門倉有希は、曲に合わせて声の力の使い方と息遣いを整えていました。
ハスキーな声の印象に加えて、語る部分と大きく歌う部分の差、低いところの聴かせ方にも工夫があります。
本人と制作スタッフの言葉、カバー曲の解説から、その歌い分けを見ていきます。
「あなたがすべて~Only Love~」―2019年の公式MV(短縮版)
語りの部分では、肩の力を抜く
2019年の「あなたがすべて~Only Love~」は、しっとりした部分と、大きく広がるサビを持つ曲です。
ディレクターから言われたのは、語りの部分では肩の力を抜き、さらっと歌うことでした。
本人も、サビからは自由にスケールを大きくすると説明しています。
曲の初めからすべてを強く歌うのではなく、語る部分と、気持ちを広げる部分を分けていました。
ただ、淡々と歌おうとしても、すぐにはできませんでした。
これまでになかった歌い方だったため、何度も歌詞を読み、自分の中へ入れてから歌ったといいます。
声の力を抜くことと、気持ちを込めないことは違う。
言葉を理解しているからこそ、力まずに届けられる表情を探していたのです。
この曲で分けているのは、静かな歌と力強い歌という二曲の違いではありません。
一曲の中で、まず言葉を語り、それから声のスケールを広げるという流れです。
はじめから同じ強さで押し通すと見えにくくなる変化を、門倉は歌い方で作ろうとしていました。
「蝶」は、低いところにも聴かせどころがある
2012年、門倉はビクタースタジオで、ファンが「蝶」を録音する企画に参加しています。
その場でディレクターの菱田は、高く上がるところだけが盛り上がりではなく、低くしっかり響かせる部分も大切だと説明しました。
門倉作品を担当する制作者から見ても、高音の力強さと、抑えた声での表現の両方が、この曲には必要だったのです。
当日の取材では、言葉の出だしをはっきり発音すること、一定のテンポを示すクリックを聴くこと、ピアノや弦楽器の伴奏を意識することも記されています。
音が高いか低いかに加え、言葉がいつ始まり、どんな伴奏の中で響くかを整えていました。
声を大きくすれば曲全体がよくなる、という指導ではありませんでした。
一方、門倉本人は、意識しすぎるとかえってうまく歌えなくなることもあると話しています。
そのうえで伝えたのは、固まらず、ゆったりと大きく歌う感覚でした。
細かな部分を確かめる制作側の耳と、全体の流れに身を置く歌い手の感覚が、同じ場にありました。
この企画では、門倉自身もその場で「蝶」を披露しました。
本人が説明したのは、前向きに自立していく女性の歌という捉え方です。
切なさの中にも、これから生きていく人物の力がある。
その両方を含む曲だからこそ、抑制と広がりを行き来する歌い方が意味を持つのでしょう。
この「大きく」という言葉も、すべての音を強く出す意味には収まりません。
低いところを聴かせ、抑えた部分にも表情を残しながら、曲を広い流れで歌う。
「あなたがすべて~Only Love~」の語りとサビを考えるときにも、通じる見方です。
疲れたときの、声の薄さと音程を整える
2019年の取材で門倉は、ツアーで疲れると下半身に力が入らず、上半身だけで歌ってしまい、声が薄く、音程も悪くなると話しています。

画像出典:写真掲載元
なるべく週に一度のボイストレーニングで、そうした状態を修正してくれる先生を頼りにしていました。
本人の小さな変調にも気づいてくれる耳があることで、状態を整え直せると話しています。
語りの部分で意図して力を抑えることと、疲れによって声が薄くなることは、本人にとって別の問題だったのです。
前者は曲のために選ぶ表現ですが、後者は思うように歌うために整え直したい状態です。
どちらも「強く歌っていない」とひとまとめにすると、本人が何を目指しているのかが見えなくなります。
声の状態を確かめる習慣があってこそ、抑える場面でも、広げる場面でも、曲に必要な歌い方を選べたのでしょう。
「終着駅」では、息継ぎの場所と息遣いに苦労した
カバー曲「終着駅」について本人が挙げた難しさは、ブレスの場所と息遣いでした。
しっかり練習して身につけると、とても気持ちよく歌えて、嬉しかったと振り返っています。
同曲は、2019年発売の『カバーズベスト』にも収録されています。
同じ作品集の解説でも、内藤やす子の「想い出ぼろぼろ」は、声質が似ていて歌いやすかったと話しています。
一方、「本牧メルヘン」は、自分の低音と高音のよさを引き出してくれる、相性のよい曲でした。
声質が合うこと、高低の魅力が生きること、息の使い方を習得すること。
カバーを自分の歌にする難しさや喜びも、曲ごとに違っていました。
さらに「石狩挽歌」と「舟唄」では、録音時に浜圭介から歌い方を教わり、自分のものにするまで苦労したと振り返っています。
広く知られた曲だから、すぐに歌い慣れた形へ置き換えられるとは限らない。
声質の相性に助けられる曲がある一方で、レッスンを通じて曲の歌い方へ近づいていく場合もありました。
「百万本のバラ」で難しかったのは、元の曲の雰囲気を保ちながら、自分の歌にすることだったそうです。
ここでは、息継ぎの位置とも声の高低とも違う、作品の印象をどう受け継ぐかが課題になっています。
門倉の曲別解説を読むと、カバーは同じ声で名曲を並べる作業ではなく、一曲ごとに異なる問題へ向き合う仕事だったことがわかります。
「終着駅」―『カバーズベスト』(2019年発売)収録音源
「メトロ」に聞く、明るさにも暗さにも寄り切らない声
歌声の受け取られ方にも、力強さだけでは捉えきれない面があります。
2021年に「メトロ」を紹介した熊本放送の今村直美は、言葉のないフレーズに、明るすぎず暗すぎもしない哀愁を感じたと記しています。
前向きとも後ろ向きとも言い切れないところに、門倉の声ならではの魅力を聴いていました。
これは、門倉自身による発声の説明とは別に、歌を受け取った人の評価です。
ただ、歌詞の意味を追う部分だけでなく、言葉を離れた声そのものにも気持ちが残るという、具体的な聴きどころになります。
どれほど大きな声が出るかだけに注目すると、こうした表情は見落としやすくなります。
「蝶」の低音の響き、「あなたがすべて~Only Love~」の力まない語り、「終着駅」の息のつなぎ方。
門倉は、持っている声の特徴に頼るだけでなく、曲の中でその声をどう運ぶかを考えていました。
ハスキーという一言の先に、強さや息遣い、言葉への向き合い方の違いがあるのです。
若い頃に難しかった「ノラ」と、軽めの歌唱を選んだ2022年の新曲をたどると、曲に合わせて歌い方を選ぶ姿も見えてきます。
その変化は、門倉有希の歌唱変遷で紹介しています。







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