hideの歌声を考える時、曲ごとに違う声の表情は外せません。
生前のボーカルトラックを調べたヤマハの技術者も、激しく歌う曲と、雰囲気を込めて歌う曲では、使える声の素材が違うと説明しています。
同じ人の声で、同じ高さの音がそろえば、その人らしい歌になるわけではありませんでした。
声色や音程の動きに加え、録音した声をどう扱うかにも、hideの歌の表情があります。
「ピンク スパイダー」―1998年のシングル版(2026年リマスター)
声の色と、音程の動きを切り離さない
2014年に発表された「子 ギャル」は、生前の声を使い、歌声の合成技術も取り入れて完成させた曲です。
この制作で、ヤマハの馬場修三は、曲によって歌い方が違うhideの声から、その曲に合う素材を探す難しさを話しています。
落ち着いた雰囲気で歌った録音と、激しく歌った録音。
同じことばや近い高さの声でも、そのまま取り替えられるものではありません。
どんな声色を選んで歌うかが、曲の表情と結びついていたことが分かります。
さらに馬場は、通常の合成方法では、元の歌にある音程の感覚や声色の変化が平らになってしまう問題も挙げています。
必要だったのは、ことばをメロディに乗せることに加え、本人の歌い回しを残す作業でした。
この話は、hideの声を一つの固定した音色として捉えにくい理由を教えてくれます。
音をどこへ動かすかと、その時にどんな表情の声を使うか。
二つを一緒に扱うことが、あの歌声を考えるうえで大切になります。
「子 ギャル」―歌声合成を取り入れた2014年発表の公式音源
「TECHNO POP」の仮歌から、言葉になる前の歌を考える
歌詞の意味から少し離れて声に注目できる資料に、「TECHNO POP (demo)」があります。
1997年に作られたデモを、I.N.A.が再編集・再ミックスし、2026年に発表したものです。
公式の説明では、歌詞のない仮歌を残し、新たなフレーズは加えず、当時の素材で構成しています。
完成した歌詞がない段階でも、旋律を歌う声は残っていました。
この音源を聴くなら、ことばの物語を追う代わりに、声がどこで伸び、どこで短く区切られ、伴奏の中でどう動くかへ耳を向けられます。
仮歌は完成品との優劣をつけるためだけの資料ではなく、歌の形を探していた段階に触れる入り口にもなります。
生前の声を素材に歌声合成も取り入れた「子 ギャル」と、仮歌の状態を残した「TECHNO POP」では、作品の成り立ちが違います。
その違いを知ると、音源に残る声から何を受け取れるのかも、よりはっきりします。
「ピンク スパイダー」の歪みには、加工する選択もある
荒い質感の歌声を、すべて喉から出した音だけで説明することもできません。
「ピンク スパイダー」には、声をどう加工するかという、具体的な制作案がありました。
I.N.A.によると、hideは当時、アルバムへ入れる際に、ボーカルを歪ませる案を話していました。
しかし、1998年の『Ja,Zoo』には、結果としてシングルと同じ形で収録されています。
その案を後年の2013年のリミックスで実現したと、I.N.A.は説明しています。
声を歪ませることは、録音した後にも選べる表現でした。
どの版を聴いているかによって、本人が歌った声に加えられた処理も違います。
強い質感を聴いて、同じ音を出すにはただ激しく叫べばよい、と考えると、この制作の部分が抜け落ちてしまいます。
歌い手として声を選ぶことと、その声を作品の中でどう響かせるか。
hideの歌では、その両方に表現の選択肢がありました。
I.N.A.は別の取材で、hideが曲そのものとアレンジを分けて考えていたことも話しています。
曲は大切に残しながら、時代や場所に合わせて、服を着替えるように仕上げ方を変えていく。
同じ曲に複数の形を与えるのも、その発想からでした。
「ピンク スパイダー」の版を比べる時にも、旋律だけでなく、声の輪郭と伴奏の中での位置を聴きどころにできます。
歌の音程が同じでも、声の質感が変われば、その言葉から受ける印象は変わり得ます。
歌手の個性を声だけに閉じ込めず、楽曲全体の中でどう見せるかまで考える制作でした。

画像出典:写真掲載元
「BREEDING」では、電話を通した声も使う
『Ja,Zoo』収録の「BREEDING」では、コーラスを電話の受話器越しに録音する方法も試しています。
I.N.A.は、隣の部屋から電話をかけて録ったと振り返りました。
「BREEDING」―1998年発表曲の公式音源
同じ声でも、何を通して録るかによって、作品へ入る音の質感は変わります。
この例でも、声の出し方だけを取り出すと、歌の作り方の一部しか見えてきません。
声を一つの音として扱い、その曲に必要な形を探す姿勢がありました。
ここで電話を通して録ったのは、曲のコーラスです。
主旋律を運ぶ声と、後ろで重なる声では、求められる役割も同じとは限りません。
すべての声を同じようにくっきり録る以外にも、別の質感を持つ声を置くことで、曲の表情を作る方法がありました。
ステージへ届け直す時にも、歌のテイクを選ぶ
残された声の扱い方は、後年のライブにもつながっています。
2025年のhide with Spread Beaver公演について、I.N.A.は、歌のテイクを変えたり編集したりしたことに加え、残っていた素のボーカルデータを会場の音響担当へ渡して、音を作ってもらったと説明しました。
その場でhideが新しく歌うことはなくても、どの録音を使い、会場でどう響かせるかには選択がありました。
声が以前より鮮明に感じられた、という取材者の感想に対して、I.N.A.が具体的な作業を答えています。
鮮明さや迫力の違いを、発声の変化だけで説明できない例です。
I.N.A.自身も演奏するため、会場で実際に出る音の判断は、別の担当者に任せたそうです。
声を加工する設定だけでなく、演奏と合わさった時に客席へどう届くかを確かめる役割も置いていました。
こうした公演では、残された歌声と、現在のメンバーによる生演奏が組み合わされます。
声の一節に注目する時も、そのテイクが持つ表情と、伴奏や会場の音が与える印象の両方を考えられます。
歌った瞬間の表現を大切にしながら、聴き手へ届く形を作り直す仕事が続いているのです。
曲に合わせた声色、音程の動き、そして録音や加工で選ぶ質感。
hideらしい歌は、どれか一つの決まった発声へまとめるよりも、これらをどう組み合わせたかから考えると分かりやすくなります。
激しさの印象に隠れやすい、細かな声の扱い方にも目を向けたい歌い手です。
初期の録音で歌い方を探していた頃から、後のライブや残された仮歌までの歩みは、hideの歌唱変遷でたどっています。

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