも示しています。
落ち着いた部分では細かくリズムを刻み、相手をなじる思いに移ると、言葉の終わりにも粘りを持たせる。
同じ女性の思いを、拍の扱いと言葉の引き方によって描き分けています。
クライマックスの次は、感情が急に冷めるような表現へ移ります。
ここでも大川は、声や音量の差をつけすぎず、言葉を明確に出すよう説明しました。
感情の振れ幅は大きくても、声の大きさまで同じ幅で上下させる必要はないのです。
「あばれ舟唄」の抜き声と、「みれん舟」の感情を抑える場面を比べると、柔らかさの作り方にも違いがあるとわかります。
ある曲では音色を変え、別の曲では響きを保ちながら、言葉の調子を変える。
大川が示す弱さや静けさには、いくつもの選択があります。
自分の声に合う表情から、歌を考える
「さざんかの宿」などの艶のある歌については、自分の声に合い、柔らかく声を出すほうがよいと語る大川です。
2019年の取材では、自分は演歌のこぶしを多く用い、音の落差で表現する歌い手だと説明しています。
そのうえで、低い声に美しさがあるのか、高い声が得意なのか、自分の声の特徴を踏まえて歌い方を考えることを勧めていました。
プロの録音も、歌い手ごとに感性の違う人が向き合うための見本だと、大川は捉えています。
細かな歌唱解説があっても、それを誰もが一律に再現すれば完成するとは考えていないのです。
言葉の感情をつかみ、持っている声でどう表すかを選ぶことが、歌の土台にあります。
男歌でも、その声の使い道は細かく分かれています。
同じ高音を抜き声へ変える箇所や、一つのフレーズの中で胸声から頭声へ移る箇所に注目すると、力強い歌の中に置かれた柔らかさが見えてきます。
「駅」と「再会」のあいだで語りと歌い上げの配置をどう変えたのかは、大川栄策の歌唱変遷で扱っています。







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