中原めいこの歌唱変遷|コーラスとの応酬から、素直なバラードの表情へ

1988年作品『鏡の中のアクトレス』のジャケット写真 シンガー
1988年作品『鏡の中のアクトレス』のジャケット写真

中原めいこを「君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。」の歌手として覚えている人には、1988年と1990年のアルバムを続けてたどってみてほしい。
歌とコーラスの勢いある応酬を評価された『鏡の中のアクトレス』から、「最後のX'mas eve」の素直な歌唱が評価された『303 EAST 60TH STREET』へ。
その間には、共に声を重ねる歌手の顔ぶれも変わっている。
華やかなダンス曲の先で、中原はどんな歌の表情を見せたのだろうか。

Caribbean Night 正規配信音源(中原めいこ・1988年原盤)

1982年、すでに評価されていた「正直な歌い方」

1982年、デビューした中原は、DAM企画のレコードで自作曲の録音に参加した。
その仕事で編曲を担当した直居隆雄は、歌い方の正直さを評価している。
誰にでも受け入れやすい歌だというのが、彼女と録音をつくった人の見方だった。
この評価を覚えておくと、のちのバラードを考えるときにも、中原の持ち味をつかみやすくなる。

1988年、コーラスと渡り合う「Caribbean Night」

『鏡の中のアクトレス』では、中原自身が歌うだけでなく、プロデュースにも携わっている。
声を重ねる相手として、坪倉唯子や杉本和世らも参加した。
アルバムの歌唱を高く評価する作品評では、コーラスの勢いに中原が応じ、歌の主導権を競うような緊張感が魅力として挙げられている。

その具体例が「Caribbean Night」だ。
早見優に提供した曲を、中原が自身でも歌った録音である。
同じ作品評は、この曲で歌とコーラスのやり取りがとりわけ熱を帯びると捉えている。
この評価が教えてくれるのは、主役の歌と他の声との間に生まれる面白さだ。

坪倉や杉本らのコーラスに、中原の歌がどう応じるか。
一緒に歌う声の存在によって、主役の歌の見え方も変わる。
1988年の中原をたどるときには、その関係に耳を向けたい。

1990年、「最後のX'mas eve」に見える素直さ

2年後の『303 EAST 60TH STREET』は、ニューヨークを拠点とした時期のアルバムだ。
中原がプロデュースと歌唱に携わり、ベティ・ライトやジョン・セカダらがコーラスに参加している。
声を重ねる相手が変わったことは、作品のクレジットでも確かめられる。

1990年作品『303 EAST 60TH STREET』のジャケット写真
1990年作品『303 EAST 60TH STREET』のジャケット写真。
画像出典:写真掲載元

最後のX'mas eve 正規配信音源(1990年原盤)

この作品の中で、「最後のX'mas eve」には、それまでとは違う素直な歌い方だという評がある。
ゴスペルを思わせるコーラスとともに、しっとりしたバラードを歌う中原の表情を評価したものだ。
1988年の応酬に惹かれた見方と並べると、コーラスと渡り合う歌から、バラードの素直な表情へ、聴きどころが移る。

ただし、「素直さ」を1990年に初めて得た特徴と考えると、1982年の直居の評価とつながらない。
曲と共演する声が変わった中で、初期からの持ち味が別の表情として受け止められた。
中原のこの時期の変遷は、そう捉えると面白い。

「Caribbean Night」の応酬と、「最後のX'mas eve」の素直さ。
その両方をたどると、ヒット曲の華やかさから、他の声とともにつくる歌の世界へ目が向く。
一曲の中で声の表情をどう使い分けるかは、中原めいこの歌い方で「今夜だけDance・Dance・Dance」を中心に見ていこう。

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