ショーン・メンデスの歌声の変遷|『Mercy』の叫びから、仲間と歌う『Shawn』まで

2015年5月、デトロイト公演でのショーン・メンデス ショーン・メンデス
GabboT / CC BY-SA 2.0

ショーン・メンデスは「Mercy」で見つけた声の力について、後に意外なことを話しています。
強く歌おうと頑張ったからではなく、曲に身を任せたときに力が出たというのです。
ところが2020年の「Wonder」では、望むタイミングで歌うために、一つの部分をおよそ100回録ったと振り返っています。

2024年のアルバム『Shawn』を作ったとき、彼はギターを持ち、隣にいる人と歌う気持ちよさを思い出したと言いました。
一度見つけた声の力と、もう一度見つけた歌う喜びは、どうつながるのでしょうか。
録音する場所や、一緒に歌う相手との距離を変えてきた歩みをたどります。

2015年|「Stitches」で覚えた、声を静けさから高みへ運ぶ形

ショーンは短い歌唱動画で知られるようになり、10代で『Handwritten』(2015年)を発表しました。
収録曲「Stitches」を当時歌ったとき、歌詞に出てくるような失恋を自分で経験していたわけではないと、後に明かしています。
まず彼を動かしたのは、曲の響きや歌ったときの感覚でした。

ブリッジでは声を低く、親密にし、最後のサビへ向けて一気に高くする。
本人によれば、「Stitches」で使ったこの緊張と解放の形は、その後の「There’s Nothing Holdin’ Me Back」や「Mercy」にも引き継がれました。
歌詞が自分の体験と重ならなくても、声をどこで抑え、どこで放つかを考えていたのです。

2016年|「Mercy」で、力を込めるより曲に任せた

2作目『Illuminate』(2016年)の「Mercy」について、ショーンは制作から4年後、曲を書くのが驚くほど自然に進んだと語りました。
感情が強く動くと、普段はアイデアをためらう気持ちが後ろへ下がる。
そして、弱さをさらけ出すことと声の力強さが、初めて結びついた曲だったと振り返っています。

録音中は、プロデューサーに促されて何度も歌いました。
最後のサビへ入る直前の声を、本人は歌というより叫びに近いものとして覚えています。
だから「頑張らない」とは、小さな声で済ませることではありません。
思いどおりの強さを先に作るのではなく、曲が求める感情へ思い切って入ったときに、声の力を見つけたという意味です。

ショーン・メンデスの公演会場
ショーン・メンデスの公演会場。
写真:Milenaxsophie / CC BY-SA 4.0(掲載用に縮小)

2018年|大きなサビに、自分の不安を乗せる

その声の強さに、2018年の「In My Blood」では自分自身の不安を託しました。
ショーンは、悲しい内容を歌にするのが怖かったと当時話しています。
以前の「Stitches」では、自分の経験ではない失恋を曲の響きに動かされて歌い、「In My Blood」では自分が抱えた気持ちを大きなサビのある曲にしました。
同じように力強い声でも、歌に託すものが変わったのです。

一曲の中で、静かな始まりから切実な高音へどう進むかは、ショーン・メンデスの歌い方で詳しく扱っています。
ここで重要なのは、その歌い方を自分の言葉に使うようになったことです。

その頃から彼は、ステージで自分を守ろうと構えすぎないことも大切にしていました。
本人も観客として公演へ行くと周囲を意識してしまうため、歌い手の自分が心を開けば、客席も音楽を楽しみやすくなると考えていたのです。
自分の不安を歌にすることと、人前で隙を見せることは、聴き手との関係を近づける二つの試みでした。
後の録音室で「観客の前」を思い描く選択にも、そうした舞台への思いが重なります。

2019年のAmerican Music Awardsでのショーン・メンデス
2019年のAmerican Music Awardsでのショーン・メンデス。
写真:Cosmopolitan UK / CC BY 3.0

2020年|「Wonder」で広げた音と、録音室での緊張

『Wonder』(2020年)では、歌を取り巻く音も大きくなりました。
表題曲の終盤には、複数の歌い手による声を重ねています。
ショーンはその広がりを気に入っていましたが、自分の歌を録るときには別の難しさもありました。

一人で歌うブースに立つと、いいテイクを録らなければという不安に覆われる。
そこで彼は部屋に立ち、マイクを手で持って、観客の前にいるつもりで歌ったと説明しています。
それでも、ある部分のタイミングを納得のいく形にするまで、およそ100回録り直しました。

大きな音楽を作るために何度も試し、その中で自由に歌える状態も探す。
曲に身を任せて力が出た「Mercy」の録音とは、違う難しさに取り組んでいました。

2022~24年|歌う場所を、人の隣へ戻す

2022年、ショーンはツアーの残りの日程を中止しました。
後に彼は、会場が大きくなるにつれ、観客から物理的にも気持ちの上でも遠く感じ、ステージで孤独になっていったと振り返っています。
再びアルバムを作り始めたときは、音楽を作って気持ちよくいられるかどうかが、本人にとっての問いでした。

『Shawn』の制作前には、ハーモニウムというオルガンに似た楽器で、キールタンの伝統的な歌を学ぶ時間もありました。
ポップスの新曲を完成させるために鍵盤へ向かうのとは違う、弾き歌いそのものの楽しさです。
本人はその時間に、考え込んでいた自分から離れられたと話しています。
アルバムの歌をどう仕上げるか以前に、音楽に触れる目的を確かめ直していました。

2024年に発表した「Why Why Why」と「Isn’t That Enough」では、違う表情の歌を並べました。
前者を作るころには不安もあったと話し、書く言葉で自分の気持ちを隠さないと決めました。
後者では、歌を待っていた人たちへ再び話しかけようとしました。
彼自身、この二曲を一緒に出したのは、アルバムの歌と空間の幅を知ってほしかったからだと説明しました。

「Why Why Why」の題の言葉に、本人は叫びのような強さを感じてもいました。
素朴な伴奏を選んだからといって、強い感情まで小さくする必要はない。
大きく問いかける歌と、そばで語りかける歌の両方を示したかったのです。

「Isn’t That Enough」の制作中、スタジオで行き詰まった感覚がほどけ、ギターを持って部屋で歌えたといいます。
耳に機器を着けず、すぐ隣で心を込めて歌う人と声を合わせる。
ショーンは、その気持ちよさを忘れていたと話しました。
2020年には観客を思い描いて一人でマイクを持っていた彼が、今度は実際にすぐそばにいる人と歌っていたのです。

2024年|10代で歌った「Hallelujah」を、26歳でもう一度

アルバム『Shawn』の最後には、レナード・コーエンの「Hallelujah」を収めました。
ショーンは15、16歳のころにも、この曲を歌って動画を投稿しています。
当時は歌詞にある信仰や精神的な問いを十分につかめなかったが、26歳になって自分なりに向き合えるようになり、今録る曲だと感じたそうです。

10代と26歳で同じ曲を歌っても、歌詞から受け取るものは同じではありません。
人の書いた歌を、響きに動かされて歌った少年が、自分の不安を歌にし、大きな音の録音を経て、かつて分からなかった言葉を選び直しました。
声の大きさだけでなく、何を自分の言葉として歌えるかも変わっています。

力強く歌う方法から、歌い続けたい場所へ

「Mercy」でショーンが見つけたのは、無理に力を作るより、曲の感情に入ったときに出る声でした。
その力を「In My Blood」では自身の不安に使い、「Wonder」では大きな音楽の中で、納得できる一瞬を探しました。
2024年に選んだのは、強い声を捨てることではなく、隣の人の声を聴きながら歌える場所です。

2025年にはリスボンのMEO ArenaやロサンゼルスのHollywood Bowlが公式公演日程に並び、2026年には2016年の曲のライブ版「Treat You Better (Live From New York)」が公開されました。

『Shawn』で親しい距離の歌を選んだことは、以前の曲や大きな舞台を手放す決断ではありませんでした。
このアルバムには、成果を急ぐ前に、人と一緒に歌う喜びを確かめた時間が残っています。
「Mercy」の叫びと「Isn’t That Enough」の近い声は違っていても、どちらにも、曲に心を開こうとするショーンがいます。

2026年11月のシンガー人気投票。投票期間は11月1日〜11月30日。11月の投票はこちら。

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました