涼音(レトロリロン)の歌声の変遷|何度も録り直す歌から、その瞬間を残す「咒」へ

涼音(2023年ぴあ掲載、写真:吉田圭子) シンガー
涼音(2023年ぴあ掲載、写真:吉田圭子)

一つのフレーズに納得できず、何十回も歌い直していた時期がある。
レトロリロンの涼音(すずね)が明かした録音の話には、表現したいことと、それを声にする技術との距離が表れています。
2026年のアルバムでは、その距離が変わっていました。

彼の歩みは、バンドが大きくなる歴史と、歌を選び取る基準が変わる歴史を重ねて見ると分かりやすくなります。
歌声を目立たせること、言葉を届かせること、その一度の感情を残すこと。
何を大切にして声を録り、舞台に立ってきたのでしょうか。

録音を学びながら、それでも歌う側に立ちたかった

涼音は15歳で音楽を始め、大学ではレコーディングエンジニアのコースに進みました。
音を録る仕事への就職も考えたものの、学ぶうちに、自分は歌っていたいという気持ちが強くなったと振り返っています。
初めから仲間とバンドを組むつもりだったわけではなく、一人で活動する道を考えていました。

のちにベースを担う飯沼一暁は、大学時代、涼音がアコースティックギター一本で歌う姿に引きつけられたと話しています。
声の魅力は、大きな編成を得て初めて生まれたものではありません。
その歌を、ほかの演奏者とどう共有するかが次の課題になりました。

2020〜2023年、一人の言葉がバンドの歌になるまで

2020年に結成したレトロリロンは、音楽大学で出会ったメンバーの集まりです。
しかし初期は、それぞれが得意な音楽を出すほど、全体がまとまりませんでした。
涼音が話し合いで伝えたのは、自分の言葉を形にして残したいという出発点です。
それを理解したうえで続けるか、メンバーが選び直したことが転機になりました。

2023年には、弾き語りのデモを渡し、まず各自の解釈を出してもらい、そこから音を削る作り方になっていました。
歌い手がすべてを指示するのでも、声が演奏に埋もれるのでもない。
歌詞をどう届かせるかを、バンドで探すようになったのです。

レトロリロン(2023年DI:GA ONLINE掲載、写真:坂本彩美)
レトロリロン(2023年DI:GA ONLINE掲載、写真:坂本彩美)。
画像出典:画像掲載元

2023年の初EPは、本人にとって高校から約10年続けた活動の成果を実感する作品でもありました。
結成からの3年間だけを見ると、この歌に至る助走の長さを見落としてしまいます。
一人で続けてきた表現が、ようやくバンドの作品として形になった時期でした。

初EP『インナーダイアログ』を発表した2023年、涼音は、舞台に立つと強気になれる一方、客席の視線には緊張すると明かしています。
この時期にメンバーが語ったのは、歌詞を涼音一人の言葉として運ぶ段階から、バンド自身の意思として届けたいという変化でした。
歌う本人の怖さを消した、という話ではありません。
一人で書いたものを、一緒に引き受ける人ができたのです。

2024年、明るい曲でも孤独を声に残す

『ロンリーパラドックス』の「TOMODACHI」では、終盤の歌声の重ね方にまで意味を持たせました。
みんなで歌う案を試したものの、明るくなりすぎるため、涼音自身の二つの声へ変更しています。
にぎやかな曲調に乗せても、内側の寂しさまで消さない。
歌の感情を、録音する声の人数で選ぶような作業です。

一方、舞台では同じ曲が聴き手へ開かれていきます。
2024年2月12日の渋谷クラブクアトロ公演では、「深夜6時」から「TOMODACHI」への流れが、観客も参加する歌へ発展しました。
自分のために書いた歌が、いつの間にか皆のものになっていた、と本人も実感していました。
録音で描いた孤独と、ライブでのつながりが共存していました。

2025年、昔の自分へ答え、歌を支える動きも変える

『アナザーダイバーシティ』の「救いのない日々よ」は、20歳ごろに書いた曲が出発点です。
当時は、一人で歌っても誰にも振り向いてもらえない経験がありました。
2025年の作品にする際には、昔の自分に答えるように言葉を加え、最後にAメロも足しています。
過去の苦しさを保存するだけでなく、今の自分の立場から歌い直す内容へ更新したのです。

ここで確認できるのは、昔より声が太くなったといった身体的な変化ではありません。
同じ曲に立ち戻るとき、何を歌の出口にするかが変わったことです。
初期の自分を切り捨てず、今の言葉を隣に置く。
その視点の広がりが、この時期の表現を考える手掛かりになります。

2025年4月6日、EX THEATER ROPPONGI公演。

同年のメジャーデビュー曲「UNITY」では、歌とピアノの関係も変わりました。
miriは、それまで歌の息継ぎにフレーズを入れていたところから、歌と一緒に始まり、一緒に切れる動きへ挑んだと説明しています。
歌の隙間に別の旋律を置く方法から、歌の動きそのものを支える方法へ。
言葉を聴かせるための工夫が、伴奏との呼吸にまで及んでいます。

2025年8月16日のSUMMER SONICでも、歌を客席へ渡しています。
「ワンタイムエピローグ」で涼音がマイクを高く掲げると、観客の合唱が響きました。
自分が歌い続けるだけでなく、聴き手が声を出す時間を作る。
一人で言葉を形にするところから始まった歌が、舞台では他者の声を迎え入れるものになっていたのです。

2026年、偶然の好テイクを待つ録音から抜け出す

1stフルアルバム『コレクションアローン』について、涼音は、以前は一曲に約7時間かけることもあったと明かしました。
狙うニュアンスが偶然出るまで、歌い直していたのです。
今回は各曲1〜2時間ほどになり、厳しすぎた自分の合格基準を緩めたことも、歌いやすさにつながったといいます。

注目したいのは、速さより、狙った表現を声にできる手応えです。
特定の練習法は挙げられていませんが、技術への意識と、自分の歌を採用する判断の両方が変わったと読めます。

『コレクションアローン』期のレトロリロン(2026年公表写真)
『コレクションアローン』期のレトロリロン(2026年公表写真)。
画像出典:画像掲載元

その判断がはっきり表れたのが「咒」です。
当初考えていた明るいバラードではアルバムに起伏が足りず、涼音が人に聴かせず終えてもよいと思っていた曲を出すことになりました。
出来上がったのは、歌とピアノに絞った一曲です。

彼はこの歌をほぼ一発で録り、上手下手より、その瞬間だけのテイクを大切にしたと説明しています。
再現できない感情を残すという基準が、作品の中心に置かれました。

2026年4月18日のZepp Haneda公演でも、「咒」には喪失感と、その奥から立ち上がる決意がありました。
歌とピアノの間の静けさまで含めた場面になっています。
録音で残した切実さを、舞台では客席が見守る時間にしていく。
音数の少ない曲が大きな会場でも中心になることは、涼音の表現を、強い声だけで捉えられない理由でもあります。

さらに強くなることと、温かく歌うことの間で

秋のEP『アブノーマルライフハック』に入った「Dear」では、人との出会いがもたらす温度を表そうとしました。
10月に涼音は、それまで他者との関わりから生まれる負の出来事を、自分でどう解決するかを書いてきたと振り返っています。
出会いが人生を変える可能性へ目を向けたことが、この曲の背景にあります。
強い意思を突きつける作品の中に、人との関わりを温かく見つめる歌を置いたのです。

ただし本人は9月、力が増したと感じる一方、喉を傷め、歌い方を再検討しているとも話しました。
自信と課題の両方がある時点です。

涼音の歩みをたどると、歌の強さは、出せる声の大きさだけでは測れないと分かります。
言葉を共有する仲間との関係、録音で残す瞬間の判断、客席へ渡すときの距離。
曲ごとにどのような声を選ぶのかは、涼音(レトロリロン)の歌い方で掘り下げています。

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