和田唱の歌声の変遷|弾きながら歌う人が、ギターを置いて歌うまで

2025年の取材記事に掲載された和田唱 シンガー
2025年の取材記事に掲載された和田唱

和田唱といえば、ギターを弾きながら歌う姿を思い浮かべる人が多いでしょう。
ところが2025年、新しいバンドでのライブでは、ギターを持たずに歌い始めました。
それは、長く大切にしてきた演奏を捨てる選択ではありません。
一人でも舞台を作れるようになった歌手が、今度は仲間に音を任せる楽しさを見つけるまでの歩みです。

初期の甘い声と、ロックバンドでありたい気持ち

1997年、「Raspberry」でデビューしたTRICERATOPSは、3人による力強い演奏と、和田の甘い歌声を持つバンドでした。
硬い音の中で声まで同じように荒々しくするのではなく、ポップな旋律を歌う。
その組み合わせは、早い時期からバンドを紹介する言葉にもなっています。

本人が後年振り返ると、「Raspberry」には葛藤もありました。
ディスコのリズムをロックバンドの音で演奏し、等身大の恋愛を歌うことに、新しさを感じていたのです。
けれど、かわいいバンドという見られ方が強く、もっと尖った存在として受け止められたい思いとの間で悩みました。

1999年に初めて日本武道館へ立ったときにも、本人には早すぎるという感覚がありました。
恵まれた状況に実力を追いつかせようと取り組み、ライブの出来が安定してきたのは2000年代に入ってから、と振り返っています。
歌だけを上手に仕上げるのではなく、3人で演奏を成立させる力を育てていった時期です。

2004年の『LICKS & ROCKS』では、自分たちを通せば、どんな音もキャッチーにできるという自信を口にしています。
そのうえで選んだのは、剥き出しのロックの音でした。
初期に悩んだポップな印象を消すよりも、覚えやすい旋律を自分たちの強みとして引き受け、激しい演奏と両立させていく。
甘い声とロックの音が、どちらかを諦める関係ではなくなっていったのです。

2014〜2016年、3人の中で柔らかく歌う場所を広げる

2014年7月21日のTRICERATOPS公演、中央が和田唱(撮影:山本倫子)
2014年7月21日のTRICERATOPS公演、中央が和田唱(撮影:山本倫子)。
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ロックバンドとしての成長は、強い音を出す方向だけには進みませんでした。
2014年7月21日のツアー最終公演では、「PUMPKIN」で甘い歌声とガットギターの柔らかな音を聴かせています。
「Finally」は鍵盤の弾き語りから始まり、ほかの2人の演奏やハーモニーも交わる場面でした。

2016年には、初のアコースティックツアーへ進みます。
12月4日の公演は「Come Fly With Me」で幕を開け、和田の甘い声に、柔らかなギター、ベース、ブラシを使ったドラムが重なりました。
「Alfie」を一人で弾き語る場面もあり、バンドの舞台の中に、歌手一人で曲を届ける時間が置かれています。

この公演は、静かな曲だけを並べたライブではありません。
ダンス曲では体を動かす楽しさを残し、スタンダード曲では違う表情を見せる演奏です。
音量を下げることより、曲に合う歌と伴奏の関係を広げる試みだったことが分かります。

2018〜2019年、一人で歌を届ける手応えをつかむ

2018年の初ソロアルバム『地球 東京 僕の部屋』では、ギターのリフで踊れる曲を期待される立場から、いったん自由になりました。
アコースティックギターや、繰り返すコードの中で育つ旋律へも進める。
和田は、その自由を楽しんでいると話しています。

最初のソロツアーでは、サポート奏者を付ける案も考えました。
それでも、まずは一人で挑む姿を見せたいと決めます。
バンドでは全体のバランスを考えていたトークにも、好きな映画など、自分自身の話を持ち込めるようになりました。
歌と、その間に話す言葉の両方で、一人の世界を作る舞台です。

2019年1月の「楽演祭」では、ソロの持ち時間を新作の曲だけで組み立てました。
「1975」から、ピアノで歌う「Home」まで、バンドの定番に頼らずに進めています。
終演後には、ドラムやベースがなくても歌がよく届き、ギターでリズムも出せることを発見したと語りました。

同年9月の中津川では、TRICERATOPSの「Fly Away」もアコースティックギター一本で歌っています。
伴奏が減ったことで前へ出た甘い声と伸びやかさは、この日の公演評でも取り上げられています。
新しいソロ曲だけでなく、昔からの歌にも、一人で向き合う道が開けていました。

2022年、録音で作った歌をライブへ持ち込む難しさ

ソロ活動を経て、2022年にはTRICERATOPSの『Unite/Divide』が生まれます。
今回は怒りや疑問を含む歌いたい内容と、バンドの音が結びついた、と和田は説明しました。
ソロで穏やかに歌う方向だけへ移ったのではなく、そのときの感情に合う形として、再び3人の演奏を選んだのです。

ただし、その新曲をライブで歌うのは簡単ではありませんでした。
録音では伴奏を作ってから歌を入れられますが、舞台ではギターと歌を同時に進めます。
指が弾くフレーズと、口で歌う動きが別々になり、何度も練習しなければできなかったといいます。

初日には不安が残り、ツアー最終日でも余裕があったわけではない。
その率直な話は、長い経験があれば、どんな新曲も自然に歌えるという見方を変えます。
和田は、演奏と歌の難しさを避けて曲を作るのではなく、録音で見つけた形へ、舞台の自分を追いつかせていました。

2024年、重ねる声のルールも変わっていく

3枚目のソロアルバム『BIRDMAN』では、重ねる声の考え方も変わっています。
バンドでは避けていた声同士の音のぶつかりや、高低のパートが交差することを、ソロでは受け入れるようになりました。

そのソロ作品に入る「鳥」は、翌2025年のギタージャンボリーでも、弾き語りの一曲目に選ばれました。
物語が進むような音楽に、情緒を動かす歌唱が重なる場面として、公演評でも注目されました。
同じステージの最後には、音を繰り返すルーパーを使った「Raspberry」も披露しました。
じっくり歌を届けることと、会場を動かすことを、一人の舞台で行き来しています。

2025年、ギターを弾かない時間が歌を変える

2025年1月、TRICERATOPSは無期活動休止へ入りました。
和田が新しく組むバンドに鍵盤を求めたのは、自分以外にも和音を出す奏者が欲しかったからです。
藤巻亮太と「FEVER」を演奏したときには、Aメロのギターを任せ、自分は歌だけに集中できる余裕を感じていました。

3人の舞台では、指も喉も頭も限界まで使う充実感があった。
今度は、弾く場面と弾かない場面を選び、演奏全体の中で歌う楽しさを深めたい。
人数の変更には、歌うときの役割を組み直すという、具体的な目的がありました。

実際に6月の公演では、ギターを持たずに登場し、歌から始めるアイデアを実行します。
手にマイクを持つことには、まだ少し違和感もありました。
けれど鍵盤がいることで、ギターを入れない選択ができ、音を足しすぎない加減も楽しめたと振り返っています。

2025年10月9日、草月ホールで演奏する和田唱(撮影:山本倫子)
2025年10月9日、草月ホールで演奏する和田唱(撮影:山本倫子)。
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一方、同年10月の大橋卓弥との公演では、「Hotter Than Fire」を弾き語りで取り上げています。
バンド版から内省的な表情へ変わりながら、鋭いギターのリズムと歌声に熱さが残る演奏として伝えられました。
ギターを置く自由と、一本のギターで歌を作り直す自由が、同じ時期に育っています。

和田自身も、TRICERATOPSの曲を封印すべきか迷ったものの、歌い続ける中に新しい発見があると考えるようになりました。
原曲の歌詞を大切にしながら、ライブでは違うアレンジを試す。
過去の曲を守ることと、今の自分で歌うことを、両方とも選んでいるのです。

和田唱の変遷は、激しい声から静かな声へ、という二択では捉えきれません。
3人で歌と演奏を成立させる力を磨き、一人で聴き手を楽しませる経験を重ね、今度は他の奏者へ任せる余白を得ました。
甘い声やリズムへのこだわりを残したまま、歌う自分の置き場所を変えてきた歩みです。

声を張る高さや、曲ごとの歌い回しは、和田唱の歌い方で掘り下げています。

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