春日八郎の歌い方|張りのある高音と、「お富さん」の弾む言葉

カウンターでほほ笑む春日八郎。ユーキャン掲載写真。撮影年は不明 シンガー
カウンターでほほ笑む春日八郎。ユーキャン掲載写真。撮影年は不明

春日八郎の声には、張りのある高音を聴かせる華やかさがある。
けれど、「お富さん」を人々が口ずさんだ理由には、言葉とリズムの心地よさもあった。
高音の印象が強い歌手の歌を、低い音や言葉の運び方から見直してみたい。

「お富さん」。
SP原盤を収録した『春日八郎 ヒット・アルバム Vol.1』(2006年発売)の音源。

張りのある声でも、力んだ歌とは限らない

春日八郎の高音と格調のある歌唱は、春日節として親しまれてきた。
声がよく通る歌手を思い浮かべると、力いっぱい歌う姿を想像しやすい。
しかし、昭和歌謡を振り返るライターの村澤次郎は、春日の歌を、力まずさらりと歌うところに魅力があったものとして捉えている。

その見方を知ると、張りのある高音という言葉の意味が少し広がる。
声の存在感があることと、一つひとつの言葉を強く押し出すことは、分けて考えられるからだ。
春日節を理解するには、高音の華やかさに加えて、歌全体の運び方にも目を向けたい。

長いフレーズと細かな節を、軽く運ぶ

春日のレコードを聴き込んだ竹木貝石の個人評は、長いフレーズを軽々と歌い、息継ぎが目立たないことに注目している。
一つの高音を強く出すことだけでなく、そこへ至る言葉の流れを保つところにも、春日の歌唱の魅力を感じているのだ。

同じ評者は、細かな節を加えながら伴奏の拍に収める軽快さも挙げている。
節が多い歌を、必ずしもゆっくり粘って歌うとは限らない。
細かな動きがあっても曲の進行を止めずに運ぶ、という聴き方である。

「裏町夜曲」については、歌と管弦楽が落ち着いて進む中、独特の節がわびしさを生むと評している。
声を揺らす細工を、ただ華やかに聞かせるためのものと考えると、この感情の働きが抜け落ちてしまう。
落ち着いた歌の中に、言葉だけでは言い尽くせない寂しさを添える使い方もあったと読める。

これらは録音に対する聴き手の評価であり、肺活量や呼吸の仕組みを測った結果ではない。
声の通りのよさ、言葉の流れ、節が生む情感を分けて聴くと、力まず歌うという村澤の評ともつながってくる。

「お富さん」は、言葉の意味より先に弾む

1954年に大ヒットした「お富さん」は、歌舞伎の物語を題材にしている。
それでも、物語の事情を知っている大人だけの歌にはならなかった。
子どもたちまで口ずさむ歌になったところに、この曲の歌い方を考える面白さがある。

音楽評論家の佐藤剛は、「お富さん」の魅力を、リズムの裏に合わせて弾む歌として説明している。
ここでいう裏は、手拍子で数える拍の間にある位置のことだ。
言葉がリズムに乗って弾むことで、歌の楽しさが、物語を理解するよりも先に届く。

佐藤は、このリズムを、作曲者の渡久地政信が育った沖縄・奄美の音楽に結びつけている。
沖縄の踊りに通じるカチャーシーの高揚感と手拍子が、歌の楽しさを支えるという見方だ。
歌舞伎の物語を、踊りたくなる音楽として歌えるところに、この曲の取り合わせの面白さがある。

そこへ、日本語の語呂のよさが重なる。
言葉の響きを弾むリズムで歌うから、物語を詳しく知らない子どもにも、口ずさむ楽しさが届いたのである。

「赤いランプの終列車」は、リズムと哀愁が一緒に進む

リズムの心地よさは、陽気な「お富さん」だけの特徴ではない。
大垣市の江口夜詩メモリアルコーナーの解説は、「赤いランプの終列車」を、リズミカルでありながら哀愁を持つ作品として紹介している。
前奏や間奏のアフタービートにも触れ、曲を動かす伴奏の工夫を評価している。

この曲を見ると、寂しさを表す歌なら、すべての言葉を重く長く歌うはずだとは考えにくくなる。
曲の流れはリズミカルに進み、その中で声が情景を運ぶ。
歌の感情と伴奏の勢いを同じものにせず、両方が重なるところへ耳を向けると、春日の歌の爽やかさと哀愁を一緒に捉えられる。

同じ解説には、春日が歌った「瓢簞ブギ」も登場する。
地方小唄へブギのリズムを取り込んだ作品で、歌謡曲と踊りの音楽がつながるもう一つの例だ。
この曲は1954年、養老観光協会の依頼を受け、江口が故郷への思いを込めて作ったものだった。
土地に根ざした歌を軽快なリズムで届ける選択は、春日の高音の華やかさを、親しみやすい歌へ結びつける背景としても捉えられる。

張りのある声を、どんなリズムの中に置くかでも、春日節の表情は変わって見える。

白い衣装でマイクの前に立つ春日八郎。ユーキャン掲載写真。撮影年・歌唱曲は不明
白い衣装でマイクの前に立つ春日八郎。
ユーキャン掲載写真。
撮影年・歌唱曲は不明。
画像出典:写真掲載元

「別れの一本杉」の雰囲気には、低音も関わる

「お富さん」の弾む歌とは別の角度から春日の声を考えられるのが、「別れの一本杉」だ。
この曲をカバーした福田こうへいは、歌うときに低音へ気を配ったと話している。
春日の歌を覚えている人が、その記憶と照らし合わせられるように、本人に近い雰囲気を出したかったという。

福田はこのカバー集の取材で、歌の味を残すため、元の歌手の特徴を崩さないようにしたと説明している。
聴いた人が、その歌手らしいと分かる声の印象を大切にしていたのだ。
「別れの一本杉」の低音への配慮も、その考え方の中に置くと分かりやすい。

高いところだけを華やかに似せても、歌全体の雰囲気が重なるとは限らない。
低い音でどんな声を置くかによって、次に上がる声の感じ方も変わる。
福田が気を配ったのは、春日の声を記憶している人に、一曲を通してその面影を届けることだった。

「別れの一本杉」。
SP原盤を収録した『春日八郎 ヒット・アルバム Vol.2』(2006年発売)の音源。

高音で知られる歌手の曲を歌うために、別の歌手が低音を大切にする。
これは、春日の声を、高い音だけで捉えると見落としてしまう話だ。
福田の証言は、春日の雰囲気を受け継ごうとするとき、低い音も大事な要素になることを教えてくれる。

初期の声を聴くときは、復刻盤の意味も確かめる

春日の曲には、同じ曲名でも異なる時期の録音があるため、歌い方を考える際は、どの音源を手がかりにするかも大切になる。
キングレコードが2025年に配信した『SP原盤再録による黄金時代』は、活動初期のSPレコードから音を取り込んだ作品集だ。
2006年に制作されたCDボックスを、配信でも聴けるようにしたものである。

ここでいう再録は、春日が2006年に歌い直したという意味ではない。
収録された初期の歌声と、後年のステレオ録音やステージの歌とを区別できれば、伴奏や録音条件の違いを、そのまま歌い方の違いと思い込まずに済む。
声の高さだけでなく、言葉の運びや節の形へ注目するためにも、曲名に加えて録音の来歴を確かめたい。

春日八郎の歌い方には、張りのある高音、低い音が支える曲の雰囲気、そして言葉がリズムに乗る楽しさがある。
「お富さん」では言葉の調子を、「別れの一本杉」では高音の印象だけでは捉えきれない声の使い方を手がかりにすると、春日節の違った面が見えてくる。

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