鬼龍院翔(ゴールデンボンバー)の歌唱変遷|発声を学び直し、自分の歌を歌い続けるまで

鬼龍院翔(2013年のシネマトゥデイ掲載写真) シンガー
鬼龍院翔(2013年のシネマトゥデイ掲載写真)

「欲望の歌」のBメロには、鬼龍院翔がリハビリを経て得意になったと語るミックスボイスが使われています。
その前には、慣れ親しんだ歌い方を変え、新しい声の出し方を身につける時期がありました。
本人が残した言葉から、その過程をたどります。

欲望の歌 — 『ノーミュージック・ノーウエポン』(2015年)収録曲のMV

2013年、別の楽器を弾くように発声を学び直す

2013年の「裸の王様」ツアー後、鬼龍院は、前年後半から以前の発声が使えなくなった経験をブログにつづりました。
それまでの歌い方を壊れたバイオリン、新しく学んだ方法をチェロにたとえています。

鬼龍院翔(「裸の王様」ツアー後、2013年10月9日の本人ブログ掲載写真)。
鬼龍院翔(「裸の王様」ツアー後、2013年10月9日の本人ブログ掲載写真)。
画像出典:鬼龍院翔オフィシャルブログ

本人は、毎日取り組んでも進歩をほとんど感じられず、歌を辞めたくなることもあったと振り返っています。
先生から基礎を学び直しても、いざ本番になると以前のやり方が戻ってくる。

歌を諦めて制作へ進むことも考えましたが、自分の曲を歌い続ける道を選びます。
不安定な歌を聴かせることへの反応も引き受け、ステージに立ちながら新しい発声を身につけようとしました。

「デスメンタル」の歌い出しが、怖くなくなった日

その変化を本人が実感した場面が、一曲目の「デスメンタル」でした。
歌い出しの高音が近づく瞬間を怖がっていたものの、最終公演では、その恐怖を感じなくなったと書いています。

最後の曲を終えてお辞儀をしたときには、前年、声が出ずに歌えなかった公演での謝罪を思い出したとも記しています。
一つの高音を越えられた喜びには、再び自分の歌を届けられるという実感が重なっていました。

デスメンタル — 『ゴールデン・アルバム』(2012年)収録音源。
2013年の「裸の王様」公演とは異なる録音です。

「片想いでいい」は、ツアーを経て歌を録り直した

歌い続ける中での変化は、録音を選び直すことにもつながりました。
2014年のシングル『ローラの傷だらけ』に収めた「片想いでいい」は、翌年のアルバムでボーカルを録り直しています。

もともとの歌について、鬼龍院は、恋を諦めようとしながらも心をさいなまれる、その揺れを声にしたと説明していました。
同じシングルでも、情熱を強く出す表題曲とは、歌に込める感情を変えています。
高音を出せるかどうかだけでなく、曲の主人公がどんな気持ちでいるのかを、声に表そうとしていたのです。

片想いでいい — シングル『ローラの傷だらけ』(2014年)収録音源

2015年のアルバム発表時には、ツアーの中で「片想いでいい」の歌い方が変わっていったため、それ以前の録音を入れ替えたかったと明かしました。
完成済みの歌をそのまま歌い続けるのではなく、公演で生まれた変化を作品にも残したい。
その思いが、同じ曲の録り直しになっています。

アルバム名『ノーミュージック・ノーウエポン』にも、自分らしい表現を守っていく思いを込めたと話していました。
歌う方法を学び直すことと、自分らしさを大切にすることは、彼の中で並んで進んでいたのです。

2016年、「欲望の歌」で語った高音の出し方

2016年のブログでは、長期のリハビリを通じて声の調子が戻り、生き生きと歌えるようになってきたと報告しています。
ミックスボイスも得意になり、高い声が楽に出せるようになったというのです。
その使いどころとして本人が挙げたのが、2015年のアルバム『ノーミュージック・ノーウエポン』に収めた「欲望の歌」のBメロでした。

2013年の記録では、歌い出しの高音へ近づくこと自体が怖かった。
それに対して、このときは身につけた声を曲のどこで使ったのかを、具体的に説明しています。
歌い続けるために学んだ方法が、自分の曲を表現する手段にもなっていたのです。

手術の前後も、声を扱う取り組みは続いた

この年、鬼龍院は声帯の小さなポリープを切除する手術も受けています。
本人はその膨らみと以前からの発声の問題は別のものだとし、先生と相談して手術を決めたと説明していました。
長いツアーが始まる前で、歌の仕事の期間が空いていたことも理由でした。
ミックスボイスが得意になったという報告は、手術を受ける前に書かれたものです。

術後の報告では、担当医がそれ以前のリハビリから継続して診てくれていたことにも触れています。
本人が大切にしていたのは、診察で受ける助言や、声を取り戻すための積み重ねでした。
相談を重ねた相手への信頼が、今回の手術を受ける判断にもつながっていたのです。

手術が終わると、しばらく話さずに過ごし、その間は全国ツアーの制作作業を進めると書いていました。
歌うことを休める時間にも、次に観客と会うための仕事は続いています。
歌い手としての回復と、曲や公演を作る仕事が、同じ日々の中にありました。

5月22日のブログでは、喉の経過は順調で、小さな声で話したり、ハミングでリハビリをしたりしていると報告しました。
本人の説明では、声の出し方を忘れないようにするための取り組みでした。
翌日の仕事についても、大声は出さず、代わりにリアクションを大きくすると伝えています。
そのとき使える声に合わせて仕事の仕方も変えながら、次のツアーへ向かっていたのです。

新しい方法で、自分の曲を歌い続ける

鬼龍院翔(2025年の音楽ナタリー対談掲載写真)
鬼龍院翔(2025年の音楽ナタリー対談掲載写真)。
画像出典:画像掲載元

2025年には、アニメ「えぶりでいホスト」へ主題歌を提供しました。
下野紘との対談で語ったのは、キャラクターとして歌う声優と、自分の名前で歌う自身との違いです。
役の声で歌うという仕事に改めて驚いた一方、自作曲を自分で歌うなら、むしろ自分らしさを出す必要があると説明しました。
声を学び直したあとも、自分の曲を自分の声で届けるという軸は続いています。

その後の歩みでは、歌う方法を学び直しながら制作も続け、自分の曲に使える声を増やしてきました。
「欲望の歌」のBメロについての言葉は、その積み重ねが実際の表現へつながった具体例です。
どんな声を好み、曲に合わせて何を選んでいるのかは、鬼龍院翔(ゴールデンボンバー)の歌い方で見ていきます。

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