門倉有希の歌唱変遷|若い頃に難しかった「ノラ」から、軽さを選んだ「幸せの分かれ道」へ

2019年の取材写真・門倉有希 シンガー
2019年の取材写真・門倉有希

門倉有希は、若い頃から大人の恋を歌ってきました。
けれども、声が作品に合うことと、その人物の気持ちを理解できることは、同じではありませんでした。
「ノラ」を長く歌う中で深まった理解と、新曲に出会うたびに選び直した表現。
その両方に、門倉の歌唱の歩みが表れています。

「ノラ」―2008年発売シングル収録音源

デビュー前〜1994年、大きなハスキー声と、まだ遠かった歌の世界

門倉を見いだした音楽プロデューサーの境弘邦は、オーディションで聴いた、大きなハスキー声に魅せられたと振り返っています。
技術はまだ十分ではなくても、ほかの人にはない魅力を感じた声でした。
歌い込んだ末に得た表現以前に、声そのものが人を引きつけていたのです。

1994年、20歳で「鴎…カモメ」を発表します。
ところが本人は、当時、歌詞の意味もよく分からないままキャンペーンを回っていたと回想しています。
大人びた声を持つ新人に託された歌と、実際の年齢で理解できる感情との間には、距離がありました。

「鴎…カモメ」―2008年発売シングル収録音源

1998年の「ノラ」、声の魅力だけでは届かない人物の心

1998年に発表した「ノラ」も、若い門倉にとっては、理解に苦労した作品でした。
2019年の本人による曲解説では、曲を渡された当時は歌詞の世界を十分に分かっていなかったと振り返っています。
長年の代表曲になった歌にも、最初から迷わず入っていけたわけではなかったのです。

この経験は、声に合う曲なら感情も自然についてくる、とは限らないことを示しています。
門倉の歩みで大切なのは、ハスキーな声を磨くことだけでなく、その声で歌っている人物が何を感じているかを、自分の中で確かめることでした。

カバーで示した、自分が歌いたい曲と憧れ

門倉自身の好みや憧れは、カバーの選曲にも表れていました。
1999年の『プリズム』にも収められた「曼珠沙華」は、子どもの頃から親しみ、初めて自分で選曲した作品として挙げている歌です。

その後のカバーでも、高橋真梨子への憧れから「別れの朝」の収録を自ら希望しました。

ただ、好きな曲を選べるようになれば、どの曲も同じように歌えたわけではありません。
「百万本のバラ」では、原曲の良さを保ちながら自分の歌にすることが難しかったといいます。
憧れをそのまま再現するところから、自分が歌う意味を探すところへ。
カバーは、門倉の好みを示す場であると同時に、他の歌手の作品との距離を考える場にもなっていました。

「曼珠沙華」―『カバーズベスト』(2019年発売)収録音源

2012年の「蝶」、切ない女性の歌にも別の向き合い方を

2012年の「蝶」では、歌に登場する女性の捉え方にも、新しい感触がありました。
門倉は、それまでの作品には複雑で濃い恋愛感情を描くものが多かった一方、この曲には、切なさの中にも前を向いて自立しようとする女性を感じていました。
メロディーも、これまでとは違う感覚で歌うものだったと話しています。

同じ失恋や切なさを扱う曲でも、苦しみに沈むだけの人物として歌えば、その曲で感じた前向きさが伝わりにくくなります。
声の個性を保ちながら、人物のどの気持ちを中心に置くかを変える。
「蝶」の本人の説明からは、作品ごとに歌の姿を考えていたことが分かります。

ヘッドホンを着け、スタジオのマイクに向かって歌う門倉有希
2012年、ビクタースタジオでのイベントで歌う門倉有希。
画像出典:BARKS

「蝶」MV短縮版(2012年)

この年には、ピアノとウッドベースとともに出演するライブについても語っています。
「ノラ」はアレンジを大きく変え、従来とは違う雰囲気で聴いてもらう予定でした。
編成が変わること自体を声の変化とはいえませんが、代表曲にも別の届け方を用意していた点は見逃せません。
曲を長く歌うことは、最初の形を繰り返すことだけではなかったのです。

2019年、昔の歌を理解することと、新しい歌い方を覚えること

2019年の取材で、門倉は「鴎…カモメ」をようやく自分の年齢に合う感覚で歌えるようになったと話しています。
若い頃は理解できず、歌いたくなくなった時期さえあった曲が、好きな歌に変わっていました。
「ノラ」の曲解説にも、当時の難しさを振り返り、今なら理解できるだろうかと自分に問いかける言葉があります。
時間を重ねたことで、歌の人物が以前より身近になっていたのです。

切ない表情を意識して作ると、かえってぎこちなくなる。
門倉は、歌の世界から自然に感じたことを表すほうが、客席にも思いが届くと考えていました。
理解の深まりは、感情を強く見せることよりも、無理に作らず歌えることにつながっていました。

一方、新曲「あなたがすべて~Only Love~」では、語るような部分を力まず歌うことに苦労しています。
それまでにない歌唱法だったため、歌詞を繰り返し読んで取り組みました。
古い歌を自分の経験として歌えるようになることと、新しい曲のために表現を学び直すことが、同じ時期に起きていたのです。

「あなたがすべて~Only Love~」MV短縮版(2019年)

2022年、「幸せの分かれ道」で軽さを選んだ理由

2022年の「幸せの分かれ道」は、初恋の人との偶然の再会から心が動く、一日の物語です。
懐かしさだけでなく、この先へ進めるかどうかという迷いもある曲でした。
門倉は、その心地よいメロディーが新しい自分を引き出してくれたと話しています。

「幸せの分かれ道」を語った2022年の取材記事に掲載された門倉有希
「幸せの分かれ道」を語った2022年の取材記事に掲載された門倉有希。
画像出典:写真掲載元

そこで選んだのは、リズムに乗って軽めに歌うことでした。
従来の歌唱をそのまま持ち込むと、少し重くなってしまうと感じたからです。
長年培ってきた歌い方があっても、曲に必要な重さは毎回同じではありません。
再会のときめきと切なさを、深刻な感情一色にせず届けるための選択でした。

同時に発表した「ラナンキュラス」は、作詞家のshungo.が門倉自身の人生をもとに書いた曲です。
こちらには、関係者やファンへの感謝を込めました。
一枚のシングルの中で、再会の物語と自分の歩みを歌う。
経験を重ねたことは、すべての歌を重厚にする理由ではなく、作品に合う表情を選ぶ材料になっていたのです。

「幸せの分かれ道」―2022年の公式MV(フル版)

若い頃には遠かった歌の人物が、自分に近づいてくる。
それでも、新しいメロディーや言葉に出会えば、歌い方を変えてみる。
門倉の歌唱は、代表曲への理解を深める時間と、慣れた表現を見直す試みの両方によって育っていました。

一曲の中での声の使い分けと、カバー曲「終着駅」で苦労した息遣いは、門倉有希の歌い方で掘り下げています。

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