2021年、スガシカオは「Progress」を15年ぶりに録り直しました。
ともに演奏するのは2006年と同じkōkuaのメンバー。
楽器も譜面も歌い方も、できるだけ当時と同じにするつもりでした。
ところが、若い頃の少し頼りなげな歌を再現しようとすると、曲に合いません。
何度も録った末に採用したのは、そのときの自分の歌い方でした。
なぜ同じ曲を同じ人たちが演奏して、昔の声ではしっくりこなかったのでしょうか。
スガの話をたどると、歌を曲の中でどう扱うか、そしてその曲を誰と分かち合ってきたかが、時間とともに変わっていました。
1997~2000年|まず自分の言葉が乗るリズムを作った
1997年、「ヒットチャートをかけぬけろ」でデビューしたスガシカオは、初期の作品で打ち込みのリズムを多く使いました。
生のドラムを避けたのは、単に機械的な音が好きだったからではありません。
本人は2000年の取材で、演奏者の刻むタイミングが自分の考える言葉の置き方と違うと、歌詞がうまく乗らなかったと説明しています。
歌声の動きを先に思い描き、それに合うリズムを自分で組み立てる。
『Clover』から『FAMILY』、『Sweet』へ続く初期の三作には、その作り方がありました。
伴奏の拍まで、歌う言葉に合わせて作り込んでいたのです。
音節の置き方や声色の選択は、スガシカオの歌い方で詳しく扱っています。
2000年の『4Flusher』では、別の演奏家のリズムも受け入れられるようになったと本人は話します。
収録曲「波光」では、セッションを重ねるうちに、自分だけなら選ばなかったピアノ中心の形へ曲が進みました。
それまでの自分なら、ギターの弾き語りにしたはずだったといいます。
鍵盤奏者とのやり取りから、一定の拍で進むピアノのバラードになった。
自分の好みだけで編曲を決めず、バンドと曲に合う形を探すことを受け入れたのです。
ただし、任せれば完成という気楽さはありませんでした。
以前の三作と違う作り方でも、同じ水準以上の作品にしたい。
そこへ持っていくまでには時間がかかった、と本人は振り返ります。
思いどおりの言葉の乗り方を守るために作り込むところから、他人の演奏によって歌も変わり得るところへ。
早くも、歌の居場所が広がり始めています。
2006年|kōkuaの「Progress」は、歌い手の手を離れていく
2006年の「Progress」は、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』の主題歌として、スガが歌うバンドkōkuaから生まれました。
同年には、ソロアルバム『PARADE』にThe Family Sugarによる別バージョンも収めています。
同じ年に公表された二つの版でも、演奏する顔ぶれは違います。
スガにとってこの曲は、初めから一つの固定した伴奏だけを持つ歌ではありませんでした。
番組を通じて長く聴かれたうえ、スガは東日本大震災や熊本地震の復興支援の場でも歌ってきました。
作ったときには想定できなかった経験が、この曲と結びついていきます。
それは曲の人気が増したというだけでなく、歌う本人が何を背負って声を出すかの変化でもありました。
2017~19年|ほかの歌手とぶつかり、歌を「主役」にする
転機としてスガ自身が挙げるのは、2017年のデビュー20周年イベント「スガフェス!」です。
佐野元春、大槻ケンヂ、Mr.Children、水樹奈々らと同じ舞台でデュエットし、歌への向き合い方の違いに驚きました。
共演を経て歌を研究し、練習するようになったと振り返っています。
続く2018年には、一人で歌いギターを弾くツアーを33公演回りました。
歌と演奏の両方を一人で担う舞台で、良い歌とは何かを毎晩考えたそうです。
本人がはっきり語っているのは、歌を作曲・編曲の中で置く位置が変わったということでした。
それまでスガは、歌詞、歌、ギター、リズムを対等な材料として扱っていました。
2019年のアルバム『労働なんかしないで 光合成だけで生きたい』では、歌がよく届くように他の音を考えます。
編曲者に「中心は歌」と伝えると、相手には当たり前の話として返された。
その反応に本人が驚いたというのが、この転機をよく表しています。
同作では、前作『THE LAST』を超えなければと曲を書けずにいた時期を抜け、電車で出会う見知らぬ聴き手のことを考えるようになりました。
自分の内面からだけ言葉を探すのでなく、届く相手を思い浮かべて作る。
その作り方の変更も、歌を前に出す選択につながっています。
「深夜、国道沿いにて」では、Mr.Childrenの桜井和寿から、歌詞の世界が前に出る音にしたほうがよいと指摘され、編曲を全面的にやり直しました。
スガ自身も、その編曲に迷いがあったといいます。
歌を中心にするという方針は、作った伴奏を完成とせず、言葉が届く形へ戻って作り直す判断にも表れていました。
アルバムの「黄昏ギター」ができたときには、スガの頭にkōkuaの演奏が浮かび、メンバーへ録音を頼みました。
ところが当日の出発前に歌詞の続きを思いつき、書き終えてからスタジオに向かうことに。
その場で自分が歌い、メンバーに演奏してもらったといいます。
2006年の「Progress」をともに作った相手と、新しい歌も現在進行形で作っていたのです。
2021年|同じ譜面で歌っても、同じ「Progress」にはならない
この年は、ライブ再開を見据えたボイストレーニングと、アルバムの録音を繰り返す日々でした。
スガは一年を振り返り、ずっと歌って過ごしていた気がすると話しています。
『Sugarless III』には、自分の過去曲だけでなく、他の歌手へ渡した曲を自ら歌う試みも入りました。
その中で「Progress」は、昔の自分の歌と改めて向き合う一曲になりました。
『Sugarless III』で「Progress」を録り直す際、スガはkōkuaのメンバーに、当時と同じ楽器、音色、譜面で演奏したいと頼みました。
歌もかつてのようにしてみたものの、頼りなさを残した昔の表現は今の曲にはまらなかったと、本人は話しています。
何度もテイクを重ねた末に、現在の歌い方を選びました。
15年間にテレビで流れ続け、災害のあとにも人々へ向けて歌ってきた「Progress」を、2021年のスガがもう一度引き受けるとき、同じ表情を作ることは違うと感じたのです。
取材者から2006年の繊細さと2021年の力強さを対比され、スガもその違いに同意しています。
演奏をそろえようとしても変わったものとして、本人が語るのは、メンバーと自分に蓄積した曲への思いです。
歌は録音された年の姿で止まらず、歌う人と聴く人の間で意味を増やしていました。

撮影:草場雄介/写真出典:音楽ナタリー
2024~26年|昔の歌を、今の仲間と録る
2024年の『Acoustic Soul 2014-2024』は、2014年と2020年の作品から選んだ4曲に、新録6曲を加えたアルバムです。
スガは制作について、コンピューターに演奏を制御させず、ほとんどをバンドで一緒に録ったと説明しました。
「アコースティック」は、単に電気楽器を使わないという意味ではなく、人の演奏が動く形を指していたのです。
収録曲「あなたへの手紙」を含め、歌詞も近しい人へ手紙を書くような方向を選びました。
2019年に歌を前に置いたあと、その歌を支える演奏の作り方まで、選び直しているのです。

撮影:筒井麻由/写真出典:anna
さらに2026年の『BEST SESSIONS!』では、デビューから約10年間を支えたThe Family Sugarと再び組み、初期の曲をスタジオでライブセッションとして録音しました。
「午後のパレード」など、かつて音を重ねて形にした歌が、今はメンバー同士の同時の演奏の中に置かれます。
昔のテープをなぞるのではなく、同じ曲を今の顔ぶれで演奏して録る。
2000年の『4Flusher』で他人の演奏を受け入れ始めたスガは、長い時間を経て、昔の曲にもその方法で向き合いました。
初期には言葉にぴったり合うリズムを一人で作り、やがて他人の演奏に歌を委ねられるようになった。
20周年を過ぎて歌を作品の主役に置き、昔の曲を同じ仲間と録り直したときにも、昔の声を再現するより、今の自分で歌うことを選びました。
「Progress」が15年前に戻れなかったのは、曲をともに演奏し、聴き、歌ってきた時間が、すでに新しい歌の一部になっていたからです。







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