ボノ(U2)の歌い方|高音の力強さと、裏声が生む別の表情

『Bono: Stories of Surrender』で歌うボノ(Apple TV+提供) シンガー
『Bono: Stories of Surrender』で歌うボノ(Apple TV+提供)

ボノの歌を、迫力のある高音だけで捉えると、曲ごとの違いを見失ってしまいます。
「The Fly」の加工された声、「Lemon」の裏声、父へ向けた「Sometimes You Can’t Make It On Your Own」。
同じ人が歌っていても、声に任せている役割はそれぞれ違います。
その選び方から、ボノの歌唱を見てみましょう。

言葉の前に、声の音から始める

ボノは、まず歌い、あとから言葉を入れる作り方を経験しています。
本人にとって、それは自分でも知らなかった表現を見つける方法でした。
歌詞を声へ置き換えるだけでなく、声が作る勢いや旋律から、言葉の居場所を探る歌手でもあるのです。

「The Fly」では、声の歪みも人物の一部になる

「The Fly」で印象を変えるのは、声そのものに加えられた歪みです。
アダム・クレイトンは、ボノの演じる人物に、その過剰に歪ませた声が合っていたと説明しています。
音を荒らすことで人物の不穏さが強まり、対照的なサビの響きが際立つ構成です。
ざらつきをすべて喉の使い方だけで説明すると、この曲の仕掛けを取り逃がします。

『Pop』では、加工された自分の声に反応しながら歌う作業もありました。
耳へ戻る音が変われば、試す表情も変わる。
録音の迫力には、響きと歌唱が互いに働きかける過程も含まれています。

「Lemon」の裏声は、曲を別の場所へ連れていく

「Lemon」では、ファルセットが歌の印象を大きく変えます。
強い地声で押し切る歌唱を期待すると、どこか気取ったような、つかみどころのない表情に出会う曲です。
発表当時の批評でも、この裏声は作品の意外性として取り上げられました。
高い音へ届くためだけでなく、いつものボノとは違う人物を感じさせる響きとして捉えると、歌の面白さが見えてきます。

題材になったのは、映像の中で黄色い服を着ていた母親です。
個人的な記憶を、正面から悲しみを訴える歌声だけに託さなかったところに、この曲の特徴があります。
声の軽やかさと、題材の切なさが一緒にある。
その距離が、思い出を直接説明する歌とは違う余韻を生みます。

「Numb」では、主役の後ろで裏声を響かせる

同じ『Zooropa』の「Numb」では、中心で言葉を並べるのはエッジです。
ボノは裏声のバックボーカルを担当します。
録音を手がけたロビー・アダムスは、エッジの声にはわずかな残響、ボノのソウル風の裏声には多めの残響を与えたと説明しました。
平坦な語り口の周囲を、別の声が広がっていくように設計されているのです。

ここでは、ボノの高い声を前へ出し続ける必要がありません。
主役との違いがあるからこそ、背後で響く声が生きます。
「Lemon」で曲の顔になった裏声も、「Numb」ではほかの声を取り囲む役目を持つ。
同じ発声の種類でも、配置と残響によって聴き手への届き方が変わる好例です。

大規模なZoo TVの舞台にも、距離を縮める場面がありました。
1992年のチューリヒ公演では、アコースティックな演奏へ移ったあと、「Satellite of Love」を切なさのある裏声で歌ったと、公演を取材した批評家は記しています。
巨大な映像と音で押す場面から、小さな部屋のような親密さへ移る。
その切り替えにも、裏声が働いていました。

大きな高音を、誰に向けて歌うのか

ボノは、届きそうで届かない音へ向かう緊張が、歌のドラマになる場合もあったと振り返っています。
ただ、それで次の公演に響くこともあったというのです。
力強さを聴くときも、限界へ近づく緊迫感と、繰り返し歌える安定感は分けて考えたいところです。

「Sometimes You Can’t Make It On Your Own」には、高音を選んだ理由を本人が明かしています。
オペラを愛した父のため、父が喜びそうな大きなテノールの音を歌に入れたというのです。
曲は父の晩年に書かれ、葬儀でも歌われました。
その背景を知ると、歌い上げる場面も、巧さを示す見せ場だけでなく、父に呼びかける声として受け取れます。

父との関係は、単純な憧れだけではありませんでした。
ボノは、父に注意を向けてもらいたかった気持ちと、音楽が父の心を慰めていたことの両方を話しています。
力を込めて歌うとき、そこに込めるのが誇りなのか、訴えなのか、寂しさなのか。
その違いまで考えると、高音の高さだけを比べる聴き方から一歩先へ進めます。

「Beautiful Day」の広がりを、一人の声と思わない

「Beautiful Day」のサビでは、ボノの主旋律に、エッジとダニエル・ラノワのバックボーカルが重なります。
最初にエッジが少ない音で高い声の線を作り、そこへラノワが細かく動く別の旋律を加えました。
エッジは、この二つの声が主旋律に対する美しい組み合わせになったと振り返っています。

サビの広がりを、ボノ一人の声量に置き換えることはできません。
中心を進む主旋律と、その周囲を動く声は別の仕事をしています。
ボノが何を歌い、ほかの声がどこを満たすか。
その組み合わせが、バンド全体の高揚を作っています。

「With or Without You」でも、歌を囲む余白が大切です。
エッジは曲の終わりをもっと大きくできる状況で、あえて簡潔なギターを選びました。
歌の感情が強まれば、伴奏も際限なく膨らませるとは限らない。
声を強く感じさせるために、周囲が何を足さずにおくかという判断もあるのです。

今の声で言葉が届く高さを選ぶ

2022年、回想録の刊行時に撮影されたボノ(撮影:Linda Brownlee)
2022年、回想録の刊行時に撮影されたボノ(撮影:Linda Brownlee)。
画像出典:画像掲載元

2023年の『Songs of Surrender』で、エッジは一曲ずつボノに合うキーを探しました。
「Pride (In the Name of Love)」も低い音域を使う、ゆったりした歌へ生まれ変わっています。
元の高さに戻れるかを試すだけでなく、今の声が持つ表現を生かすために、伴奏の側から条件を変えた再録です。

エッジが重視したのは、今のボノの歌の解釈です。
それを生かすため、伴奏の条件も変えています。

この再録についてエッジが語ったのは、音を減らすことで、曲の内部にある感情へ近づくことでした。
若い頃の自分たちが書いた曲を、今の自分たちが歌う。
声だけに若さの再現を求めず、言葉も音の数も含めて、納得して歌える形へ整えているのです。

語る声と歌う声を、同じ物語の中に置く

回想録『Surrender』の音声版では、語りから歌が生まれます。
制作者のスコット・シェラットは、歌詞も物語の重要な部分として扱い、必要に応じてギターやピアノと声だけの形へ組み直しました。
話し声から歌声へ移ること自体が、思い出や感情を届ける表現になる作品です。

舞台を収めた映画『Bono: Stories of Surrender』でも、曲の意味は語りと結びつきます。
「With or Without You」は妻への複雑な思いを帯び、「Beautiful Day」には亡くなった人々を思う悲しさが浮かぶ、と作品を見た批評家は評しています。
明るさや力強さで知られる曲にも、別の感情へ向かう余地があるのです。

ボノ本人が語るのは、叫びをささやきへ変えて、聴き手との親密さを得ることです。
力を足すことに慣れた人が、少ない声でも向き合おうとする。
その選択を知ると、静かな場面は大きなサビまでの準備ではなく、それ自体で聴きどころになります。

ボノの歌唱には、響きを変えて人物を作る自由と、歌う相手へ正面から声を届ける切実さがあります。
裏声を主役にするのか、後ろへ広げるのか。
高音へ思いを込めるのか、声を近づけて語るのか。
一曲の中で声が何を担っているかを追うことが、その歌い方を理解する手がかりです。

歌う姿勢が変わってきた歩みは、ボノ(U2)の歌唱変遷でたどっています。

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