楠木ともりの歌い方|小さな声の息遣いと、裏声の表情を生かす工夫

楠木ともり(2023年公開の『PRESENCE / ABSENCE』インタビュー掲載写真) シンガー
楠木ともり(2023年公開の『PRESENCE / ABSENCE』インタビュー掲載写真)

楠木ともりの歌声には、小さな音量でこそ残せる表情がある。
「narrow」の録音では、歌い始めをとても小さな声で歌い、声の震えや息遣いまで生かそうとしていたという。

小さく歌うこと、裏声へ切り替わること、音から音へ柔らかくつなぐこと。
本人の録音の話をたどると、声の細部を曲の表情に変える選択が見えてくる。

「narrow」(2021年)の公式ミュージックビデオ。

「narrow」、歌い始めの音量を小さくして細部を残す

「narrow」は、2021年11月発売の同名EPの表題曲だ。
VANITYMIXの取材で楠木は、この曲の最初の部分を、とても小さな音量で歌ったと説明している。

それまでの激しい曲では、その歌い方をすると伴奏に埋もれてしまい、声の震えや息遣いを入れにくかったという。
この曲では、そうした細かな表現で、冬の温度感まで伝えたいと考えていた。

ここでは、声を大きく聴かせることに加えて、どれだけ細部を残すかが歌い方の選択になっている。
シンプルなメロディだから、感情の乗せ方も繊細にできたと本人は話していた。
伴奏やメロディとの関係があって、小さな声の表情が生きてくるのである。

「BONE ASH」、裏声に切り替わる表情を録音で生かす

2023年の『PRESENCE』に収録された「BONE ASH」では、サビでの裏声の扱いが、制作中のやり取りに表れている。

「BONE ASH」(2023年『PRESENCE』収録)の公式リリックビデオ。

リスアニ!の取材によると、曲を手がけたCö shu Nieの中村未来は、仮歌に加え、録音の場でも歌って方向を伝えていた。
楠木は、裏声で抜くところやリズムの取り方を参考にしながら、自分の歌にしていったという。

印象に残っていたのが、サビで頻繁に裏声へひっくり返る部分だ。
中村からは、強さを出すためにミックスボイスで歌う案も出た。
ただ、すぐにはその歌い方へ切り替えられずにいたところ、中村は、そのときの声の方が素敵かもしれないと提案したという。

結果として、録音の中で出てきた声の表情を生かす方向になった。
声を出して確かめながら、歌い手と作り手が一緒に表現を選んでいる。
裏声への切り替わりも、一曲の表情として選ばれたのである。

同じ「BONE ASH」でも、冒頭のコーラスでは違う歌い方をしている。
公式サイトに掲載された中村との対談で、楠木は、普段なら息を多く交えてニュアンスを付けるところを、この部分ではまっすぐ歌ったと話している。
何声も録り、楽器のような声にすることで、加工したときにきれいになると教わったという。

中村はその声に、音量を揺らすトレモロの効果を加えている。
声そのものに細かな表情を付ける場合と、加工を加えたときの響きに合わせて歌う場合とでは、録る声の選び方も変わる。
主旋律で裏声への切り替わりを生かす一方、コーラスでは声を音の素材として整える。
一曲の中に、異なる役割の歌が共存しているのだ。

「DOLL」は、自宅デモのウィスパーから歌を決めた

2024年のEP『吐露』に収録された「DOLL」では、編曲を担当した亀田誠治の提案が、歌い方を決めるきっかけになった。
楠木は、当初は鋭いバンドサウンドに合わせ、声を張って歌うつもりだったという。
ところが、自宅では大きな声を出せず、デモの歌声が、息遣いを感じさせるウィスパー気味になっていた。

亀田はその声を気に入り、そのままの方向で歌うことを提案した。
楠木も本録音前のプリプロで試し、ウィスパーのほうが曲に合うと感じたという。
意図して完成させた歌唱案だけでなく、準備中に生まれた声にも、曲にふさわしい表情があったのである。

声の仕上げについても、二人で確かめている。
楠木は、最初に聴いたミックスのリバーブが強すぎるのではないかと感じ、少なくしたものも聴かせてもらったという。
比べた結果、元の仕上がりのほうが良いと納得した。
歌い方だけを取り出さず、残響を含む曲全体の中で、その声の似合い方を判断した例だ。

楠木ともり(2023年公開の『PRESENCE / ABSENCE』インタビュー掲載写真)
楠木ともり(2023年公開の『PRESENCE / ABSENCE』インタビュー掲載写真)。
画像出典:画像掲載元

「浮遊」、音の高さと強さを急に切り替えない

2025年の『LANDERBLUE』収録曲「浮遊」は、AAAMYYYが作詞・作曲・編曲を手がけた曲だ。
ここでは、声をどうつなぐかに、楠木が学んだことがある。

「浮遊」(2025年『LANDERBLUE』収録)の公式リリックビデオ。

アニメイトタイムズの取材で、楠木は、AAAMYYYの歌い方について、音の強弱や音程の移り変わりが、はっきり区切られずに動いていくところを挙げている。
その途中の一瞬も大切だと感じ、なるべく柔らかく歌ったという。
相手の歌をそのまままねるのではなく、自分のウィスパーを磨いてもらった感覚があったとも話している。

録音の仕上げにも、その表現を伝える工夫がある。
本人の説明では、リバーブやディレイといった残響や反復を加える効果はあまり使わず、声が近く感じられる方向にしていた。
声の出し方と、それをどう届けるかという仕上げが、結びついているのだ。

「DOLL」では強めの残響が選ばれ、「浮遊」では声が近く感じられる仕上げを目指している。
どちらも息遣いを生かせる歌い方だが、その声をどのような距離感で届けるかは同じではない。
小さな声だから必ず近い音にする、という一つの作り方に決まっているわけではないのだ。

キャラクターの声と、歌詞の気持ちを重ねる

声の表情を選ぶ仕事は、キャラクターソングにも表れている。
2018年にレン役として歌った「To see the future」では、レンの声でありながら、歌詞には現実世界の小比類巻香蓮の内面が描かれていると楠木は考えていた。
アニメ『ガンゲイル・オンライン』の同じ人物が持つ、二つの姿のバランスが課題だった。

録音はアフレコより先で、最初はその違いや配分をつかめていなかったという。
実際に歌ううちに、レンの中の香蓮、香蓮の中のレンという関係が腑に落ち、演じ方の理解にもつながったと説明している。
キャラクターらしい声色を保つことと、歌詞が語る気持ちを声に入れることを、歌いながら結びつけていったのだ。

曲を作ったJazzin’parkからの指示にも、一つずつ認識を合わせて取り組んだという。
どんな声で歌うかを決める際、音色だけでなく、その言葉を誰がどんな気持ちで言うのかまで考える。
こうした仕事も、楠木の声の表情を知るための具体例になる。

「narrow」の小さな声、「BONE ASH」の裏声への切り替わり、「浮遊」の柔らかな音のつながり。
これらの曲を並べると、楠木の歌い方を、音量や高さに加えて、声の細部から捉えられる。
その細部をどんな表情として残すかまで、歌唱の選択になっているのである。

録音とライブで、歌い方への向き合い方がどう変わったかは、楠木ともりの歌唱変遷でたどっている。

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