吉川晃司は、太い声を出せるようになった経験を、そのまま歌の完成とは考えていませんでした。
オペラ的な歌い方を使うと声は厚くなる一方、その方法ばかりではリズミカルに歌いにくくなる。
本人は、その加減を自分で制御することが大切だと話しています。
力のある声の印象が強い歌い手ですが、歌の作り方をたどると、ただ多く声を出せばよいという考え方ではありません。
響かせ方、低音の表情、出す声の量を、曲や場面に合わせて選んでいます。
「Humpty Dumpty」―2009年発表曲の公式音源
声を厚く響かせる方法を、曲に合わせて使う
2009年の「Humpty Dumpty」について、吉川は、ベルカントというオペラ的な歌唱法を使ったと説明しています。
ミュージカルを経験する中で、声が太くなり、キーも上がったという実感がありました。
ただし、声を厚く響かせる方法を、すべての歌へそのまま使おうとはしていません。
本人が同時に挙げたのは、その歌い方ばかりを続けると、リズムのある歌を歌いにくくなるという問題です。
曲に合わせて、身につけた方法の出し入れを考えていました。
長く響く声を作ることと、ビートの中でことばを動かすことは、歌う時の焦点が違います。
吉川が話す制御とは、厚い声を持つことに加え、必要な時にその響き方を選べることだったのでしょう。
強い声を出すだけでは説明できない、歌い方の判断があります。
ことばの形も、歌の力強さを作る
吉川の歌を、声量以外の面から受け取った歌手の話もあります。
豆柴の大群のミユキエンジェルは、2020年の取材で、COMPLEX時代の吉川を意識して歌っていると話しました。
制作を担当する松隈ケンタからの提案を受け、吉川を思い浮かべると声に力が出て、ことばの響きも変わるそうです。
彼女は、ある曲では吉川の特徴を大きく誇張して歌ったとも説明しています。
そのため、彼女の歌い方をそのまま吉川本人の発声法とすることはできません。
ただ、受け手に残る個性が、声の太さだけでなく、ことばの崩し方や勢いにもあると分かる証言です。
吉川の歌を聴く時も、同じ音程を出せるかだけでなく、ことばのどこが強く響き、どこが短く流れるかに注目できます。
旋律を伸ばす場面と、言葉をビートへ乗せる場面を分けて聴くと、本人が話す「響きとリズムの使い分け」も捉えやすくなります。
低音の中でも、声の表情を選ぶ
低い声を使う時も、吉川は、その高さだけを武器にしているわけではありません。
『SAMURAI ROCK』期の取材では、聞き手から低音の表情が増えたと指摘され、本人も自分の個性になってきたと応じています。
年齢や経験に応じた味わい、使える表現が増えることとして受け止めていました。
同じ低い音でも、どんな気持ちを乗せ、どのような声として曲へ入れるか。
本人の話からは、その選択を含めて歌を捉えていることが分かります。
低い方まで出せるという範囲と、低音の中に表情を持たせることは、別々に考えたいところです。
「SAMURAI ROCK」―2013年発表曲の公式音源
また、本人は、そのツアーの序盤には低音の調子がよくなかったとも話しています。
歌や芝居の仕事の中で声を使いながら、その日の状態も確かめていました。
録音で知っている声の印象が、そのまま、いつでも同じように出せる声とは限らないことも、本人の言葉が教えてくれます。
「まだ愛のために」と、スイングする歌の聴きどころ

画像出典:写真掲載元
声とリズムの関係を考える具体例には、2022年の『OVER THE 9』があります。
レーベルの作品解説を執筆した長谷川誠は、「まだ愛のために」を、深みのある歌声が印象的な16ビートのラブソングとして紹介しています。
一方、「ギムレットには早すぎる」は、スイングを取り入れた曲として挙げていました。
太い声を聴くという点では共通していても、その声を受け止める伴奏の動きは同じではありません。
「まだ愛のために」では、細かく動くビートと歌のフレーズの関係を、「ギムレットには早すぎる」では、弾むリズムにことばがどう乗るかを聴きどころにできます。
声の厚さだけに注目せず、伴奏と合わせて捉えると、曲ごとの表現が見えやすくなります。
また、2025年の日本武道館公演を伝えたWOWOWのレポートは、ピアノ伴奏で歌った「ロミオの嘆き」の、煙るような味わいの歌声に注目しました。
強いビートの曲から、ピアノを背景に声を聴かせるバラードまで。
同じ歌い手の太さが、違う編成の中で、どんな感情を伝えるかも比較したいところです。
歌えるうれしさで、声を出し過ぎる時もある
2021年の音楽番組『INVITATION』への出演に際して、吉川は、リハーサルでは久しぶりに歌い、自分の声をうまく制御できなかったとコメントしています。
歌えることがうれしく、つい大きな声を出し過ぎてしまう感覚もあったそうです。
本番までに体を整え、調子に乗り過ぎないようにしたいと話していました。
ここで本人が気にしているのは、声が足りるかどうかだけではありません。
出せる声を、どれほど出すかも、本番へ向けて調整する対象になっていました。
勢いがある時ほど、その勢いをそのまま声量へ変えればよいとは考えていないのです。
奥田民生との共演で、低音とシャウトを使い分ける
Ooochie Koochieでの共演には、別の歌手の曲を通して吉川の声を聴く面白さがあります。
2025年9月の日本武道館公演について、WOWOWのレポートは、デヴィッド・ボウイの「Let’s Dance」で聴かせたスモーキーな低音を取り上げています。
奥田民生の「御免ライダー」では、艶と伸びのあるシャウトを評価しました。
この公演の「Do The Shuffle」では、二人が同じ旋律を歌うユニゾンも聴かせています。
一人の声で曲を引っ張る場面に加え、相手と声を重ねる場面があることも、ユニットならではの聴きどころです。
同じ公演の中に、低音の質感を味わう曲と、声を大きく解き放つ曲がありました。
低い声を使う歌手、力強く叫ぶ歌手と、どちらか一方にまとめるより、曲に応じてどの面を前へ出すかを追う方が、吉川の表現を捉えられます。
共演相手のレパートリーを歌うことで、自分の代表曲とは違う場所に、その声の特徴が現れていました。
声を厚く響かせる方法を選ぶこと、低音の中にも表情を持たせること、歌う気持ちと出す声の量を確かめること。
吉川の歌い方は、強い声を一度手に入れて終わる方法ではありません。
曲のリズムと、その時の自分の声の間で、使い方を選び続ける歌です。
ミュージカルでの変化、休養から復帰したステージ、還暦での表現までの歩みは、吉川晃司の歌唱変遷でたどっています。







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