島倉千代子は、1996年の「火の酒」を、これまでになく自分の心を前へ出した歌として語っています。
その前年に発売した「あの頃にとどけ」では、小田和正から初期の可愛らしさを求められ、一人へ語りかける気持ちを取り戻していました。
長く親しまれた声のまま、誰に、どのような感情を届けるか。
この時期の変化には、新しい曲を歌いながら自分の表現を考え直す姿があります。
「火の酒」(1996年発売作品)|日本コロムビア提供の音源
以前は、一歩引いた女性を歌っていた
1955年にデビューした島倉にとって、1958年の「からたち日記」は、初期を代表する一曲でした。
島倉は1996年の取材で、心の中では相手を好きだと思っていても、その気持ちを十分に伝えられない、そんな女性を歌ってきたと振り返っています。
一歩引いた人物の姿が、それまでの自分の歌に重なっていました。
「からたち日記」|『島倉千代子ゴールデンベスト』(2002年発売)収録の音源
この初期の印象は、後年の作り手にも残っていました。
小田和正は「からたち日記」を特に好きな歌謡曲の一つに挙げ、島倉への曲作りでも、その可愛らしい姿を思い描いています。
一方、島倉自身は、年齢を重ねた自分にふさわしい歌い方を探していました。
その二つの見方が出会ったのが「あの頃にとどけ」です。

画像出典:写真掲載元
1995年、年齢に合う歌から、一人に語りかける歌へ
アルバム『LOVE SONG』では、島倉が作詞にも挑戦し、小田和正、南こうせつ、吉田拓郎らが曲を提供しました。
その冒頭に収められた「あの頃にとどけ」は、小田が作曲、編曲、プロデュースを手がけ、詞は島倉と共作しています。
出来上がった曲を受け取って歌うだけでなく、言葉を作る側にも加わった企画でした。
憧れていた小田との仕事でも、実際に譜面と歌を受け取ると、自分に歌えるのかと迷ったそうです。
初日の録音には、まだ十分に仕上がっていないという不安もありました。
そこで求められたのは、「からたち日記」に通じる、島倉らしい可愛らしさです。
その年齢なりの歌い方を探してきた島倉にとって、昔の雰囲気を取り戻すことも簡単ではありませんでした。
小田から、自分一人へ歌ってほしいと言われたとき、大きな舞台で皆に聴かせなければという意識が変わったといいます。
その録音では、小田を見て歌うようになりました。
新しい旋律を歌う中で、以前からあった自分の魅力を別の相手に見いだしてもらった経験でもあります。
「あの頃にとどけ」|1995年発売曲・公式MV
同年の別の録音では、スタッフと歌い方の方向が食い違い、再び小田に相談しています。
小田が勧めたのは、短調の曲を明るく歌い、切なさを伝えることでした。
気持ちの重さを声で強めるか、声には明るさを残すか。
長く歌ってきた人にも、新しい曲ごとに選び直す表現があったのです。
「火の酒」では、心をさらけ出す女性へ
1996年の「火の酒」は、つらさを抱えながらも、心をさらけ出して生きる女性の歌でした。
島倉は、この曲ほど自分の心を前へ出して歌ったことはなかったと話し、情念を歌う演歌として受け止めています。
以前のように一歩引く人物から、苦しさも隠さず表す人物へ。
新鮮だったのは、その人物を歌う自分の気持ちまで外へ向かうことでした。
本人には、自分の声だと曲が叙情的になりやすいという自覚もありました。
実際に「火の酒」を歌うと、身体を大きく揺すっていたといいます。
決められた振り付けをこなしていたわけではなく、歌っていると自然にそうなったそうです。
しみじみと心情を伝える声のまま、全身の動きまで伴う表現へ向かっていました。
小田と取り組んだ親密な歌いかけと、「火の酒」で感情をさらけ出す歌い方。
この二つを並べると、一つの方向へ歌い方を変えたというより、曲の人物に応じて、心を出す範囲を広げていたことが分かります。
島倉が「火の酒」を、歌ったことのない歌だから好きだと話したところにも、新しい表現を得た手応えがあります。
2013年、最後まで新しい曲を歌おうとした
『LOVE SONG』で「あなたを紡いで手毬唄」を提供した南こうせつとは、その後も交流が続きました。
歌手生活60周年を前に、島倉が記念曲を頼んだ相手も南です。
これが、最後の録音となる「からたちの小径」につながります。

画像出典:日本コロムビア
南の回想では、打ち合わせの後に連絡が途絶え、依頼が別の人へ移ったのかと思った時期もありました。
しかし、島倉から体調の悪さと、それでも60周年に歌いたいという希望が伝えられます。
南は改めて曲作りに取り組みました。
完成を望む本人の気持ちが、制作を進める力になっていたのです。
当初の録音予定日は2013年11月15日でした。
島倉からその日まで待てないと連絡が入り、自宅へ機材を運び、11月5日に歌を録っています。
南は、訪ねれば本人に気を使わせると考えて事務所で待ち、録音後の電話で、三回歌ったと聞きました。
島倉が亡くなったのは、その三日後です。
出来上がった歌の音程の確かさに、南は驚いています。
十分な体調で予定どおり録ることができなくても、新しい歌を残したいという意志は、実際の録音になりました。
この曲は、2013年12月にシングルとして発売されています。
「からたちの小径」|2013年発売曲・公式MV
「あの頃にとどけ」では、目の前の一人へ歌いかけることを考え直し、「火の酒」では、それまで以上に感情を外へ出しました。
晩年にも新しい曲を求めた歩みからは、代表曲を持つ歌手になった後も、次の一曲で自分を表そうとする姿が見えてきます。
細かな声の揺れやフレーズの飾り方については、島倉千代子の歌い方で「愛のさざなみ」を手がかりに見ていきます。







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