アース・ウインド&ファイアーのフィリップ・ベイリーには、「あの高い声の人」という、すぐに思い浮かぶ特徴があります。
1975年の「Reasons」は、その声を一曲の主役にした代表曲です。
けれど、ソロ作品を年代順にたどると、裏声の使い道は少しずつ変わっていきます。
フィル・コリンズと組んだ「Easy Lover」では、勢いのある二人の歌へ。
後のジャズ作品では、よく知られた曲のテンポや歌い回しを変え、自分の声で歌い直す方向へ進みました。
声の変遷を「昔と同じ高音が出るか」だけで考えると、この変化を見落としてしまいます。
フィリップの場合は、誰と、どんな曲を歌うようになったかを追うと、高音の持ち主としての印象が広がっていきます。
1970年代――バンドの高い声を任される
フィリップは1972年にアース・ウインド&ファイアーへ加わりました。
後年、彼は加入を誘われたときの場面を語っています。
モーリスとヴァーダイン・ホワイトが訪ねてきたのは、床にマットレスを置いただけの小さな部屋でした。
そこでフィリップが出した条件は、世界一のバンドに入りたい、というものでした。
大きなことを言う若者には、モーリスを驚かせる歌声がありました。
高い裏声で、強く、しかも声を制御しながら歌える。
その声が加わり、モーリスの低い歌との対比が、バンドの特徴になっていきます。
1975年の『That’s the Way of the World』では、「Reasons」のリードをフィリップが担当しました。
ゆったりしたバラードで、彼の裏声を一曲にわたって聴ける作品です。
バンドの曲の中で高音が印象に残る、という段階から、フィリップの声そのものを目当てに聴く曲が生まれた、と捉えることもできます。
もともと低い声も歌えた彼が、なぜ裏声を強く印象づける歌手になったのか。
モーリスとの分担や「Reasons」の聴きどころは、フィリップ・ベイリーの歌い方で詳しく扱っています。
1984年――「Easy Lover」は、二人で歌う曲になった
ソロ・アルバム『Chinese Wall』では、フィリップの声に別の相手が組み合わされました。
プロデュースを担当した、ジェネシスのフィル・コリンズです。
コリンズはドラムも歌も担当できる音楽家ですが、「Easy Lover」は、最初から二人のデュエットとして完成していたわけではありません。
制作に参加したベーシスト、ネイザン・イーストは、アルバムをほぼ録り終えたころ、フィリップが決定的なシングル曲を欲しがっていたと振り返っています。
イーストがピアノで弾き始めたコードをもとに曲ができ、コリンズが持ち帰って歌詞を書きました。
その歌を聴いた一同が、二人で歌うべきだと感じたのです。
実際にコリンズの歌声を聴いて、二人で歌う形が選ばれました。
フィリップの高く澄んだ声と、コリンズのかすれた声が交互に現れ、重なります。
「Reasons」のように一人の高い声を長く味わうバラードから、ドラムやギターの勢いに乗って二人が歌う曲へ。
相手が歌えば自分は待ち、二人で歌うところでは声を合わせる。
フィリップの高音は、その交代や重なりによって、コリンズの声との違いを印象づけます。
「Easy Lover」は、バンドで覚えられた高音が、別の組み合わせでも強い個性になることを広く伝えた曲でした。

1999年――ジャズを歌いたい。でも、形は一つではなかった
フィリップにとって、ソロはアース・ウインド&ファイアーを捨てて始める活動ではありませんでした。
バンドには独自の音と自分の役割がある。
その外で、別の音楽家と新しいことをする時間も持ちたい。
本人は、ソロ作品を作り続ける意味を、そのように説明しています。
1999年の『Dreams』では、子どものころから親しんできたジャズを歌おうとしました。
当初の考えは、長く歌い継がれてきたスタンダード曲のアルバムです。
しかしレーベル側は、ジャズの要素を持ちながら、ラジオでも親しまれやすい作品を望みました。
その結果、ジャズの演奏家たちと組んで、ポップスの曲も歌うアルバムになっています。
たとえば、ブレッドの「Make It with You」は、短調を用いた内省的なアレンジへ変わりました。
アース・ウインド&ファイアーの「Sail Away」も歌い直しています。
すでに知っている曲でも、伴奏や和音の雰囲気が変われば、歌手が聴かせる表情も変わる。
ここでは、高音を印象づけることに加えて、曲をどう解釈し直すかが前面に出てきました。
2019年――速い語りを、ゆったりした歌へ変える
『Dreams』から20年後の『Love Will Find a Way』では、曲を歌い直す試みがさらに広がります。
フィリップは自分で制作費を出し、バンドのツアーの合間に、2年以上をかけてアルバムを作りました。
ロバート・グラスパーやチック・コリア、カマシ・ワシントンらが参加しています。
変化が分かりやすいのは、トーキング・ヘッズの「Once in a Lifetime」です。
原曲を知っている人には、デヴィッド・バーンの、話しかけるような性急な歌い方が思い浮かぶでしょう。
フィリップの版ではテンポを落とし、ゆったりしたコーラスと語りを交えた曲へ作り替えています。
単に、バーンのパートを高い声で置き換えたのではありません。
曲の進む速さや、言葉を歌う時間そのものが変わっています。
フィリップは、この曲の歌詞が自分にも響き、自分の歌として取り組めると感じたと話しています。
自分にも関わりのある言葉として歌うために、原曲とは違う、ゆったりした歌の形を選んだと受け取れます。
「Reasons」から聴いてきた人には、同じ高音の歌手が、こんなに違う曲を自分のものにできるのか、という驚きがあります。
声の高さが残っているからこそ、その声を使う音楽の変化も見つけやすいのです。
歌う言葉にも、選び直す理由があった
このアルバムで取り上げたのは、歌って楽しい昔の曲ばかりではありません。
フィリップは、当時の社会や政治の緊張を感じ、カーティス・メイフィールド、アビー・リンカーン、マーヴィン・ゲイらの作品を選んでいます。
過去の曲が、自分たちの生きている時代にも関係していると考えたのです。
「Billy Jack」では、メイフィールドの曲を、アフリカの音楽を思わせるリズムと裏声の組み合わせで歌い直しました。
一方、「We’re a Winner」では、同じく裏声を使うビラルが加わります。
懐かしい曲を再現するアルバムというより、歌う意味を感じる曲を、今一緒に作りたい音楽家たちと作り直した作品でした。
フィリップの声が甘いからといって、いつも甘い気分の歌だけを選んでいるわけではありません。
その声で何を歌うかまで含めると、長年の経験が作品にどう表れているかが分かります。

変わらない高音と、変えてきた歌の形
1970年代のフィリップは、アース・ウインド&ファイアーの高い声として存在感を示し、「Reasons」で裏声を一曲の主役にしました。
1984年の「Easy Lover」では、コリンズとの二人の歌が、勢いのあるポップスを作ります。
『Dreams』や『Love Will Find a Way』では、すでにある曲の和音、テンポ、共演者を変え、自分の歌として聴かせる楽しみが増えていきました。
この歩みは、年を重ねるほど声が低くなる、といった一本の線では説明できません。
高音を大切にしながら、その声を使ってできることを増やしてきた歩みです。
「Reasons」の伸びやかな歌から、2019年版「Once in a Lifetime」のゆったりした歌へ聴き進めてみると、どちらもフィリップだと分かるのに、歌の雰囲気は大きく違います。
自分の声だと分かってもらえる個性を持ったまま、歌える音楽を広げてきたのです。
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