大塚まさじさんの歌声には、一度聞けば忘れにくい粘りがあります。
ところが、その個性的な声を前面に押し出しているかというと、むしろ逆です。
大塚さんが歌うと、先に見えてくるのは声の技巧ではなく、月夜、酒場、旅人、離れていった誰かの姿です。
自作ではない歌も長く歌い継ぎ、いつしか本人の代表曲として記憶されていく。そこに、この歌手の少し不思議な強さがあります。
上手く聞かせるために物語を利用するのではなく、物語を生かすために自分の声を使う。
その順序をたどると、大塚まさじさんの歌唱力が、声域や声量だけでは測れない理由が見えてきます。
個性的な声なのに、歌手本人が物語を追い越さない
大塚まさじさんの声は、つるりと整った美声ではありません。
少し粘り、言葉の端がゆっくりほどけるため、歌い出しだけでも誰の声か分かります。
普通なら、この強い個性が歌の主役になりそうです。
しかし大塚さんの歌では、声が目立った次の瞬間に、歌の中の人物や景色へ意識が移ります。
理由の一つは、言葉を急いで次へ送らないことです。
一音ずつ正確に切り分けるのではなく、話し言葉のまとまりを保ったまま、語尾に少し時間を残します。その時間が、聴き手の頭に風景を作る余白になります。
演技を大きくして泣かせるわけでも、強い声で結論を押しつけるわけでもありません。
声の癖は濃いのに、歌の意味を決めすぎない。この距離感が、大塚さんの歌を何度も聞ける読み物のようにしています。
「プカプカ」は、作者の歌を奪わずに自分の歌へした
大塚まさじさんを語る時、「プカプカ」は避けて通れません。
ただし、この曲を書いたのは西岡恭蔵さんです。大塚さんは、他者が作った歌を長く歌い、その歌の有力な語り手になりました。
ここで重要なのは、派手に編曲して原曲を塗り替えたことではありません。
曲の中にいる女性を説明しすぎず、歌い手が感情の答えを先回りしないことで、聴き手がその人物を自分なりに想像できる形を守りました。
大塚さん自身は、映画と歌は違っても、どちらも何かを伝える営みだと考えています。
「プカプカ」で聞こえるのも、声色を見せる演技というより、登場人物をそこに居させるための語りです。
作者への敬意と、自分の声で歌う責任を同時に持つ。
だから借り物には聞こえず、かといって作者の存在を消した所有物にもなりません。

粘る声の正体は、喉の癖より「言葉を置く速さ」にある
大塚さんの歌声は、チューインガムをかみながら歌うような粘りがある、と評されたことがあります。
たしかに音の表面だけを言えば、さらりと抜ける声ではありません。
けれど、粘りを喉の締め方だけで考えると、本質を外します。
言葉の途中で必要以上に音を伸ばさず、文の終わりだけをすぐ捨てず、次の言葉へ入るまでの速さを選んでいる。その時間の使い方が、声に独特の重さを与えています。
若い頃のザ・ディランII時代には、後年より真っすぐで清潔な声だったという評価もあります。
それでも、言葉を軽く通過させず、一度口の中で確かめるような運びの芽はすでにありました。
年齢とともに低さや渋みが加わっても、言葉を急がせない姿勢が残ったため、別人の声にはなりませんでした。
声質が変わっても本人らしさを保てたのは、音色より深い場所に歌の時間感覚があったからです。
「男らしいってわかるかい」は、強さを大声で証明しない
大塚さんの代表的なレパートリーには、「男らしいってわかるかい」もあります。
ボブ・ディランの「I Shall Be Released」をもとにした日本語詞で、題名だけを見ると力強い主張を予想させます。
ところが、大塚さんの歌は男らしさを力で演じません。
少し醒めた声で言葉を置くため、題名の問いが、そのまま聴き手へ返ってきます。
声を張り上げれば、歌い手の答えが前へ出ます。
大塚さんは余白を残すことで、歌を説教ではなく対話にしました。
この点では、静かな言葉が後から効いてくる高田渡さんの歌い方とも近いものがあります。
ただし、高田さんが動かないことで言葉を立たせるなら、大塚さんの声には、ゆっくり歩きながら話を運ぶ温度があります。
月の歌が多いのは、声が夜の余白を必要とするから
大塚まさじさんの作品には、「月の祭り」「月夜のカルテット」など、月や夜を感じさせる歌がよく似合います。
2017年のアルバム『いのち』でも、月、風、旅、別れが一つの風景としてつながりました。
これは題材の好みだけではありません。
大塚さんの声は、昼の光のようにすべてを明るく説明するより、見えない部分を残した景色で力を発揮します。
言葉と言葉の間が広いため、聴き手は自分の記憶を置けます。
そこへ粘りのある低い声が入ると、曲の時間が急に古びた写真のような手触りを持ちます。
個人のライブ記録でも、歌を聞いた後に月夜や旅の景色が残ったという受け止めが繰り返されています。
技巧の名前を覚えるより、歌が終わった後に何が見えているかを確かめた方が、大塚さんの歌唱力は理解しやすいでしょう。

小さな会場を巡ることで、声は録音物より「会話」に近づいた
1985年、大塚さんは全国98か所を一人で巡る旅に出ました。
その後も大きな会場だけを目指さず、各地の店や小さな空間で歌い続けています。
小会場では、音量で観客を圧倒する必要がありません。
一方で、言葉をごまかすこともできません。聴き手との距離が近いため、一つの語尾、一度の沈黙まで歌の一部になります。
大塚さんのゆっくりした歌い方は、こうした旅と相性が良いだけでなく、旅によって磨かれた面もあります。
同じ曲でも、その日の場所と人に届く速さで話す。完成した録音を再現するより、目の前の時間へ歌を置き直すことを選んできました。
全国ひとり旅は、宣伝のためのツアーというより歌い方を保つ仕組みでした。
声を商品として遠くから見せるのではなく、人から人へ手渡すものに戻し続けたからです。
大塚まさじの歌唱力は、歌を「自分のもの」にしすぎない力
大塚まさじさんの声は、たしかに個性的です。
粘り、渋み、ゆっくりした語尾があり、数秒で本人だと分かります。
それでも、歌が終わった後に残るのは歌手の巧さだけではありません。
「プカプカ」の女性、「男らしいってわかるかい」の問い、月夜の旅人といった、曲の中の存在が残ります。
他者の歌を預かり、自分の声を通し、それでも歌を自分一人の所有物にしない。
この難しい距離を守れることが、大塚さんの歌唱力です。
声の変化を年代順に追うと、この距離感が最初から完成していたのではなく、喫茶店、バンド、ソロ、全国の旅を通して育ったことも分かります。
大塚まさじさんの歌声の変遷では、ザ・ディランIIから現在までをたどります。






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