anoの歌声はどう変わった?ゆるめるモ!から「ちゅ、多様性。」・デスボイスまでの歌唱変遷

anoの歌声の変遷 ano

anoさんの歌声は、ゆるめるモ!時代から現在まで、単純に上手くなったのではありません。
グループの一色だった声が、ソロで一人の世界を背負い、やがて本人が曲そのものを作る声へ変わりました。

大きな転機は、2019年の脱退と空白、2020年のソロ再始動、2022年の「ちゅ、多様性。」、そして2025年以降の制作への深い関与です。
かつて嫌っていた細い声は消えず、その隣にデスボイスや俳優としての声まで増えています。

変わったのは声質だけではありません。
自分の声をどこまで作品の責任として引き受けるかが、十年以上かけて大きくなりました。

2013年から2019年は、グループの中で「違う声」が見つかった

あのさんは2013年、ゆるめるモ!へ加入しました。
ニューウェーブ、ロック、ポップが混ざるグループでは、メンバーの声を同じ色へそろえるより、それぞれの不揃いさが楽曲の魅力になっていました。

この時期のあのさんは、現在のソロ活動よりも、複数の声の中で突然現れる異物として印象を残しています。
ライブや作品を振り返る個人の記録でも、あどけなさ、危うさ、激しいパフォーマンスが同居する点に関心が集まりました。

2017年の「うんめー」では、曲を書いた側が、あのさんは音楽に対して真剣に準備し、自分の望むものをはっきり示す人だったと振り返っています。
自由に見える表現の裏で、与えられた曲へ自分をどう入れるかを細かく考えていました。

ゆるめるモ時代のあの

当時から現在につながるのは、きれいなアイドル声へ収まらないことです。
ただし、声の意味を最終的に決めるのはグループと作家の世界であり、まだ一人で作品全体を背負う段階ではありませんでした。

それでも、この時期を単なる下積みとして片づけることはできません。
「うんめー」の制作では、自由奔放に見える本人が、音楽には細かな希望を持ち、準備にも真剣だったことが作り手から語られています。

現在のanoさんは、予測できない人物として見られることが少なくありません。
その印象の裏で、どの言葉をどの声で残すかを早い段階から考えていたことが、後のソロ制作へつながります。
偶然変わった声が注目されたのではなく、違う声を作品の中で生かす感覚がグループ期に育っていました。

2019年の脱退で、歌う理由から作り直すことになった

2019年9月、あのさんは約6年在籍したゆるめるモ!を脱退しました。
卒業公演を経て次へ進む形ではなく、活動をいったん止め、自分が何を作りたいのかを考える空白が生まれます。

後の発言では、脱退前にグループをより大きくするための提案が通らず、自分一人で引っ張ろうとして精神的に追い込まれていたことも明かしています。
これは歌声の変化を病気や技術だけで説明できない理由です。

グループの一員として求められる声を続けることと、自分が本当に届けたい歌を作ることの間に、限界が来ていました。
声を変える前に、誰のために歌うのかを作り直す必要があったのです。

脱退は、歌唱技術の前後を分ける出来事というより、声の持ち主を変える出来事でした。
それまではグループの物語の中で意味を持っていた声が、次に歌う時には本人の名前と判断だけで受け止められます。
この空白があったからこそ、ソロ初期の小さな声には、上手く見せることより「自分の言葉として残るか」という基準が強く現れました。

2020年の「デリート」で、小さな声が一人の世界を背負った

2020年、ano名義の「デリート」でソロ音楽活動を始めました。
再始動時に語られたのは、聞き手を簡単に励ますためではなく、生きづらさの中で自分を守れる武器として歌を渡したいという考えです。

グループ時代には、細い声が多彩なメンバーの中で目立ちました。
ソロでは、その声だけで曲の暗さ、言葉の距離、映像の世界まで支えなければなりません。

この変化は、声量が増えたという話ではありません。
小さく頼りなく聞こえる声を補うのではなく、その不安定さを作品の中心へ置く覚悟が生まれました。

2022年の「ちゅ、多様性。」で、嫌いだった声が音楽の材料になった

2022年、anoさんはメジャーデビューし、「ちゅ、多様性。」がアニメ「チェンソーマン」のエンディング曲として大きく広がりました。
ここで決定的だったのは、特徴的な声を隠さず使っただけではなく、声の存在から曲が設計されたことです。

本人は、自分の声を長く好きではなかったと話しています。
制作では、その嫌っていた声が音楽の素材になり、立派に響かせなくても曲を成立させるものとして扱われました。

ソロ初期には、自分の世界を一人で背負うために細い声を残しました。
この曲ではさらに、作り手の側がその声を出発点にし、言葉、旋律、アレンジを組み立てています。

弱点を作品へ持ち込む段階から、弱点に見えたものが作品を生む段階へ進んだ転機です。
現在の声の仕組みと表現については、anoさんの歌い方・発声分析で詳しく説明しています。

2024年は、別の人物と歌うことで声の幅が表へ出た

2024年の映画「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」では、幾田りらさんと声優を務め、主題歌でも共演しました。
二人の性格と音楽性が異なることが、そのまま作品の強みとして使われています。

anoさんは「絶絶絶絶対聖域」で、自分を大きく投じる激しい側を担いました。
続く「青春謳歌」では、二人の声の距離が別の形で現れます。

表現の幅を広げたanoと幾田りら

一人の閉じた世界だけで歌うのではなく、対照的な相手と並んでも自分の声が埋もれないことが確認された時期です。
声優として人物を演じた経験も、歌の中でどこまで本人を出し、どこから役へ入るのかを広げました。

この共演が面白いのは、二人の声を似せなかったことです。
滑らかに物語を運ぶ幾田さんの声と、言葉を切り裂くように前へ出るanoさんの声が、互いの輪郭を強めています。
ソロでは本人の世界を守るために働いた違和感が、ここでは相手との関係を作る力になりました。

声の個性は、一人で目立つ時だけ価値があるのではありません。
異なる歌手と並んだ時に役割を持てるようになったことも、グループ脱退後の重要な成長です。

幾田りらさんの歌唱変遷と並べると、同じ作品で共演しても、二人が別の道から現在の声へ来たことが分かります。

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2025年の「BONE BORN BOMB」で、声を使う側から曲を生む側へ進んだ

2025年のアルバム「BONE BORN BOMB」では、anoさんが歌詞だけでなくメロディにも深く関わりました。
以前の活動を振り返り、自分だけで作った純度ではなかった部分も認めたうえで、最初から作品を作る責任を引き受けています。

制作をともにする側は、anoさんがデスボイスを準備なしでも出せることや、本人がそれをもっと作品へ入れたいと望んでいることを語っています。
細い声を守るだけでなく、強い声、壊れた声、言葉にならない声まで自分の語彙に加わりました。

ここでの進化は、発声技術の種類が増えたことだけではありません。
曲を渡されて声色を選ぶのではなく、自分が出したい声から曲の形を決められるようになったことです。

2026年は、一曲の中で過去と現在を行き来する

2026年の「ピカレスクヒーロー」や「愛晩餐」では、過去の自分、演じる人物、現在の感情が一曲の中へ入ります。
かわいく細い声と激しい声を別作品へ分けず、短い時間で切り替える表現が前へ出ました。

初期の不揃いさは、いまも消えていません。
ただし、かつてはグループの中で偶然目立った違いを、現在は本人が曲の構成として選んでいます。

幼く聞こえる声を卒業して大人の声へ移ったわけでも、強い声に置き換えたわけでもありません。
過去の声を残したまま、その隣へ出せる声と引き受ける役割を増やしたのです。

変わらないのは、整わない自分を歌から追い出さないこと

ゆるめるモ!時代のあのさんは、複数の個性の中で「違う声」として見つかりました。
ソロ再始動後は、その違いだけで一つの世界を支え、「ちゅ、多様性。」では嫌いだった声が曲を生む材料になります。

2025年以降は、メロディや構成にも責任を持ち、デスボイスまで自分の言葉として使うようになりました。
声の幅は大きく広がりましたが、整わない部分を消さない姿勢は初期から変わっていません。

anoさんの歌唱変遷は、美声へ近づく成長物語ではありません。
自分の声を嫌う地点から、その声でしか作れない作品の責任者になるまでの物語です。

異なる声色を作品の人物へ変える歌手としては、Adoさんの歌唱表現アイナ・ジ・エンドさんの歌唱変遷も比較すると、それぞれが「整えない声」を別の方法で育ててきたことが見えてきます。

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