Soの歌唱変遷|高音が映える歌から、声の生かし方を広げるまで

2016年1月7日、日本武道館でのSo(撮影:小野雄司) So
2016年1月7日、日本武道館でのSo(撮影:小野雄司)

Fear, and Loathing in Las VegasのSoといえば、勢いよく突き抜けるハイトーン。
けれど、その声が映える曲を作れるようになった先には、別の難しさが待っていました。
優しい曲でも自分の声を生かしたい。
客席にも一緒に歌ってほしい。
Soの歩みをたどると、高音という強みを持ったからこそ生まれた、歌い方と曲作りの試行錯誤が見えてきます。

2010〜2011年|加工された声にも、歌う人の表情を

2010年のアルバム『Dance & Scream』には、自主制作時代の曲を録り直したものも含まれていました。
Soが再録で追求したのは、歌の切れやテンポの感覚、気持ちの込め方です。
同じ曲を改めて歌う機会を、以前の歌を細かく見直す場にしていたのです。
当時のSxunも、Soのポップな感覚とMinamiのシャウト、踊れる曲や複雑な展開の配分を、バンドの特徴として説明していました。

翌2011年の『NEXTREME』では、声の加工にも手を入れています。
Soはオートチューンによる機械的な響き自体を好みながら、日本語詞ではその効果を減らし、言葉と感情が伝わる歌を目指しました。
歌う人の表情を残そうとしていたのです。

「Believe Yourself」では、歌詞を何度も書き直した末にSoの案を採用しました。
メロディーでも、Sxunが最初に用意した形に戻すことを優先せず、Soが自然に歌った形を生かしています。
実際に言葉を歌ってみた感触から、曲を整えていたのです。

2014〜2015年|明るい声で、優しさを歌う難しさ

電子音とロックが混ざる音楽への憧れは、Soの中学生時代までさかのぼります。
映画『APPLESEED』でBOOM BOOM SATELLITESを知り、その組み合わせに衝撃を受けたと話しています。
2014年に両バンドが対談したときも、Soが口にした課題はボーカリストとしての表現力でした。
刺激的な音の中で、歌う自分に何ができるかを考えていたのです。

2015年、『Feeling of Unity』のインタビューに掲載されたFear, and Loathing in Las Vegas
2015年、『Feeling of Unity』のインタビューに掲載されたFear, and Loathing in Las Vegas。
画像出典:画像掲載元

2015年の『Feeling of Unity』に収めた「Gratitude」は、その課題を考えるうえで興味深い曲です。
Sxunによれば、Soは明るく勢いのある曲には慣れていた一方、優しい雰囲気の曲では、良い旋律ができても声に合わず採用できないことがありました。
曲単体の良さと、Soが歌ったときの良さは、いつも一致するわけではなかったのです。

そこで「Gratitude」では、Soの声質を出発点に、キーや歌い方のパターンを変えて試しました。
目指したのは、切なさのある曲の中に、Soが歌う意味が感じられること。
声の持ち味を消して別の歌手に近づけるのでなく、曲の高さや形を調整して、柔らかな曲にも居場所を作ろうとした試みでした。

2017年|「SHINE」で、客席と歌える高さを選ぶ

2017年の「SHINE」では、キーを決める基準がさらに広がります。
それまで重視していたのは、Soの声が格好よく響く高さでした。
今回は声の持ち味を残しつつ、男女を問わず客席の人も歌いやすい高さを、メンバーで相談して決めています。
歌手を際立たせるための高音から、会場全体で声を重ねるための選択へ。
Soも、低めのサビに大きな歌声が返ることを期待していました。

誰が歌う場面を作るかによって、Soの声を置く高さも変わる。
客席の声も含めた転機です。

2021年|客席が歌えない状況で、伝え方を探す

ところが、客席の歌声を前提にした曲は、コロナ禍のライブでは扱いが難しくなりました。
2021年、マネージャーは、声を出せない観客に歌を求めることができず、「SHINE」などを選曲に組み込みにくいと説明しています。
歌う側が用意した一体感の作り方を、そのまま使えなくなったのです。

Minamiが語ったのは、手拍子や同じ動きを通じて観客とつながる方法でした。
Soと自分の動きを合わせ、客席にも共有する振り付けには、歌声のやり取りとは別の楽しさがあったといいます。
Soが前に立って歌を届ける場は変わりました。
一緒に歌ってもらう曲を作った経験の先で、歌えない相手にもどう楽しんでもらうかを考える時期があったのです。

2022年|英語から韓国語へ、声に新しい響きを加える

2022年の「Ain't That So Awesome」では、Soが韓国語の歌唱に挑みました。
K-POPやEDMを参考にした楽曲で、TaikiとTetsuyaのラップなども加わっています。
制作側が狙ったのは、英語とは違う言葉の響きを曲に入れることでした。
いつもの声でも、乗せる言語が変われば、フレーズが運んでくる印象も変わります。

韓国語は、Soの友人に協力してもらって取り組んだといいます。
英語中心の歌唱から新しい言語へ踏み出す際に、身近な人の助けも借りていたわけです。
ここで増えたのは、声を出せる高さだけで測れる選択肢ではありません。
言葉の音をどう曲へなじませるかという、歌唱の別の広がりでした。

2025〜2026年|別の歌手が歌った曲で、自分の声を見直す

2026年のインタビューに掲載されたSo
2026年のインタビューに掲載されたSo。
画像出典:画像掲載元

西川貴教への提供曲「Energy Overflow」では、他の歌手の声を通じてSo自身の持ち味が見えてきます。
西川から次の曲も一緒に作ろうと声をかけられたことが、制作につながりました。
2025年にMinamiが振り返ったのは、Soの仮歌を聴いた段階では、少し物足りなく感じたという話です。

理由として挙げられたのは、歌手によるキーの違いでした。
西川に合わせた曲はSoにはやや低く、仮歌では落ち着いた印象になる。
それでも西川が歌えば良くなるだろうと、Minamiは見込んでいたのです。
Soも、自分たちの曲に西川の声が入ったときの驚きを語っています。
同じ旋律でも、歌い手によって声が生きる場所が違うことを実感できる経験でした。

2026年のアルバム『StandBy』には、ラスベガス自身による「Energy Overflow」が収録されました。
制作を担うマネージャーは、Soが最も伸びやかに響く高さより少し低い曲だと説明しています。
そのうえで、低い声も魅力として捉え、ミックスのバランスを整えたと話しました。
高い声に置き換えるだけでなく、その曲で出てくる低い声を作品の中に生かしたのです。

他の歌手と比べられる経験は、Soが自分の得意な領域を見つめ直す機会にもなっているといいます。
得意な高さに曲を合わせることに加えて、別の声の良さを作品へ取り込む判断が積み重なっています。

ライブに臨む感覚にも、経験の蓄積がありました。
Soは2025年、最初のワールド記念ホールでの単独公演や日本武道館では、今とは緊張の度合いが違ったと振り返っています。
特に最初のワールド記念ホールは、本番中の記憶もあまりないほどでした。
大きな舞台を経るなかで、会場の規模に左右されず曲を届ける感覚が育っていったのです。

活動を重ねた2026年にも、Soはライブでずっと挑戦する側でいたいと話しています。
後輩に貫禄を見せるというより、自分たちにできることを全力で届けようとする姿勢です。
どっしりした格好よさはまだ自分の課題だとも語っており、本人の中では完成した歌手になったという感覚ではありません。

初期に加工の度合いを見直したこと、優しい曲に声をなじませたこと、客席が歌えるキーを選んだこと。
そして、得意な高さから少し離れた声も作品の中で生かすようになったこと。
Soの歌唱変遷は、鮮烈な高音を軸にしながら、その声でできることを一曲ずつ増やしてきた歩みです。
曲の中で声をどう使い分けているかは、Soの歌い方で掘り下げています。

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