ミーカ(MIKA)の歌い方|「Grace Kelly」の高音は、なぜ怒っているのに楽しいのか

ミーカの「Grace Kelly」は、声が高く跳ね上がるだけで場が明るくなるような曲です。
ところが、曲が生まれた理由は、周囲に合わせるよう求められたことへの怒りでした。
あんなに楽しそうに歌っているのに、本人は何に腹を立てていたのでしょうか。

この曲のミーカは、高い声や低い声を使って、相手の注文に振り回される人物を大げさに演じます。
声が次々に変わる様子は、ひとり芝居のようで愉快です。でも、その忙しさには、いつまで自分を変えればいいのかといういら立ちもある。
ミーカの高音は、華やかで楽しい歌の中に、そのいら立ちまで感じさせるところが面白いのです。

好かれるために変われと言われて、腹が立った

デビュー前のミーカは、自分の曲をなかなか受け入れてもらえませんでした。
レコード会社には変わりすぎていると思われ、別の音楽仲間には親しみやすいメロディーが多すぎると思われる。
どちらに行っても、ちょうどよい居場所が見つからなかったのです。

その時期、ミーカは周囲の求めに応じて、クレイグ・デイヴィッドのような曲を書こうとしたことがありました。
クレイグ・デイヴィッドは、当時すでに成功していた英国のR&B歌手です。
ミーカが腹を立てたのは、自分の目指す音楽とは違う方向へ、成功している別の歌手に合わせるよう求められたことでした。

そこで生まれたのが「Grace Kelly」です。
相手の好みに合わせようとするほど、自分が何者なのか分からなくなる。その状況を、ミーカは歌の中で極端にしてみせました。
女優グレース・ケリーや、クイーンの歌手フレディ・マーキュリーの名前が出てくるのも、次々と別の人になろうとする歌だからです。

ただ怒りをぶつける曲にはしなかったところが、ミーカらしい。
本人も当時、この曲には尊大なところがある一方で、人が近づきやすい親しみもあると説明しています。
相手をにらみつけたまま歌うのではなく、相手の無理な注文をおかしな芝居にしてしまったのです。

2007年、グラストンベリー・フェスティバルでのミーカ
2007年、グラストンベリー・フェスティバルでのミーカ。写真:Mark Crossfield from Manchester, England / CC BY-SA 2.0

高い声が出るたび、人物の表情が変わる

「Grace Kelly」では、低めの声と、裏声を交えた高い声の対照が目立ちます。
ずっと同じ高さで押し通す歌ではありません。
声が上下するたびに、語り手の態度まで変わったように感じられます。

この動きを、相手の気を引こうとする人物の芝居として受け取ると、曲の筋がつかみやすくなります。
落ち着いて説明しようとしたかと思えば、急に大きく身ぶりをつける。
余裕があるように振る舞っていた人が、相手の反応を待ちきれなくなる。
声の高低差が、そうした表情の変化を大きく見せている、と考えられるのです。

だから、この曲では高音の瞬間だけを待つのが少しもったいない。
その手前にある低めの声を含めると、高音が突然のひらめきや、こらえきれなくなった訴えのように響きます。
高い音をきれいに出せることが、人物の気持ちを激しく動かすために使われています。

しかも、声を変えて相手を喜ばせようとする歌そのものが、ミーカの変わった歌い方を存分に楽しむ曲になっている。
ここが「Grace Kelly」の愉快なところです。
自分を変えろと言われた経験から、自分の声の面白さをいちばんはっきり示す歌が生まれたのでした。

クラシックで学んだ声で、大げさな芝居をする

ミーカは幼い頃からクラシックの歌を学び、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスの舞台も経験しています。
ポップ歌手になる前から、人前で声を使うための勉強をしていた人です。
大学でクラシックを学んでいた時期にも、夜には自分のポップソングを書いていました。

本人にとって、この二つの音楽は対立していませんでした。
クラシックで得たものを大切にしながら、それで遊ぶこともできる。
そうした考え方は、「Grace Kelly」の大げさな歌にもよく合います。

整った声をずっと端正に聴かせるだけなら、相手に振り回される人物の落ち着かなさは薄れてしまうでしょう。
ミーカは、伸びやかな声も、せわしなく変わる声も、一曲の中に入れています。
歌えることを見せながら、歌っている人物の必死さまで笑えるものにしているのです。

クラシックの経験は、後にオーケストラと自分の曲を歌う活動にもつながります。
その後、穏やかな曲やフランス語の歌で表現を広げていく過程は、ミーカの歌声の変遷でたどっています。

2007年、V Festivalで鍵盤を弾くミーカ
2007年、V Festivalで鍵盤を弾くミーカ。写真:Seraphim Whipp / CC BY 2.5

ミーカ自身も、この曲の録音には困っていた

声の表情が次々に変わる曲を思いついても、その面白さが録音で伝わるとは限りません。
「Grace Kelly」の制作を担当したグレッグ・ウェルズの回想では、ミーカはすでに何度もこの曲のデモを作っていました。
ウェルズが録音しようと提案したときにも、ミーカはすぐに乗り気になったわけではなかったそうです。

ウェルズは、ミーカが歌う映像を見て、この曲に強く引かれていました。
二人は一日で録音を進め、ウェルズがピアノやドラム、ベースなどを演奏しました。
ウェルズによれば、歌以外の演奏には最初のテイクが使われています。
あの勢いは、ミーカの高い声だけで生まれているのではなく、歌に応じる演奏と一緒に作られたものでした。

ミーカの音楽を作るうえで、ウェルズは、明るく誇張された曲と、楽しいことばかりではない歌詞の組み合わせを理解していました。
「Grace Kelly」でも、歌のいら立ちを消して無邪気な曲にするのではなく、明るい伴奏の中でそのいら立ちを歌える。
声を大げさに動かすミーカと、その動きを受け止める演奏がそろって、怒りがポップソングの楽しさになったのです。

「自分を変えろ」への返事が、自分を売り出す歌になった

「Grace Kelly」は、ミーカを別の何かに変えようとした人への反発から書かれました。
そして皮肉なことに、本人の説明では、この曲が後にレコード契約につながったのです。
自分らしさを抑えようとしてうまくいかなかった人が、その不満を自分らしく歌ったことで道を開いたのでした。

それを知ってから聴くと、高音の派手さにも違った面白さが出てきます。
相手に気に入られようと、歌の中の人物は忙しく声を変える。
ところが聴いている私たちには、その忙しさこそが、ほかの誰でもないミーカの魅力として届く。

「Grace Kelly」の高音は、立派な声を披露して終わる高音ではありません。
腹が立っている人を、こちらが思わず楽しんでしまうほど生き生きと演じる高音です。
笑ってしまう声の向こうに、自分の音楽を認めてほしかった若い歌手がいる。その重なりが、この曲を何度聴いても退屈にしないのだと思います。

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