PANTAさんの歌を「怒鳴るような反体制ロック」とだけ捉えると、いちばん面白い部分が抜け落ちます。
頭脳警察の鋭い言葉を突きつける一方で、PANTA & HALではバンドへ身を預け、ソロ作『KISS』では甘いポップソングまで歌いました。
振れ幅が大きいのに、どの歌にもPANTAさんだと分かる芯があります。
その正体は、同じ声色を守ることではなく、言葉を「誰に、どの距離から渡すか」を曲ごとに変えていたことです。
叫び、歌、朗読は別々の芸ではありません。
自分の言葉を借り物にしないという一点から生まれた、三つの届け方でした。
大声より先に、自分の言葉で歌うという決断があった
頭脳警察が登場した頃、日本のロックには欧米の音や歌い方へ近づくことを重視する空気がありました。
PANTAさん自身もブルースを愛していましたが、その歴史を背負わない日本の若者が表面だけをまねることに疑問を持ち、あえて「黒っぽさ」を捨てたと語っています。
ここで選んだのが、日本語を自分の言葉として前へ出す方法でした。
格好よく聞こえる外国語や、意味を曖昧にする歌い回しより、何を考えているのかが相手へ直接届く歌を優先したのです。
この出発点を知ると、初期の歌が激しい理由も少し違って見えます。
激しさを演出するために声を荒らしたのではありません。
言葉の輪郭をぼかさず、その場にいる相手へ手渡そうとすると、声まで一直線になったのです。
PANTAさんの歌唱力は、音程や声量だけで測れません。
言葉を飾らずに立たせるため、声の格好よささえ一度手放せるところから始まっています。
頭脳警察の叫びは、歌というより公開質問状に近い
初期の代表曲では、メロディーに気持ちよく乗ることより、言葉を相手の目の前へ置くことが優先されます。
聴き手は美しい声を遠くから眺めるのではなく、突然話しかけられたような近さを感じます。

ただし、近い声はいつも大きな声という意味ではありません。
短く切る言葉、間を残す言葉、演奏より先へ飛び出す言葉を使い分けることで、問いかけの圧力を作っています。
本人が頭脳警察を一度解散した理由も、この歌い方と無関係ではありません。
強い言葉を歌い続けるうちに「左翼のアイドル」という固定された見られ方から抜けられなくなり、作品より先に役割を求められるようになったからです。
声が強いほど、歌手には同じ顔を演じ続ける期待が集まります。
PANTAさんは、その期待に応えて叫びを反復するより、いったんバンドを終わらせる道を選びました。
ここに、単なる熱血型のボーカリストとは違う知性があります。
言葉を直接届けたいからこそ、その言葉が記号になった瞬間には、届け方そのものを変える必要があったのです。
PANTA & HALでは、声がバンドを支配しなくなった
ソロ活動を経て結成したPANTA & HALでは、歌と演奏の関係が変わります。
PANTAさんは、頭脳警察を一人で試合を投げ切る投手、PANTA & HALを味方に打球を処理してもらう投手にたとえました。
この比喩は、発声用語より歌い方をよく説明しています。
頭脳警察では、声が曲の方向を決める場面が多くありました。
新しいバンドでは自分がボーカルに集中し、サウンドを仲間へ任せることで、歌が演奏の中に居場所を持つようになります。
『マラッカ』は、ロックだけでなくサンバやガムランなど異なる要素を取り込み、長い時間をかけてバンドで練られました。
その複雑な景色の上で、PANTAさんの声は演説のように一方向へ進むだけではありません。
物語を語り、場面を切り替え、時には演歌を思わせる湿り気まで帯びます。
翌作『1980X』では、都市を切り取る題材とニューウェイヴの鋭い感覚が結びつきました。
言葉の意味だけでなく、音の響きや語呂もサウンドの一部になります。
主張を弱めたのではありません。
声がすべてを説明する状態から、バンド全体で世界を見せる状態へ移ったのです。
『KISS』の甘さは、反逆をやめた証拠ではない
1981年のソロ作『KISS』は、初期の頭脳警察像から見ると驚くほど甘い作品です。
長年のファンの間でも、突然スウィートな方向へ進んだ作品として語られてきました。
ところがPANTAさんは、本来なら10代の頃にこうしたポップソングを歌いたかったという趣旨の話を残しています。
過激なバンドの看板を背負ったため、若い頃に表へ出せなかった面が、30歳を越えてから現れたのです。
この事実は、PANTAさんの声を理解する鍵になります。
甘い歌は、鋭い歌の反対側に後から付け足されたものではありません。
初めから同じ人の中にあり、頭脳警察という強烈な物語の陰に隠れていただけでした。
聴き手の間でも、初期の叫びと『KISS』の甘さはどちらもPANTAさんの魅力として語られてきました。
『マラッカ』の歌には、演歌のようなしっとりした声とロックの組み合わせを感じる人もいます。
評価の言葉は一致していません。
それでも、荒々しさだけでは説明できないという点は共通しています。
PANTAさんは一種類の声でジャンルを押し切る歌手ではなく、曲に合わせて聴き手との距離を変えられる歌手でした。
朗読になると、声からメロディーの逃げ道が消える
PANTAさんの作品には、歌と朗読の境界へ踏み込む場面があります。
公式作品の記録にも朗読担当が明記され、ライブレポートでは、その声が野太い朗読として紹介されました。
朗読には、高音や美しいメロディーで言葉を包むことができません。
一語の重さ、沈黙の長さ、次の言葉を出すまでの気配が、そのまま表現になります。

初期の直接的な歌唱と朗読がつながるのは、どちらも言葉を隠さないからです。
一方、『KISS』の甘い歌と朗読がつながるのは、相手との距離を近くできるからです。
叫び、甘い歌、朗読を並べると、ばらばらな経歴に見えます。
しかし実際には、遠くの群衆へ投げる声、バンドの中から見せる声、一人へ話しかける声という距離の違いです。
仲井戸麗市さんの歌い方にも、歌と語りの間へ声を置く面白さがあります。
PANTAさんの場合、その語りが私的な独白にとどまらず、歴史や社会への問いへ広がるところが独特でした。
晩年も、若いバンドへ合わせて昔の声を保存しなかった
結成50周年を迎えた2019年、頭脳警察は若いメンバーを迎えて新しく動き出しました。
PANTAさんは、過去の形式を守ることより、自分のやりたいことを自然に続けた結果が時代と重なるのだと説明しています。
これは、昔の名演を再現するための再結成とは違います。
若い演奏者へ初期の音をコピーさせるのではなく、その時のメンバーが出す音の中へ、PANTAさんの言葉を置き直しました。
最後のオリジナルアルバム『東京オオカミ』でも、制作に関わった人々は、硬い曲から柔らかな曲までを変幻自在に歌う声を記録しています。
療養中の録音だったという事実だけで歌を美談にすることはできません。
重要なのは、最後まで一つの声色に閉じこもらなかったことです。
初期の叫びを老練に再演したのではなく、その時のバンドと曲に必要な距離をもう一度選んだ。
年代ごとの変化は、PANTAさんの歌唱変遷で詳しく追っています。
参考にしたいのは、しゃがれ声ではなく言葉との距離
PANTAさんらしさを表面だけまねようとすると、声を荒らし、大きく発音する方向へ進みがちです。
しかし、本人の歩みから学べるのは、同じ音色を再現する方法ではありません。
一つの歌を前にした時、その言葉は大勢へ突きつけるものなのか、一人へ話すものなのか、演奏の中で景色を作るものなのか。
その距離を決めれば、声量、間、語尾の置き方は自然に変わります。
反対に、距離を決めないまま声だけを荒らすと、どの曲も同じ怒りに聞こえます。
甘い曲まで歌えたPANTAさんの幅は、強い喉を持っていたからだけではなく、曲ごとに別の立ち位置を選べたから生まれました。
内田裕也さんの歌い方が人物そのものをロックンロールの記号へ変えたものだとすれば、PANTAさんは記号になりかけるたびに声の使い方を変えました。
どちらも日本のロックを形にした存在ですが、声と看板の関係は対照的です。
PANTAの歌唱力は、ひとつの声に収まらない
PANTAさんの歌には、誰かのまねではない日本語から始めるという決断がありました。
だから初期の叫びは直接的で、PANTA & HALでは演奏へ身を預け、『KISS』では隠れていた甘さが表へ出ました。
朗読も、晩年の新しいバンドも、その延長にあります。
言葉を変えずに同じ声で押し通すのではなく、言葉が生きる距離へ自分の声を移動させる。
反体制の叫びは、PANTAさんの大切な一面です。
しかし、その一面だけでは、甘い歌も物語も最後の作品も説明できません。
叫べることより、叫ばない歌にも同じ人物を残せること。
そこにPANTAさんの本当の歌唱力があります。






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