ミーカ(MIKA)の歌声の変遷|借りた家から交響楽、電子音まで歌を作り替えた理由

2022年7月、ロンドンのラウンドハウスでのミーカ シンガー
DCDEB / CC BY-SA 4.0

2015年、ミーカは予約していた大きな録音スタジオを使うのをやめ、木造の家を借りてアルバムを作りました。
同じ年には、数か月かけて準備した交響楽団との公演にも立っています。
片方では使える音を減らし、もう片方では音を大きく広げた。
正反対に見える二つの選択には、自分の曲を完成したレコードの姿に閉じ込めたくない、という共通の考えがありました。

「Grace Kelly」で高い声を自在に動かした歌手は、その後、声をどこに置き、何を伝えるために使ってきたのでしょうか。
小さな部屋、オーケストラ、フランス語、電子音という異なる場所をたどると、変えたものと手放さなかったものが見えてきます。

2007年|「Grace Kelly」で、声が人物を演じた

「Grace Kelly」が広めたのは、ミーカの高音だけではありません。
低い声から高い声へ忙しく移ることで、相手の好みに合わせようとする人物の落ち着かなさを歌の中に作りました。
楽しげなのに、言葉の奥にはいら立ちがある。
高音は、見せ場であると同時に、その人物の態度を大きく変える道具だったのです。

レコード会社に別の歌手のような曲を求められた背景や、一曲の中で声がどう動くかは、ミーカの歌い方で詳しく扱っています。
ここから追いたいのは、その声を別の曲や編成でどう使えるか、という本人の選択です。

最初のアルバム『Life in Cartoon Motion』にも、華やかな「Love Today」だけでなく、別れを歌う「Happy Ending」がありました。
後に穏やかな歌を作ったからといって、突然別人の声に変わったわけではありません。
ただ、デビュー時には劇的な高音が強く印象に残り、その後は声の置き場所そのものをさらに広げていきます。

2015年|予約したスタジオを捨て、歌い方を探し直す

四作目『No Place in Heaven』の準備では、ロサンゼルスの大きなスタジオを予約していました。
しかしミーカは、前作と同じ方法を繰り返していると感じ、木造のバンガローへ制作の場所を移します。
パソコンを買い、ピアノを借り、ギターや簡単なシンセサイザーを使い、家にある物もたたいて音を作りました。

思いどおりの機材を並べられないことは、不自由なだけではありませんでした。
ミーカ自身、限られた音で作ったことが、歌詞やメロディー、歌い方をもっと工夫するきっかけになったと説明しています。
リビングで曲を書けば、世に出す商品を作っているというスタジオでの意識からも離れられたそうです。

「Good Guys」について彼は、柔らかで夢を見るような曲を気に入り、今はこういう穏やかな歌を作る時期なのかもしれないと話しました。
曲に並ぶのは、自分が敬愛する人々の名前です。
誰かの注文に合わせて次々と違う顔を見せた「Grace Kelly」と違い、ここでは自分がどんな人でありたいかを静かに確かめています。

同じアルバムの「Last Party」では、さらに別の向きへ進みました。
ミーカによれば、悲しい知らせを受けたときの高揚と悲しみという、相反する感情を同時に歌いたかったのです。
一方で「Talk About You」のような軽快な曲も残っています。
派手な歌をやめたのではなく、穏やかさも悲しみも、それぞれに合う明るさで歌える作品にしました。

同じ2015年|交響楽団で、曲を録音から解き放つ

家の中の少ない音で新曲を作る一方、ミーカはサイモン・ルクレールと、モントリオールでの交響楽公演を九~十か月かけて準備していました。
既存の曲に美しい弦の音を足すだけなら、ここまでの手間は要りません。
本人が望んだのは、もっと奇妙で大胆な編曲でした。

その理由をミーカは、自分の曲がレコードの音作りに縛られていないと示したかったから、と説明しています。
交響楽にも、映画にも、コンピューターで組み立てた音楽にも移せる曲であってほしい。
歌を固定した音色から離すことが、曲を長く生かすと考えたのです。
小さな部屋で「今ある音」から歌を組み直したことと、大人数の演奏で古い曲を組み直したことは、同じ問いへの別の答えでした。

モントリオール公演とは別に、同年秋にはイタリアのコモでも、ルクレールの指揮するオーケストラと歌っています。
後に『Sinfonia Pop』として発表されたその公演では、「Grace Kelly」も新しい編成に入りました。
デビュー時に人物の焦りを演じた曲が、何年も後に違う演奏の中で歌われています。

この試みは一度きりではありません。
2021年には、パリのフィルハーモニーでも、オーケストラと合唱団を伴って自分の曲を歌いました。
「Grace Kelly」の高音を残しながら、歌が入る風景を変え続けたのです。

2021年10月、フィルハーモニー・ド・パリでのミーカ
2021年10月、フィルハーモニー・ド・パリでのミーカ。写真:DCDEB / CC BY-SA 4.0(掲載用に縮小)

2023年|フランス語で、声に別のリズムを与える

次にミーカが変えたのは、伴奏の大きさではなく、歌う言葉でした。
フランス語の曲は以前から発表していましたが、アルバム全編をフランス語にするのは『Que ta tête fleurisse toujours』が初めてです。
本人は長く作りたいと思いながら、英語で書くときのように自分らしい歌になるのか、不安もあったと振り返っています。

転機になったのは、自分が普段話すフランス語をそのまま歌詞にしてよい、と受け入れたことでした。
ミーカにとって英語は、ポップやロックの旋律に滑らかに乗せやすい言葉です。
一方フランス語では、言葉のリズムが前に出て、声を打楽器のように使えると話しています。
これは言語の優劣ではなく、彼自身が歌を書くときに見つけた違いです。

アルバム名の言葉は、亡くなった母が誕生日に送った絵に由来します。
絵の中のミーカの頭からは花が咲き、母は「いつも頭に花が咲きますように」と書き添えていました。
本人は後に、その言葉が創造し続ける自由を教えてくれたと話しています。
母への思いを歌った「C’est la vie」は、そのフランス語アルバムに収められました。
悲しみをそのまま暗い音にせず、色のあるポップソングへ変えることも、彼が選んだ歌い方でした。
高音が人物を演じた2007年から、言葉そのものの弾みで複雑な気持ちを運ぶ歌へ、声の役目が広がりました。

2025~26年|ピアノから始め、声を電子音の中にも置く

2026年のアルバム『Hyperlove』では、フランス語作から再び英語の歌へ戻りました。
電子音のアルバムを作るきっかけになったのは、かつての自作曲の交響楽公演とは別に手がけた、大編成による映画音楽の制作だったといいます。
ミーカは、オーケストラと仕事をしたとき、孤独が和らぎ、音楽を学んでいたころの気持ちが戻ってきたと話しました。
そこで今度は、一人で弾くピアノから全曲を書き始めることにします。
整えすぎずに曲を生む自由さを大切にしたのです。

そのデモを受け取った共同制作者ニック・リトルモアは、複雑に重なったピアノの曲を、ダンスミュージックへ作り替えていきます。
二人は古いアナログ機材の音を使い、完全に機械へそろえないことにもこだわりました。
先行曲「Modern Times」は、五つのピアノのパートから始まります。
鍵盤の動きから大きな電子音へ進む、制作の道筋が表に出た一曲です。

この作品では、ミーカの声も主旋律を歌うだけにとどまりません。
幾層にも重ねた声は合唱のようになり、ときには電子的に形を変え、リズムの一部にも使われています。
ピアノで作った歌が、声とアナログの電子音を重ねることで別の姿になりました。

2026年4月、ボストン公演でのミーカ
2026年4月、ボストン公演でのミーカ。写真:Phoebe / CC BY 4.0(掲載用に縮小)

高い声を変えるより、歌の居場所を変えてきた

ミーカは2015年、曲が交響楽にもコンピューターで作る音楽にも移れることを、自分の自由として語っていました。
それは後の作品の設計図を予告した言葉ではありません。
実際の歩みを振り返ると、家の中の少ない音で穏やかに歌い、交響楽で既存曲を作り替え、フランス語では声をリズムにも使い、今度はピアノから電子音へと曲を育てています。

「Grace Kelly」で見せた高音は、ミーカの力の一部です。
ただミーカが増やしてきたのは、より高く歌う方法ではなく、その声が歌の中で担える役目です。
2026年の『Hyperlove』では、一人の声を重ねて音楽の景色そのものにしています。
完成した音に歌を合わせるだけでなく、歌を別の形へ運ぶ自由を、今も使っているのです。

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