2019年、アース・ウインド&ファイアーでのツアーを続けながら、フィリップ・ベイリーは新しいソロアルバムに2年以上をかけました。制作費も自分で出しています。本人は、こういう作品に資金を出してくれる人は見つからないと思った、と話しました。
「Reasons」の裏声やフィル・コリンズとの「Easy Lover」で、すでに広く知られていた歌手です。それでも、なぜ時間とお金をかけて、昔の曲をもう一度歌おうとしたのでしょうか。1970年代に任された高い声が、共演相手と歌う曲を変えながら、別の役割を持つようになった歩みをたどります。
1975年|「Reasons」で、高い声が一曲を任された
フィリップがアース・ウインド&ファイアーに加わったとき、リーダーのモーリス・ホワイトが驚いたのは、単に高い音を出せることではありませんでした。後にモーリスは、甘さのある裏声で強く歌い、なお制御できることを初めてのリハーサルの記憶として書いています。歌手だけのグループではなく、楽器を演奏するバンドにその声が入ることにも価値を見ました。
1975年のアルバム『That’s the Way of the World』に収められた「Reasons」は、その声が一曲の主旋律を担うバラードです。高音が一瞬の飾りで終わらず、言葉と旋律を最後まで運ぶ。フィリップの声がバンドの看板として覚えられていく起点になりました。
ただし、フィリップにとって高い声だけが自分のすべてだったわけではありません。子どものころから好きだったのはジャズで、友人の家にあったマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンらのレコードを聴き込んでいた、と本人は振り返っています。バンドで求められる声と、彼が歌ってみたい音楽。その両方が長く並んでいました。
「Reasons」で裏声の強弱をどう作るか、モーリスとの声の分担については、フィリップ・ベイリーの歌い方で詳しく扱っています。
1984年|「Easy Lover」は、二人で歌うことになった
ソロアルバム『Chinese Wall』の制作終盤、フィリップはレコード会社が選べる決定的なシングル曲を欲しがっていました。録音に参加したベーシストのネイザン・イーストがピアノで弾いたコードから曲が形になり、フィル・コリンズが歌詞を書いて持ち帰ります。コリンズの歌を聴いた一同は、フィリップと二人で歌うべきだと考えました。
「Reasons」ではフィリップの高音が主旋律を引き受けます。「Easy Lover」では、コリンズが歌う間は相手を立て、二人の声が重なるところでは自分の声を響かせる。バンドで覚えられた高音は、別の歌手と一曲を分け合うときにも個性を示しました。
ヒットのあとも、フィリップはアース・ウインド&ファイアーから離れてソロに専念したわけではありません。バンドの舞台を続けながら、自分の作品では別の音楽家や曲と向き合います。その一つが、昔から親しんでいたジャズでした。
1999年|歌いたかったスタンダードは、別のアルバムになった
『Dreams』を作るとき、フィリップはまずジャズのスタンダード曲を歌うアルバムを考えました。しかし、レーベル側が望んだのは、ジャズの要素を残しつつ、ラジオでも親しまれやすい作品でした。完成したアルバムにはジャズの演奏家が参加する一方、ブレッドの「Make It with You」やアース・ウインド&ファイアーの「Sail Away」など、ポップスや自分たちの曲も入っています。
これは、ジャズを歌えなかったという話ではありません。本人は当時の取材で、アース・ウインド&ファイアーでは自分に役割があり、ソロ活動はそこに収まらない可能性を伸ばす場だと説明しています。『Dreams』では、歌声そのものの使い方も広がりました。『AllMusic』の評は、高い声と低い歌の線を対比させてから重ねる歌声の制作に注目しています。高音だけで一曲を押し通すのではなく、自分の声の高低を一つの録音の中で組み合わせたのです。
アルバムに入った「Something to Remind You」は、パット・メセニーとライル・メイズの曲です。フィリップが声をかけたとき、メセニーは、この曲にアース・ウインド&ファイアーの影響があると伝えました。息子のサー・ベイリーが歌詞を書き、もとの器楽曲をフィリップの歌にしたのです。かつてバンドの音に影響を受けた奏者の曲へ、今度は彼が言葉を与える。高い声を披露するだけではない、歌手としての仕事が見えてきます。
2002年|ジャズを懐かしい音楽の再現で終わらせない
続く『Soul on Jazz』では、「Nature Boy」やセロニアス・モンクの曲に加え、アース・ウインド&ファイアーの「Keep Your Head to the Sky」も新しい編曲で取り上げました。フィリップによれば、2001年9月11日以降、この曲を舞台で励ましの言葉として歌っていました。アルバムで取り上げたのも、当時の世界の状況を考えたうえでの選択です。
歌い方にも違いがありました。2002年の『Mix』の取材は、バンドではあまり前面に出ない中低音にもフィリップの魅力があると記し、このアルバムでは鋭い裏声とは違う、落ち着いた調子で歌っていると評しています。本人も、バンドの役割を理解しているからこそ別の表現をソロで試すと話しました。昔の歌を保存するのでなく、今届けたい言葉と声の置き方を選ぶ。ジャズの作品で社会に向けた歌を作る試みは、2019年より前に始まっていたのです。

2019年|昔の曲を、今の問題に向けて歌う
『Love Will Find a Way』に着手した理由を聞かれ、フィリップは当時の社会や政治の緊張を挙げました。カーティス・メイフィールドやアビー・リンカーン、マーヴィン・ゲイの曲に、今も向き合う問題があると感じたのです。2年以上かけ、自費で完成まで進めたのは、その選曲を実現したかったからでした。
トーキング・ヘッズの「Once in a Lifetime」も取り上げています。2019年の『Jazz Journal』は、この曲をテンポを落とした歌へ作り替え、コーラスに語りを交えた点を評しました。デヴィッド・バーンの歌を高い声でなぞるのではなく、言葉を置く時間から変えたのです。フィリップ自身、この曲の歌詞が自分にも響き、自分の歌として向き合えると話しています。
カーティス・メイフィールドの「We’re a Winner」には、ビラルが参加しました。フィリップはビラルの声を楽器のように使う姿勢に惹かれ、二人の裏声が合うと考えています。二人が同じスタジオで歌ったわけではなく、データを送って歌を重ねました。若い日のモーリスとの高低の対比とも、「Easy Lover」のコリンズとの交代歌唱とも違う共演です。
このアルバムでは、昔からある歌を、今その言葉を届けたい相手や共演者を考えて選びました。2002年に「Keep Your Head to the Sky」を励ましの歌として歌い直した経験ともつながります。2019年には「Once in a Lifetime」で声を張り上げる代わりに語りを交え、ビラルとは互いの裏声を重ねました。同じ高い声でも、一曲の中で担わせる仕事は同じではありません。

裏声を保ったまま、歌の役割を広げた
「Reasons」で一曲を任された裏声は、「Easy Lover」では別の歌手と分け合う声になりました。『Dreams』では高音と低い歌を組み合わせ、『Soul on Jazz』ではバンドの鋭い裏声から離れた、落ち着いた歌にも取り組みます。2019年には、社会の問題を感じる古い歌を、今の共演者と歌い直しました。
変わったのは、裏声を出せるかどうかだけではありません。その声で誰と歌い、どの言葉に時間をかけるかです。「Once in a Lifetime」では、長く伸ばす歌の間に語りを交えました。「Reasons」で知られた声の持ち主が、声を響かせる場面だけでなく、言葉を静かに置く場面も作っているのです。

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