2007年の「Grace Kelly」でミーカを覚えた人には、声が高く跳ね上がる瞬間が、今もいちばん強く残っているかもしれません。
ただ、その後のミーカは、あの高音を毎回同じ形で聴かせてきた歌手ではありません。
穏やかな曲で声を聴かせ、オーケストラの中で昔の曲を歌い直し、フランス語では言葉をリズムとして楽しむようになります。
2026年の『Hyperlove』では、自分の声を何層にも重ね、電子的な音の一部にもしています。
高い声を持つ一人の歌手が、その声でどんな音楽を作れるのか。
ミーカの歩みは、その選択肢が増えていく過程として見ると面白くなります。
2007年――高音の派手さと、歌の中の落ち着かなさ
『Life in Cartoon Motion』の「Grace Kelly」には、ミーカの名前を一度で覚えさせるような高音があります。
低い声から高い声へと表情を変える歌は、周囲の求めに合わせようとして疲れてしまう人物の話と結びついていました。
曲の明るさと、語り手のいら立ちが同時に伝わるのです。
この歌の声の変化と、レコード会社とのやり取りから生まれた背景は、ミーカの歌い方で詳しく扱っています。
変遷を考えるうえでは、派手な高音が、最初から人物や物語を歌うためのものだったことを覚えておきたいところです。
同じデビュー作には、踊るような勢いの「Love Today」と、別れを扱うバラード「Happy Ending」があります。
ミーカは初めから、にぎやかな曲だけを歌っていたわけではありません。
ただ、デビュー時の鮮烈な印象に比べると、後年は穏やかな声や言葉の細かな動きに耳を向けたくなる作品も増えていきます。
2015年――「Good Guys」で、穏やかな歌を作りたくなった
四作目の『No Place in Heaven』を作るとき、ミーカは大きなスタジオでの録音をやめ、ロサンゼルスで借りた家に制作の場を移しました。
ピアノやギターなどの限られた楽器を使い、家にある物まで打楽器にして、曲を書きながら録音していったのです。
本人は、その制限がメロディーや歌い方を工夫するきっかけになったと話しています。
この時期の「Good Guys」については、柔らかな雰囲気を気に入り、こういう穏やかな曲を作る時期だと感じていたそうです。
尊敬する人々を思い浮かべながら、自分もどうありたいかを歌う曲。
「Grace Kelly」のように相手へ次々と自分を売り込む忙しさから、自分の大切なものを確かめる歌へ、話し方が変わったとも受け取れます。
もちろん、このアルバムにも軽快な「Talk About You」があります。
元気なミーカがいなくなったのではなく、同じ歌手が穏やかに語る曲も、作品の大事な位置を占めるようになったのです。
オーケストラで歌うと、昔の曲も別の展開を持つ
2015年には、モントリオール交響楽団との共演も実現しました。
サイモン・ルクレールが指揮と編曲を担当し、ミーカの既存曲をオーケストラで演奏する形に作り替えています。
この公演の録音は、同年の『No Place in Heaven』の特別版にも収められました。
ミーカが考えていたのは、ポップソングにきれいな弦の音を添えるだけの公演ではありません。
本人は、曲をもっと大胆に変え、生演奏のたびに違う形にできることを望んでいました。
完成したレコードの音をそのまま再現することから離れ、歌の展開を改めて作れるところに、クラシックとの共演の面白さがあったのです。
子どもの頃からクラシックを学んだ本人にとって、それは遠い世界へ出かけることでもありませんでした。
頭の中にあった自分の曲の姿を、オーケストラの音で聴けたという喜びを語っています。
初期にポップの中で目立った伸びやかな声が、今度は弦楽器や管楽器、合唱のある大きな演奏の中で歌を導く。
歌声の周りに置く音を変えることで、同じレパートリーを別の角度から聴かせるようになったのです。
その活動は後にも続き、2021年10月には、フィルハーモニー・ド・パリでもオーケストラや合唱団と共演しています。

2023年――フランス語で、声が打楽器にもなる
『Que ta tête fleurisse toujours』は、ミーカにとって初めて全編をフランス語で歌ったアルバムです。
フランス語の曲そのものは以前から発表していましたが、一作まるごとをその言葉で作ることには、別の難しさがありました。
英語で書くときのように、自分らしい歌詞が出てくるだろうかと考えていたそうです。
制作を通じて見つけたのは、普段の自分のフランス語を、そのまま歌詞に生かしてよいという感覚でした。
本人が特に楽しんだのは、言葉のリズムです。
英語では滑らかに歌える一方、フランス語では声を打楽器のように扱える、と話しています。
この違いは、高い音が出るかどうかという話とは別のものです。
短い言葉をどのタイミングで置くか、言葉の響きをどう弾ませるかで、歌そのものの動きが変わる。
伸ばした高音に注目していた耳にも、言葉を刻む声の楽しさが入ってきます。
「C’est la vie」は、この2023年の作品に収められた曲です。
公式MVは同年、ベルギーのフェスティバルで撮影されています。
客席へ歌いかける映像の中で、ミーカのフランス語がどんな調子で弾むのかにも注目すると、初期の英語曲とは違った面白さがあります。
アルバムは、明るい音楽で悲しみや喪失にも向き合っています。
重い話を歌うために、曲全体まで重苦しくする必要はない。
この点には、「Grace Kelly」の頃から続くミーカの考え方も見えてきます。

2026年――一人の声を重ねて、電子音と一緒に動かす
2026年1月に発表された『Hyperlove』では、ミーカは再び英語でアルバムを作りました。
出発点は、本人が一人で弾くピアノです。
そこで作ったデモを、共同プロデューサーのニック・リトルモアとともに、電子的なダンス音楽へと発展させています。
声の使い方も広がりました。
ミーカの声は主旋律を歌うだけでなく、ハーモニーとして重なり、電子的に変形され、リズムを作る音にもなっています。
伸びやかな声を、主役にも伴奏にも使う。
ここでは、一人の歌声と、その声から作られたさまざまな音の両方を楽しめます。
その一方で、制作では、古いアナログ機材を使い、音のずれや揺れを残すことが大切にされました。
電子音を使っていても、すべてを均一で滑らかな音にそろえることを目指したわけではありません。
人が歌い、演奏した感触を、音作りの中でも楽しもうとしています。
アルバムに先がけて2025年10月に出た「Modern Times」は、五つのピアノパートが重なる曲です。
本人は、時の流れや人生の重圧に抗う歌として説明しています。
細かく動き続ける音の中から、歌が大きな広がりへ向かう。その組み立てにも、ただ明るいだけでは済まない気持ちを、華やかな音楽で歌うミーカがいます。
変わったのは、声で楽しませる方法の多さ
ミーカの変化を、「若い頃は高く、後年は落ち着いた」とだけまとめると、大事なところが抜けてしまいます。
2015年には穏やかな曲を作る喜びがあり、オーケストラとの共演では、昔の曲を大胆に作り替えています。
2023年にはフランス語のリズムを楽しみ、2026年には自分の声を重ねた電子的な音作りへ進みました。
初期の高音が好きなら、後の曲でも高い声が出る瞬間を待ちたくなるでしょう。
そこに、柔らかく歌う部分、短い言葉の弾み方、後ろで重なる声への関心が加わると、聴けるものがぐっと増えます。
変わらず残っているのは、つらさやいら立ちまで、楽しい音楽の中へ連れてこようとする姿勢です。
「Grace Kelly」で声を変えながら演じていた若いミーカは、その後も明るさの中に複雑な気持ちを歌い続けました。
高音で人物の感情を大きく見せるところから、言葉を弾ませ、声を幾重にも重ねるところまで。ミーカは、自分の声で人を楽しませる方法を増やしてきた歌手なのです。
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