ベンソン・ブーンの歌い方|「Beautiful Things」は、幸せな歌なのになぜ叫ぶのか

2023年、インタビューでのベンソン・ブーン シンガー
WMX Presents / CC BY 3.0

ベンソン・ブーンの「Beautiful Things」は、途中で歌声が大きく変わります。
静かに近況を話していた人が、急に、何かを必死で引き止めるように歌い始める。
高音の迫力が印象に残りますが、その声は、失恋して取り乱した人の声ではありません。

この曲の主人公には、大切な人がいて、ようやく手に入れた穏やかな暮らしがあります。
**幸せだからこそ、それを失うのが怖い。その恐れが、静かな声では収まらなくなる曲なのです。**
2024年に発表された「Beautiful Things」を、この気持ちの変化から聴くと、ベンソンが声を強める意味も見えてきます。

まず、失いたくないものを静かに歌う

前半の主人公は、自分の暮らしがよくなってきたことを話します。
家族に会い、大切な相手と過ごす。
特別な事件が起きたというより、普通に暮らせることをありがたく思っている人です。

ここを最初から張り詰めた声で歌うと、何か悪いことが起きているように聞こえてしまうでしょう。
ベンソンは、言葉を近くで話すように運び、長い音も力任せに押し出しません。
聴き手はまず、この人がどんな幸せを持っているのかを知ります。

その穏やかさに、不安が入り込んできます。
今、自分が持っているものは、ずっと自分のそばにあるのだろうか。
相手が去ったわけでも、暮らしが壊れたわけでもないのに、失うことを想像して怖くなってしまう。
そういう経験なら、恋愛に限らず思い当たる人もいるはずです。

静かな部分では、主人公の大切なものが一つずつ歌われています。
先に暮らしの温かさを歌っているから、その後の願いが切実になる。
高音だけを取り出すと分からない、叫ぶ理由を作っているのが前半です。

サビになると、言葉が短い願いに変わる

声が強くなるときには、歌詞の話し方も変わります。
前半では、主人公は自分の生活を順番に説明していました。
サビでは、その説明をやめ、大切なものを奪わないでほしいという願いを繰り返します。

話すことがたくさんある人から、同じことしか言えなくなる人へ。
ベンソンの強い高音は、その変化と結びついています。
短い言葉を長く伸ばすことで、気持ちが言葉の意味からはみ出すように感じられるのです。

このサビでは、高音にも強い圧力を感じます。
お願いをしているのに、静かに返事を待つことができない。
必死に歌うほど、今ある幸せを自分の力だけでは守りきれない不安も伝わります。

だから、歌が大きくなっても、勝ち誇ったようには聞こえません。
声の勢いと、主人公の心細さが一緒にある。
ベンソンは声を強めることで、主人公の心細さを、聴き手にも感じさせます。

2024年、ロンドンのBrixton Academy公演でのベンソン・ブーン
2024年、ロンドンのBrixton Academy公演でのベンソン・ブーン。写真:Drew de F Fawkes / CC BY 2.0

二つの作りかけの曲が、一人の気持ちになった

この大きな変化には、曲ができた経緯も関係しています。
ベンソンは、別々の夜に二つの曲を作り始めていました。
一つは、暮らしを語るような歌の部分はできたのに、サビが浮かばない曲。
もう一つは、サビはできたのに、そこへつながる歌の部分が浮かばない曲です。

共同制作者のジャック・ラフランツは、その二つを同じ曲にしてはどうかと提案しました。
サビのなかった曲に、別の日に作ったサビをつなぐ。片方に足りなかった部分を、もう片方が持っていたのです。

出来上がった「Beautiful Things」では、歌の雰囲気が変わること自体が、主人公の気持ちに合っています。
暮らしを落ち着いて語るときの声と、それがなくなるかもしれないと怖がるときの声は、同じでなくていい。
むしろ、急に大きく変わるから、不安にのみ込まれてしまう瞬間が伝わります。

途中で声が強まる曲は珍しくありません。
それでもこの曲の切り替えが印象に残るのは、歌手が少しずつ盛り上げるだけでなく、主人公の話し方まで変わるからでしょう。
生活の話が、切迫した願いに変わる。
ベンソンは、落ち着いて話す声から切迫した声へ変わることで、その流れを一曲にしています。

歪んだギターが、別の声を引き出した

スタジオでは、もう一つのきっかけがありました。
プロデューサーのエヴァン・ブレアがギターをつないだとき、前日に使った、音を大きく歪ませる設定がそのまま残っていたのです。
静かなピアノ曲を作るなら、普通は選ばなかったかもしれない音でした。

ところが、その音にベンソンが反応します。
ブレアの記憶では、彼はすぐに強く歌い始め、あまりの熱気にシャツを脱いでサビを歌っていたといいます。
穏やかな曲に、荒いギターを組み合わせたことで、歌声にも別の勢いが生まれました。

激しい伴奏は、主人公の焦りにも合っていました。
同じ願いでも、落ち着いたお願いから、今すぐ届いてほしい訴えへ変わる。
ベンソンの声も、その伴奏に反応して、より切迫したものになっていきます。

本人も、曲を書くときは、自分が歌ってみた旋律や声を手がかりに、その先の展開を考えると話しています。
演奏に反応して出てきた声を、曲の大事な部分として残したのです。

最初の一分を、急がない

これだけ強いサビがあるなら、もっと早くそこへ進んだほうが、聴き手をつかめるようにも思えます。
ところがブレアは、冒頭のおよそ一分を十分に使わなければ、同じ満足感は得られなかっただろうと振り返っています。

サビを知ってから聴き直すと、この静かな時間には、別の緊張感が生まれます。
次に大きな声が来ると分かっていても、ベンソンはすぐには叫ばない。
まだ落ち着いていたい人の声として、暮らしを語り続けます。

そして強い歌のあとに、再び声が柔らかくなると、聴き手も少し息をつける。
大声のまま終わらず、同じ人の心細い声へ戻ることで、あの激しさが、幸せを失う怖さから出ていたのだと感じられます。

静かに歌う部分と、強く歌う部分は、互いの意味を深めています。
穏やかな声があるから叫びが切実になり、叫びを聴いたあとでは、穏やかな声にも不安が残る。
どちらか一方だけでは、「Beautiful Things」の気持ちは伝わりきりません。

2024年、インタビューで話すベンソン・ブーン
2024年、インタビューで話すベンソン・ブーン。写真:The NEW 96.5 / CC BY 3.0

強く歌えることと、何度も歌えること

録音であの高音を出せたあとも、ベンソンの仕事は続きました。
本人は、スタジオでは曲によく合う音を優先して無理のある歌い方をしており、その後、声を訓練していると話しています。

一度の録音で、欲しかった勢いが出ること。
その歌を、ツアーで繰り返し歌えるようにすること。
歌手にとっては、それぞれ別の課題だったのです。

ベンソンにとって、あの迫力は、毎回同じように出せるよう練習する必要のある声でした。
曲の中で見つけた勢いを、繰り返し使える自分の歌い方にしていく。
「Beautiful Things」は、その途中にあった歌でもあります。
初期の柔らかい歌から、この強い歌、さらに軽快な裏声へと表現を広げた歩みは、ベンソン・ブーンの歌声の変遷で追っています。

高音を聴く前に、幸せな声を聴く

「Beautiful Things」の強い高音は、何もかも失った人の叫びではありません。
大切な人がいて、穏やかな日々があり、それを失いたくない人の叫びです。

前半で小さな幸せを歌い、サビでは、それを守りたいという願いだけが残る。
声の大きな変化が、気持ちの変化として聞こえるように作られています。
**ベンソンの静かな声が、何を失いたくないのかを教えてくれる。だから、その後の高音が胸に迫るのです。**

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