ラップなら負ける気がしない。
それほどの自信を持つJESSEが、歌については、うまくなるまで待ってほしいというところから挑戦を始めています。
2015年のThe BONEZ『Beginning』を語ったときのことです。
RIZEのフロントマンとして知られるJESSEにとって、新たな課題は、リズムと言葉で押し出してきた感情を、メロディーの中へ入れることでした。
その試行を追うと、JESSEの歌が、聴き手を奮い立たせるだけでなく、一緒に歌う場所を作っていく過程が見えてきます。
RIZEのころから、歌の種はあった
RIZEは2000年、「カミナリ」でデビューしました。
翌年の『FOREPLAY』には、激しい曲に加えて、中くらいのテンポでメロディーを聴かせる曲や、大勢で歌える曲が並んでいます。
初期から表現の幅はありました。
後のThe BONEZと比べるときも、ラップしかできなかった歌手が突然歌えるようになった、と考えると出発点を取り違えます。
2002年の「02」の録音では、書いてあった言葉が、曲に入り込むうちに意味を読み取れない声へ変わった部分もありました。
言葉の意味を越えて、声そのものを衝動にする表現を試していたのです。
一方、『Natural Vibes』の制作前には、Def TechのMicroと旅に出ています。
ニューヨークで、同時多発テロの犠牲者を悼む人たちを見る。
ジャマイカでは、敬愛するボブ・マーリーの存在と現地の状況を考える。
そこで人生観が動き、言葉が伝わりやすいものになったと話しました。
Def Techと共演した「VIBRATION」も含め、重い音の中で言葉を放つ曲と、メロディーを前に出す曲が同居する作品です。
強く叫ぶことと、分かりやすく伝えることは、最初から別々の課題としてありました。
2012〜2013年、自分の予想を超えたバンドが生まれる
2012年には、ハワイでの生活をきっかけに、音楽との向き合い方も見直しています。
以前は日本語を使うことを強く意識していたものの、海外の音楽から受け取っていた感覚を素直に出すと、自分に合うことに気づいた。
曲の区切りを先に考えるより、リフやノリから形にする自由を捉え直した時期でした。
転機の入口は、ソロ音源を使った公募企画でした。
ヒップホップのアレンジが多く届く中、ZUZUが全曲をバンドの形にして応募します。
自分の作った音を大きく変えてくれる相手を求めていたJESSEには、その提案が響きました。
さらにT$UYO$HIとZAXが加わり、個人の企画はThe BONEZというバンドへ進んでいきます。
ただし、有名なバンドのメンバーを集める計画が先にあったわけではありません。
Pay money To my Painの活動が止まった時期に音を出す場所が生まれ、その後にボーカルのKを失います。
親しい人を失った仲間同士が支え合う時間と、新しいバンドが育つ時間が重なっていました。
2012年にJESSE and The BONEZとして動き始め、2013年にはThe BONEZへ改名。
RIZEとは別の仲間と音を作る場が、継続するバンドになりました。
名前が変わったことより大きいのは、慣れた自分を期待される場所から、新しい表現を求め合う場所へ踏み出したことです。

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2015年、得意技を減らして歌と向き合う
『Beginning』では、ラップを「Hello Monster」の終わりのわずかな部分にとどめました。
ベースのT$UYO$HIも、RIZEで聴けるものを繰り返すより、別のJESSEが見える曲を作りたかったと説明しています。
本人だけの決意ではなく、仲間が歌の可能性を見込んで用意した挑戦でもありました。
本人には、ラップと歌がまだ分かれている感覚もありました。
歌の途中にラップが入り、その逆も自然に起こるようにしたい。
二つを自在につなぐために、歌の側へ深く入っていったのです。
この段階を知ると、力のある声でメロディーを歌う姿にも違う意味が生まれます。
いつもの勢いを別の曲へ載せただけではありません。
言葉のリズムを動かす自信があるからこそ、メロディーに感情を託す難しさにも正面から向き合えたのでしょう。
2016年、ラップと歌が自然につながる
翌年の『To a person that may save someone』ではラップを再び取り込みます。
JESSEは、この時点のラップや歌い方が自分にとって最も自然で、アコースティックギターを渡されても同じように歌える、と手応えを話しました。
前年に課題としていた二つの表現の距離が、ここでは縮まっています。
「1905」のようなグランジの感触も、以前から好きだったものの、十分には形にできていなかった表現でした。
それが自然に出て、自分でも好きな曲になった。
新しい技術を外から足すだけでなく、好きだった音楽を自分の歌として取り出せるようになったことが、自信につながっています。
2018年、声の強さに、近くで歌う温度が加わる
『WOKE』では、歌のメロディーをメンバーで作り、言葉の意味も共有するようになりました。
四人で歌を練ることが、前作からの大きな違いでした。
入口に置かれた「Until you wake up」は、そっと話しかけるような歌い出しから激しい展開へ進む曲です。
最初の柔らかさがあるから、後の勢いにも、誰かのそばで歌い続ける表情が残ります。
強い声で聴き手を起こすだけでなく、目を覚ますまで待つような距離が生まれました。
同年4月29日のアルバム全曲披露公演でも、長く取材してきた増田勇一は、JESSEの歌い手としての成長に注目しています。
もともと評価されていたフロントマンとしての力に、メロディーを歌う表現が追いついてきた、という見方です。
本人の手応えだけでなく、ステージでも変化が受け止められていました。

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2020〜2023年、歌う相手を見つめ直し、得意技を取り戻す
2019年の逮捕で活動が止まったあと、ソロ作品『Crescent』へ向かう制作は、何も決めずスタジオへ入るところから始まりました。
「テガミ」ができ、次の曲が生まれるにつれて、自分の歌いたいことが分かってきたと振り返っています。
まず家族や身近な仲間に聴いてもらい、そこから届けたい相手が一人ずつ増えていきました。
2020年のこの作品では、大勢の知らない人へ向かう前に、そばにいる人へ新しい歌を渡しています。
歌う内容と相手を、曲を作りながら確かめ直した時間です。
The BONEZの『Yours』が出た2023年には、別の変化も語られました。
最初の数年はRIZEやPay money To my Painと違うバンドになることに力を注いだ。
そのうえで、各自の得意技をもう一度使えるようになった、という振り返りです。
「We are The BONEZ」のラップも、その流れにあります。
本人はメロディーとハーモニーを、The BONEZで得た表現だと捉えています。
歌が増えたことは、届けられる感情が増えたことでもありました。
変わったのは、声を届ける道の数
初期のRIZEにも歌はありました。
ただ、The BONEZではその可能性を中心へ据え、得意なラップをいったん減らしてまで磨いています。
そして歌が育ったあとには、ラップも自分の表現として戻ってきました。
JESSEの変遷を、激しい声が優しい声になった、と一方向にまとめることはできません。
衝動を放つ声、近くで語る声、仲間と重なる歌。
それぞれを必要な場面で選べるようになったことが、歌の広がりです。
曲の中での具体的な使い分けは、JESSEの歌い方で掘り下げています。

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