Ayumu Imazuの歌唱変遷|高い声への憧れから、自然な声を信じられるまで

2022年「Pixel」インタビュー掲載のAyumu Imazu Ayumu Imazu
2022年「Pixel」インタビュー掲載のAyumu Imazu

サビなら、高い声を出したほうがいい。
Ayumu Imazuがそんな考えから自由になれた転機が、2024年の「Obsessed」でした。
気負わずに歌った曲が届いたことで、声の魅力を判断する基準そのものが変わります。

声変わりで、好きだった高音が出しにくくなった少年時代もあります。
歌への考え方をたどります。

声が変わり、自分の歌を探し始めた

幼い頃は女性の曲も原曲のキーで歌えるほど声が高く、その声を出せる自分が好きだったといいます。
ところが13歳頃、声が低くなり、以前のようには歌えなくなりました。
のちに「カラオケ行こ!」の主人公に共感したのも、歌いたい気持ちと実際の声が合わない経験を、自分も知っていたからです。

14歳で渡ったニューヨークでは、ギターを持って路上に立ち、自分の力を試しました。
歌のうまい人の多さに圧倒されても、そこで歌手になる夢を捨てることはありませんでした。
自分とは育った環境が違うのだから差があるのは当然だと受け止め、作曲にも取り組んでいきます。

留学先のボーカルレッスンでは、感情と声色をどう結び付けるかを学びました。
2022年には、声変わりの頃に約2年間出せなかった裏声が再び使えるようになり、強さも加えられるようになったと説明しています。
出せる声が増え、それを作品で生かす段階へ進みます。

「Juice」から「Pixel」へ、声の見せ場を作る

2021年8月、メジャーデビュー曲となったのが「Juice」です。
海外の作家と初めて制作したこの曲で目指したのは、皆が一緒に踊れる明るさでした。
ライブで観客が乗ってくれた手応えもあり、彼にとっては自分の音楽を人前へ差し出す大きな一歩になります。

曲の中には、歌い方の起伏も組み込まれています。
本人の説明では、Aメロはリズムを重視したラップに近い部分、Bメロはいったん落ち着き、サビで一気に開放する構成です。
最初から最後まで同じ勢いで押すのではなく、抑える場所を用意することで、サビの明るさを際立たせていました。

翌2022年のアルバム「Pixel」では、その明るいダンス曲の印象を広げます。
今井了介と作った「Over You」は、テンポを抑えた暗めのダンストラックを志向した曲でした。
軽快さを前へ出す「Tangerine」とは異なる方向を示し、アルバムの中にクールな表情を加えています。

「Over You」のサビでは、新たな武器となったミックスとヘッドボイスを使っています。
声の回復が、作品の幅につながった例です。

同年11月の「Pixel」公演では、踊る曲の間にバラード「破片」も置かれました。
言葉ごとに感情を込め、歌を届けました。
ダンスで会場を動かす時間と、歌の言葉に向き合う時間。
初期のステージから、すでに両方を持っていたことが分かります。

共演者の声が、自分の歌い方を変えた

2023年の「Don’t Mind Me」では、Da-iCEの花村想太と共演しました。
先に録音した花村の声はよく通るため、いつものまま歌えば自分が埋もれると感じたといいます。
そこで、二人が同じ旋律を歌う部分では普段と違う声質を意識し、サビでも互いの声が響くバランスを考えました。

「Obsessed」が変えた、サビは高く歌うものという考え

2024年4月のインタビュー掲載のAyumu Imazu
2024年4月のインタビュー掲載のAyumu Imazu。
画像出典:画像掲載元

「Obsessed」は、初めて全編を英語詞にした楽曲です。
SNSに出したデモへの反響を受けて完成させ、2024年1月に発表しました。
気軽に出した歌が、新しい聴き手との接点になりました。

この経験は、続く「BANDAGE」のキーにも影響します。
本人は「Obsessed」がなければキーを上げていたはずだと振り返っています。
以前はサビで高い声を出すべきだと考えていましたが、楽な状態の声にもよい雰囲気があると気付いたのです。

後年の本人の振り返りには、ダンス曲で知られる存在にならなければという焦りも出てきます。
そんな時期を経て、力を抜いて作ったメロウな曲が広く届きました。
得意なものを強く提示するだけでなく、好きな音楽を素直に出すことへの信頼が生まれた転機と読めます。

「Obsessed」が広がったことで、憧れていたMAX本人からも連絡が届きました。
一緒に何かを作りたいという申し出から、2024年4月にはMAXを迎えた別バージョンへ発展します。
翌年のアメリカツアー参加へとつながる相手と、歌を通じて接点ができたのです。

2024年の「SOLO」では、NOA、Novel Coreと、それぞれの個性を残す形で声を組み合わせます。
各自のパートは本人たちに委ね、Ayumuが歌うサビに重ねるアドリブにはアイデアを出しました。
一人で声の表情を変えるところから、他者の声との関係を作るところへ、歌の設計が広がっています。

完成した演目を見せるステージから、その場で応えるステージへ

2025年には、MAXのアメリカツアーへの参加が新しい経験になりました。
300〜400人ほどの会場で観客との距離が近く、MAXがリクエストに応じて即興で歌う姿にも刺激を受けたといいます。
帰国後の「ERA」ツアーでは、そのやり方を自分の公演にも取り入れました。

この時期、本人はステージ上での自信が増したことを語り、バンドのミュージシャンとのセッションにも意欲を示しています。
振付と歌を準備して届けるだけでなく、一緒にいる演奏者や客席から音楽が動き出す余地も求めるようになりました。
録音で力を抜くことを覚えた後、ライブでも予定どおりに進める以外の楽しさを広げていきます。

「CLASSIC」で広がった声と、残ったバラードの軸

2026年5月「CLASSIC」インタビュー掲載のAyumu Imazu
2026年5月「CLASSIC」インタビュー掲載のAyumu Imazu。
画像出典:画像掲載元

2026年5月の「CLASSIC」では、制作方法にも手を入れます。
それまでの、一人でデモを大部分作ってから仕上げを頼む方法に限界を感じ、信頼するプロデューサーたちと共同で作る比重を高めました。
自分には発想があっても形にできなかったものを、相手の力で具体化する挑戦でした。

「Bassline」で組んだBoy Blueからは、録音の進め方にも刺激を受けています。
Aメロを何度か録り、よい部分を選んだ後に細部を録り直す。
声を引き出す作業のスピードにも、新しい発見がありました。

このアルバムでは、曲ごとに声質を変えなければ、その曲のよさが伝わらないとも説明しています。
表題曲「CLASSIC」では日本語で自分の意志を伝え、踊る曲では言葉の心地よさを大切にする。
違う声の表情を、一人のアルバムとしてまとめています。

6月21日の東京公演には、その幅がステージにも表れていました。
「Sugar Rush」で響かせた甘い高音から、ギターを手にした「THRIFTED」、客席のリクエストに応えた「破片」へ。
「あなたといたい」では、言葉を語るように歌いました。
高音、バンドとの演奏、言葉を直接届ける歌を、一つの公演の中で行き来していました。

アルバム終盤の「Home」などに込めたのは、踊って楽しいだけでなく、聴いた人が自分と向き合うきっかけになる音楽を届けたいという思いです。
ダンス曲の幅が広がっても、メロディと言葉で内側へ届く歌は、今も本人の大切な軸になっています。

声変わりを経て再び使えるようになった声と、無理に高くしなくてもよいと知った声。
Ayumu Imazuの歩みには、両方の獲得があります。
具体的な曲の歌唱はAyumu Imazuの歌い方へ。

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